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第55話 同じ匂い

 ハルフ渓谷の戦いから十日後、侯爵家と停戦協議が終わったジャックや子爵領を完全制圧したゲオルクがそれぞれ領都に戻った。それに合わせて、公爵家会議室には、ミレーヌ以下幹部が集まる。ちなみに、リナも同席していた。彼女は、ハルフ渓谷の戦いに影の功労者であるが、領都に戻ってからは、『アイツのせいで外れを引いた。絶対に文句を言う』と誰が聞いてもよく分からないことを事あるごとに言っていた。そのリナは、ミレーヌの左横の特等席に座り一人腕組みをして、ゲオルクを睨んでいる。ジャックとゲオルグが戦いの経過を説明したのち、ミレーヌが口を開いた。


「皆、今回の戦い、ご苦労でした。それでジャック、停戦協議はどうだったの?」

「はい、ワトー侯爵自ら停戦協議に出席し、賠償金として金貨一万枚を申し出ております。返答は後日ということで、仮の休戦協定を締結しました。いかがいたしましょうか?」

「金貨五万枚吹っ掛けて、二万枚で妥結という線かしら。レベッカ、交渉は誰がいいと思う?」

「それでしたら、カインが適任かと」


 商人出身の気の弱そうな青年書記官であるカインは、レベッカの薫陶もあって最近は一人で仕事を任せられるとレベッカは判断し進言した。


「じゃあ、貴女(あなた)が指示しといて。それでゲオルクの方はどうなの?」


 レベッカに指示したミレーヌは、ゲオルクに視線を移して問いかけた。


「子爵領に残った騎士は全面降伏したぜ。ハルフ渓谷で降った兵を合わせて捕虜は五十名以上になる。今は牢屋に居れたがどうする?」

「全て死罪よ」

「いいのか? それなりに使えそうな連中だが」

「不要よ。剣技に優れていても、貴方(あなた)には勝てなかったじゃない」

「確かにな」


 ゲオルクは、ミレーヌの言葉に、僅かに口の端を吊り上げて笑った。彼女の冷酷なほどの合理性は、命のやり取りをする傭兵の世界では当たり前のことだったからだ。


「今回反乱に加担した家は、全て取り潰しのうえ、加担した者、そして二親等の縁者は全て死罪とするわ」

「お、恐れながら……それですと、たぶん千名以上の者が該当しますが……」


 ミレーヌの命令に対して、家令のパトリスが恐る恐る意見した。


「それがどうしたの? 私に逆らったのよ? 縁者として止めるべきことをしなかった者など不要よ」

「命令で逆らえなかった者もいるかと思われますし……。それに、領内がまだ定まっていない中で、今回のような厳罰は……」

「パトリス! 私の決定に逆らうの?」

「いえ、そのようなつもりはございません」


 パトリスは、そう答えるのが精一杯だった。彼は、ミレーヌの絶対的な権威と、自分の理想が彼女の前では無力であることを痛感し、打ちひしがれた。


「他に、私が言ったことに異議あるものはいるのかしら?」

「とくになーし」


 珍しくリナが口を出した。皆、意外そうな顔でリナを見つめる。


「なんだよ、そんな目つきでアタシの顔を見て。だって、仕方ないだろ。生かしてもミレーヌに恨みを抱いて、なにを仕出かすか分からないじゃん。それに今回みたいに戦争になったら、関係ない奴らが巻き込まれるんだぜ。他の連中からしたらいい迷惑だよ。更生するとも思えないから、可愛そうだけど殺してあげるのがいいんじゃないの? 謀反した時点で自分たちの家族の死活は覚悟してるんでしょ? まあ、子供とかは苦しまないようにしてあげるのがいいかなってね」


 ミレーヌは珍しく驚いた顔して、リナに問いかけた。


貴方(あなた)がそう言うとは思わなったわ」

「アタシは、自分で人殺しするのが嫌いなだけで、人は遅かれ早かれ死ぬものだしね。それに、今まで散々人が死んでいくのを見てきたから別に嫌悪感は無いの。人殺しは当事者同士でやれば良い話。関係ない人が巻き込まれるのが、自分で人殺しをするのと同じくらい嫌いなんだよ」


 誰もがリナは人殺し自体を否定しているものと思っていたが、リナの独白によりこの場に居た全ての者がリナの独特な哲学を理解した。ミレーヌは、目を閉じ右手の人差し指で机を数回叩き、徐に目を開けて言い放った。


「他に意見あるものは無いわね。パトリス、先程言ったとおり死罪で。ただし十二歳以下は処刑ではなく苦しまないように殺してあげなさい。これは、私たちの慈悲だから」


 ミレーヌは笑みを浮かべながらそう言い放ち、パトリスに厳しい視線を送った。その主人の姿を見たレベッカは、家臣である自分たちとリナに対する態度が明らかに違うことに少なからず衝撃を受けた。


「あと、今回の侯爵家との戦争、子爵の反乱という一連の事件は、裏で誰かが糸を引いていたはずよ。ラウールは、もう一度、王家や他の貴族を調べなさい。ジャックは、子爵家の館で証拠のものを……、もう焼失したから無理だったわ。いずれにせよ領内でそういう動きがなかった調べなさい」


 ミレーヌの言葉を受けてゲオルクが口を挟んだ。


「ちょっといいかい? ボーガン子爵に、誰かに(そそのか)されたのかと聞いてみたが、なにも答えなかったが、表情から見ると図星だったようだぜ」

「やっぱりね。相手は狡猾で知恵が回るから証拠を残すとも思えないけど、些細なことでも構わないから、各自何か分かったらすぐに私に報告しなさい」

「そんなに警戒するのかい?」

「もちろんよ。私と同じ匂いがするから」


 ゲオルクの疑問に対して、ミレーヌは笑って答えた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
そうここが誰がずっと気になっているんだよね。 もう登場しているのか。。。
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