第52話 予期せぬ反乱
ジャックから伝書鳩が届いた旨の報告を受けたミレーヌは、ワトー侯爵家の扇動の事実を領都駐在の書記官から国王へ報告するよう、レベッカに指示を出し、伝書鳩は公爵家から王都へ旅立っていった。窓から数羽の鳩が飛び立つ姿を見ながら、笑みを浮かべるミレーヌ。
すると、先ほど指示を出したレベッカが慌ててミレーヌの執務室に入ってきた。
「大変です! 領都のあちこちにこんな紙が!」
レベッカがミレーヌに差し出した紙にはこう書かれていた。
『正当なる後継者であるシリル・グラッセ様をお助けするため、公爵家の忠臣プロスペル・ボーカンは、公爵家を壟断する奸臣ミレーヌを打倒することを宣言する。公爵家の将来を憂う士は我に続け』
公爵家の実権を握ったミレーヌにより騎士団第一部隊長の任を解かれ、三ヵ月前の騎士団の新編成を機に職を辞し、自領に戻った公爵家内の最大貴族であるボーガン子爵の決起文であった。
(老いぼれの役立たずと、たかをくくっていた。だが、領都の守りが手薄のタイミングで叛意を示すとは……私の見込み違いだったか)
一瞬、焦燥がミレーヌの胸をよぎる。
(いや、違う。ボーガン如きに、これほど周到な策を練る知恵はない。誰かが扇動したのか……まあ、いいわ。いずれ分る事だから。それにしても、私を出し抜く者がこの世界にいるとはね)
ミレーヌは、まだ見ぬ強敵に、なぜか心が踊り笑みを浮かべた。
「いかがいたしますか?」
思考に耽る主君が急に冷笑したのを見たレベッカが尋ねた。
「会議室に幹部を集めなさい」
◇◆◇◆
半刻後に、会議室にミレーヌ以下、家令のパトリス、筆頭書記官レベッカ、商人のラウール、傭兵団長のゲオルクが集まった。警護隊長のフィデールはいつものように、ミレーヌの右手後方で直立不動でいる。そして呼ばれてもないのに勝手にミレーヌの左横に座る義賊のリナ。友人の危機ということで心配で来たのか、単に暇つぶしに来たのか本人以外誰にもわからなかった。
会議室のテーブルには、公爵領の全体地図と、領都付近の詳細な地図が開かれており、パトリスは汗をぬぐいながら子爵領など重要地点をペンで印をつける。その作業を終えるのを待つことなく、ミレーヌは皆に尋ねた。
「状況は皆、承知してるわね、それでボーガンの動向は?」
「現在、斥候等により調査中ですが、既に自領を出て、領都へ進軍している仮定すると概ね四日後には領都に到着すると思われます」
レベッカが主人に返答すると、ゲオルクが即座に尋ねた。
「ボーガンとやらの兵力はどうなんだ?」
「騎士は約五十名で、従者を入れても三百名程度かと思います」
「その兵力なら、この領都は落ちないぜ」
両手を頭の後ろ組みながらゲオルクが軽口を叩くと「失礼します!」カイン書記官が慌てた表情で、会議室に入ってきた。
「先日辞めた騎士たちが北のラスエ地方と南のアーマスラ地方で蜂起し、手勢を集めて領都へ向かっているとの報告がありました!」
「本当かよ。兵士数は?」
事態の悪化に思わずゲオルクが尋ねた。
「不確実ですが、ともに百名以上はいるとの報告もあり確認中です」
「到着時間はどの程度かかる?」
「ラスエ地方からだと二日程度、アーマスラ地方は迂回するので三日はかかるかと」
「総勢五百名か。まあ、籠城してれば、そのうち、ジャックが戻ってくるだろ」
「籠城はダメよ」
事態を楽観視したかのようなゲオルクの発言に、ミレーヌが即答した。
「なぜだい?」
「反乱を速やかに鎮圧できない貴族に対して、王家の介入が入るに決まってるじゃない」
「やっぱり、貴族ってものは面倒くさいな」
軽口を叩いていたゲオルクが、鋭い傭兵の顔に変わり、徐に立ち上がった。その鋭い眼光は、まるで獲物を探す獣のように、地図上の特定の地点に注がれていた。
「敵は銃を持っているか?」
「銃の製造は領都で行っていますし、もともと銃の扱いが嫌で辞めたものが多いので、銃はほとんど持ってないと思います」
地図から目を離さずに問いかけたゲオルクに対して、今度はレベッカが答えた。それを聞いたゲオルクの目が光った。
「よし、なんとかしてみるか」
「やけに自信があるのね?」
ゲオルクの言葉にミレーヌが反応した。
「高い給料を貰ってるからな。あと、百五十の自由兵を借りるぜ。レベッカさん、新型銃って今残ってるのあるかい?」
「修理完了した十丁が倉庫に、昨日二十丁ほど生産完了したと報告がありました」
「三十丁あれば十分だ。旧式の銃もできる限りかき集めてくれよ。あと、ラウールのおっさん、古い馬車を五台くらい用意してくれ。あと物おじしない商人も貸してくれ」
「お安い御用です」
ラウールの返答に満足したゲオルクは、ミレーヌの横で気だるそうにしているリナを指さす。
「それと、そこの姉ちゃんを借りるぜ」
突然ゲオルクに指名されて、暇そうな顔をしていたリナが、琥珀色の瞳を見開き驚く。
「え? あたしがなんで?」
「暇なんだろ? 手伝えよ」
「アタシは義賊なの。戦争なんてまっぴらごめんよ」
「戦争じゃねーよ。子供のお使いみたいなもんだ。それにダチの危機を救うのが友達ってもんだろ?」
「何で知ってるのよ?」
「姉ちゃん、いつも言ってるだろが」
「何かめんどくさそうだなぁ」
リナのぼやきを無視したミレーヌはゲオルクに尋ねた。
「貴方たちの兵を合わせても二百程度よ。それでどうやって打ち勝つつもりなの?」
ミレーヌの問いに、ゲオルクは地図から目を離さず、口元に僅かな笑みを浮かべた。その表情を見たミレーヌは、不思議と安堵した。
自分は戦いのプロではない。自分が信頼したプロを雇ったなら、オーナーはとやかく口出しすべきでないことを公爵令嬢いや幅下香織は十分理解していた。
「その前に確認だ。戦いの報酬は、一回につき一人金貨五枚で大丈夫だよな?」
「もちろんよ」
ミレーヌは一瞬の迷いもなく、即答した。そのミレーヌの様子を、他の幹部たちは静かに見守っていた。誰も口を挟まない。ただ、リナだけが、面白くなさそうに頬杖をつきながら、ゲオルクの顔と地図を交互に見つめていた。
「じゃあ、三回分用意してくれよ」
「三回分?」
「そうだ。そして、最終的にはここで仕留める」
テーブルにある地図の中で、彼がある地点を指さす。そこは、子爵領から領都への道の途中にあり、領都から一日程度の距離に位置するハルフ渓谷であった。
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