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第54話 ハルフ渓谷の戦い

 ハルフ渓谷は領都から子爵領へ続く街道に沿い、両脇には八十メートル程度の高台が一キロにわたってそびえ立っていた。街道の底を小川が流れている。

 ボーガン子爵が火事の報告を聞いた翌日の午後、その高台にゲオルク傭兵団と自由兵合わせて二百名あまりが、その高台の両脇に布陣していた。渓谷の底にある街道からは、彼らを目視することはできなかった。

 

「レジス、対岸の奴らにはちゃんと指示はいきわたっているのか?」

「団長、心配ないですよ。こちらに私以下五名、対岸にも、アーレン以下五名、新型銃はそれぞれ一五丁配備しました」


 アーレンはゲオルク傭兵団の中でも二番目に射撃がうまい傭兵だ。なお、傭兵団の中で一番射撃が上手いは団長のゲオルクである。


「その新型銃を使って、お前らで、絶対に三十名以上射殺しろ。これは団長命令だからな」

「わかりましたよ。でも、出口は団長たちだけで大丈夫ですか?」

「誰に物を言ってるんだよ。ゲオルク様が、老いた子爵に遅れを取るわけねえだろ」

「といっても、やけに慎重ですね」


 レジスは、団長の大言壮語と、その緻密な計画のギャップを面白がっているようだった。


「当たり前だろ、各個撃破して数を減らしたが、敵は俺たちよりも四割程度多いんだからな。高台からの射撃だから、殺傷力は十分あるが、自由兵たちの射撃精度を考えると贅沢は言えない。だから、いろいろ策を考えたんだよ。本来はお前がそういう策を考えるべきだろ」

「私は、頭脳労働は苦手なもんで」


 レジスがあっけらかんと答えると、ゲオルクはさらに問いかけた。


「旧式の火縄銃百丁は全部使えるよな?」

「はい、整備も終えて、全て自由兵に持たせています。銃が無い兵は、弾込めや投石をするよう指示しています」

「上出来だ。あとは任せたぜ。おい、お前ら獲物を狩に行くぞ!」


 ゲオルクは残った傭兵団員四十名とともに、高台を後にした。


◇◆◇◆


 その日の夕刻、ボーガン子爵率いる兵二百七十六名がハルフ渓谷に入った。


「もうすぐ日も暮れるか。そろそろ野営をするのがいいかもしれんな」

「そうですな」


 ボーガンの問いに、彼の腹心であるピエーが答えた。


「それで、レオポールやイヴォンから連絡はあったのか?」

「いや、未だ連絡はありません」

「まったく小僧たちはどうしようもないな。あれほど連絡は欠かさずようにと言ったのにな」

「血気盛んな若者ですから」


 ピエーが返答した直後、ボーガンたちの前方で、轟音と地響きが渓谷内に鳴り響いた。土煙が巻き起こり、視界を遮る。


「どうした!」

「申し上げます! 数多の落石により街道が塞がってしまいました!」


 前衛にいた騎士が慌てて子爵の元へ駆け寄って報告する。


「なに! 落石だと! ええい、暗くなってきてよく見えんな」

「総員、松明を灯せ!」


 ピエーが指示し、ボーガン子爵の兵員は松明を灯し始めた。彼らは、この一連の行動が自分の命運を決定づけているとは知る由もなかった。たとえ撤退を選んだとしても、ミレーヌの元にはジャック率いる騎士団が帰還するため、事態はさらに悪化する。彼らの命運は尽きていたのだ。


 松明の火がいきわたると同時に、数多の銃声が彼らを襲った。「敵襲だ!」「身を隠せ!」怒号が飛び交う中、松明を持った者が次々と狙撃されていく。日が暮れはじめたことにより混乱が拍車をかけ、銃撃の他にも投石で戦闘不能になる兵も出始めた。それを見たピエーがボーガンに進言する。


「ボーガン様、ここでは反撃もできません、一旦渓谷の外に撤退すべきかと」

「ち、銀髪の小娘め。卑怯な真似をしおって。総員、撤退するぞ!」


 その言葉を言い終えぬうちに、銃声が轟き、ピエーが血を噴き出して倒れた。子爵は若いときから、銃を過小評価していたが、その考えを改めるべきかと今更ながら思った。そんなことよりも今はこの窮地から脱するべきだと思い直した子爵は、渓谷を脱出すべく来た道を急いで引き返す。生き残った騎士たちも後に続いたが、後方から鳴り響く銃声の嵐に、次々と倒れていく。


 ボーガンが率いる残存兵百五十名あまりが渓谷の出口に差し掛かったころ、出口の一部は落石などでふさがれ、人が一度に数名しか通れない状況になっていた。


 (なぜここも落石が?)


 混乱に陥った兵士たちは、ボーガン子爵を置き去りにし、我先にと出口に殺到していく。しかし、そこから悲鳴が上がった。


 ボーガン子爵が薄暗い中で目を凝らすと、出口の先には数十名の男たちが待ち構えているのが見えた。すべてを悟った子爵は、口元に笑みを浮かべ、生き残った兵たちに檄を飛ばした。


「総員、ここが死地だ! 生き残りたければ目の前の敵を切り捨て血路を開け!」


 数名が出口を固める敵に向かうも、多勢に無勢ですぐに切り捨てられる。


「お前たちでは相手にならん。ワシがいく」


 ボーガンは護衛の騎士数名と、出口に向かう。すると指揮官と思われる壮年の男がボーガンの前に立ちふさがった。


「お前か、このような卑怯な策を弄したのは」

「お褒め頂き恐縮です」


 壮年の男は、太々しく片手を胸に当てボーガン子爵に一礼した。


「名前を聞こうか」

「ゲオルク・グラックと申します。ボーガン子爵ですね?」

「そうだ。貴様がゲオルク傭兵団の団長か」


 その問いに笑顔で肯定したゲオルクは、抱いていた疑問を子爵に投げかけた。


「子爵は誰かに(そそのか)されましたね?」

「何故そのような戯言を……」

貴方(あなた)のような武人は正々堂々と戦うべきと思っていらっしゃるかと。相手が手薄な状態を狙って策を弄すとは思えません」


 子爵は暫し沈黙し、声を振り絞って返答した。


「……貴様が知る必要はない」


 そして、錆びついた甲冑に身を包んだボーガンは、長年使い込まれた剣を構えた。その眼差しは、老騎士としての矜持に満ちている。


「小僧に剣がなんたるかを教えてやる」


 ゲオルクは、その言葉を鼻で笑った。彼の手に握られた細身の剣は、ボーガンの重厚な剣とは対照的だった。


「子爵自らご教授いただけるとは光栄の極み」

「その減らず口を、今すぐ塞いでやる」


 ボーガンが渾身の力で振り下ろした一撃を、ゲオルクは最小限の動きでかわす。老人とは思えない力を持ったボーガンに対し、ゲオルクは、冷静に相手の動きを観察し、隙をうかがっていた。両雄、十数度の打ち合いを繰り広げる。しかし、若く持久力に勝るゲオルクが、息が上がったボーガンのわずかな隙を見出した。そして、剣を相手の剣に滑らせるように、ボーガンの重い鎧の隙間、首元を一気に貫いた。

 ボーガンが討ち取られたことにより、ハルフ渓谷の戦いの趨勢は決した。以降は無謀に突撃していく兵たちが、ゲオルク配下の傭兵たちに相次いで討ち取られていく。そして、生き残った二十三名がゲオルクに降伏を申し出た。


 こうしてハルフ渓谷の戦いは終わった。街道沿いに流れる小川は赤く染まっていた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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そうか。天王山か。
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