第53話 狩人と獲物
ラスエで挙兵した元第三部隊副長のレオポールは、賛同する騎士たちと一緒に領都へ向かっていた。彼の元には従者を含めて百八名の兵が集まった。途中で村々から食料を徴収し、領都まではあと一日の地点までたどり着いた。森の中の街道で、レオポールは皆に言い放った。
「よし、皆もう少しで領都だ。さっき領都から逃げてきた商人から、領都の門は全て閉ざされているとのことだ。小娘は怯えて館の中で震えているに違いない。子爵様からは、成功の暁には恩賞が貰えるとの言質を頂いてるから、皆励めよ!」
「おう!」
一同が陽気に答えた瞬間、数多の銃声が森の中に鳴り響いた。その直後、集団の左側にいた四十名以上の騎士たちが倒れる。彼らの鎧は、銃弾によって容易く貫かれ、無防備な肉体は次々と地に伏した。密集した隊列は、まるで一斉に刈り取られたかのようだった。
「敵襲だ! 右手の森の中に隠れろ」
レオポールが怒った。無事な者たちが森の中に身を隠すために入っていった瞬間に、惨劇の二幕が開いた。森に入った者たちは、剣を持った集団に、次々と首を掻っ切られていった。その惨劇に恐怖したレオポールは抜刀して周囲を伺う。視線を戻すと、目の前には、三十代くらいの男が立っていた。庶民の平服を着ていたが、その目つきだけは異様に鋭かった。
「お前たちは何者だ!」
「強敵だよ」
雄たけびを上げながらレオポールが斬撃を叩き込むも、男は、微笑みを浮かべながら、無駄のない動作で交わし、逆に首を貫かれた。崩れ落ちるレオポールを見もせず、周りを伺う。すると長身の体格の良い中年男性が近づき、男に話しかけた
「団長、片付きました」
「レジス、ご苦労だったな」
「それにしても、張り合いありませんね」
「気を抜いた瞬間というものが一番脆いんだよ。レジス覚えとけよ」
「その言葉、何度も聞きましたよ。それにしても、自由兵たちの銃弾がもう少し敵に当たってくれれば、もっと楽ができたのですが」
「銃を持って二ヵ月程度で、この成果なら上出来だろう。まあ、今回は密集した的に向かって一斉に撃ちかけたんだ。新兵でもこれくらいはできる。あと二回練習できるから、次回に期待するとしようか」
ゲオルクは、公爵領各地で挙兵した者たちが各地に分散していることに着目した。彼は当初から、時間差による各個撃破を計画したのだった。その第一段階として、ラスエ地方の反乱は挙兵した翌日には完全に鎮圧された。
◇◆◇◆
アーマスラ地方で挙兵した者はイヴォン男爵以下百十名。彼らはレオポール達よりも幸運だった。なぜなら、一日長生きできたからだ。
彼らは、領都へ続く街道で、数台の馬車が立ち往生していた。よく見ると二台の馬車が横転していた。倒れた馬車は街道を完全に塞ぎ、行軍を妨げていた。朝日が馬車を照らす影がまだ少し長かった。
「馬車をどかせ」とイヴォン男爵が商人に命じるも、「人手を探しに出払ってしまい、私一人では動かすことができません」という返事が返ってきた。
しびれを切らしたイヴォン男爵は、総出で馬車をどかすよう指示する。騎士たちが無防備に馬車の周りに集まったその瞬間、馬車から火の手があがった。驚いた騎士たちは、商人が逃げ去っていく姿などに気が付く間もなかった。そして、藪の中から無数の銃声が轟いた。
「敵襲だ!」叫び声が響く間もなく、半数以上の兵士たちが銃弾の雨に倒れ伏した。銃を持たない彼らの鎧は、まるで紙切れのように貫かれた。背後に逃げようにも馬車からあがる火の手が阻む。イヴォン男爵はすでに銃弾で複数撃ち抜かれ絶命していた。指揮するものがいない彼らに、ゲオルク傭兵団が、剣を持って突撃する。剣技にすぐれた傭兵たちに、反逆者たちはなすすべなく切り捨てられ、誰一人として生きて帰ることは叶わなかった。
ゲオルク傭兵団が蹂躙し終えた戦場で、ゲオルクが最初に逃げた商人に気安く話しかける。
「ご苦労様」
「旦那、死ぬかと思いましたよ」
「悪かった。報酬はラウールのおっさんから貰ってくれ。あと、領都に戻ったら公爵令嬢様に伝えてくれ。第二段階も無事終了したと」
◇◆◇◆
「しけた物しかないね。ハズレもいいところだ」
レオポール達が討ち死にした日の夕刻、リナはボーガン子爵邸で金目のものを漁っていた。ゲオルクに頼まれた「お使い」のついでに、なにか目ぼしいものが無いか探すも、代々騎士を排出していたボーガン子爵家には実用的な古びた武具しかなかった。
「仕方ない。あいつが言った『お使い』をさっさと終わらすか」
リナは子爵邸の奥に消えていった。それから一刻後、ボーガン子爵邸から火の手が上がった。それを離れた丘から見たリナは、満足気な表情をして走り去っていった。
◇◆◇◆
「なに! 館が火事だと!」
「はい、壮健な者は今回の挙兵で出払っており、鎮火に手間取っている模様で、このままでは焼失するもの時間の問題かと。がいかがいたしましょうか?」
リナが子爵邸から走り去った翌日、ボーガン子爵の元に、火災発生の報告が届いた。
「この大事な時に、よりによって火災を起こすとは。家令は何をしていたのだ!」
「家令様も消火活動にあたっておられますが、何分火の手が回るのが早く、鎮火は難しいかと」
ボーガンは、怒りに震えながらも、先祖代々の家宝の無事を気に病んでいた。
(祖父や父が大事にしてきた武具を守ることが、子爵家当主としての真の責務ではないか。それに一部の兵を戻しても南北で挙兵した者たちを合わせれば五百名は下らない。領都には平民上がりの兵士たちとわずかな傭兵団しかいない。数的有利は保ったままだ。さらに、領都の城壁の弱点を熟知してる私が負ける訳がない)
この計算間違いが、彼にこの戦いで誤った決断を下させる。ボーガンは部下三十名ほどを館へ戻るように指示を出した。これでボーガンが指揮する兵は一割少なくなった。
ボーガンの部下たちが兵団から離れる姿を遠くから観察する男たちがいた。ゲオルクたちだった。
「少しでも敵兵を減らせれば儲けものと思ったが、三十名程度も離脱してくれるとは俺たちはやっぱりついてるな」
「そうですな、団長」
「それで、レジス。そろそろ自由兵たちは予定通りついた頃か」
「はい、今頃、ハルフ渓谷の両脇の高台で最後の獲物を待ち構えているかと」
ゲオルクの口元は笑っていた。自ら足を切り捨て、罠に向かって進む獲物の愚かさを嘲笑うように。
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