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第50話 挑発

 ミカラス地方の事変発生からわずか三日後、ジャックは騎士団第一部隊九百名を率いて鎮圧に乗り出した。それから一週間後、ジャックの巧みな指揮により、ミカラス地方各地で発生した反乱を鎮圧し、残りは代官の屋敷を占領した百名余の者たちのみとなった。

 反乱した者たちが立てた柵に囲まれた屋敷は、公爵家の騎士団によって完全に包囲されていた。屋敷の中では徹底抗戦の構えが取られ、一触即発の空気が流れていた。


「平民相手では、さすがに張り合いがありませんな」

「気を抜くな。幼子でも大人の指を食いちぎることができるのだぞ」


 ジャックが、副官のジルダの軽口を戒める。


「失礼しました。それでいかがいたしますか?」

「心情的には、降伏勧告だが、本番があるからな。無理攻めし、大切な兵を損ねるのは絶対に避けたい。当初の予定どおりにしろ」

「本当に、よろしいのですか?」

「致し方あるまい。降伏してもミレーヌ様は決してお許しにはならない。見せ物にされるくらいなら、ここで終わりにさせるのが慈悲というものだろう」


 これから行う行為は、騎士としての誇りを傷つけるのは確かだった。しかし、合理的な選択を重んじるミレーヌの意図は誇りとは相反する行動を促していた。今はプライドよりも最善と思われる選択をすべきだと、そう自分に言い聞かせた。


「かしこまりました」


 ジルダが部下に指示を出すと、騎士の従者たちが、陶器を先端に括りつけた縄を両手で回し始め、屋敷の方へ次々と投げ込んだ。中にいた者たちが、ざわめきはじめた。あるものが叫ぶ「油だ!」

 その声を合図としたかのように、火矢が打たれる。瞬く間に、代官屋敷は火の海に包まれていった。


◇◆◇◆


「何? もう反乱が鎮圧されただと!」


 甲冑を着込んだマティスが部下からの報告を聞くや否や叫んだ。すると、カリクステが窘める。


「想定よりも、一週間ほど早いな。さすがは騎士団長というころか」

「兄上、奴はそこまで優秀な男ではありません。たまたま運がよかっただけです」

「マティス、相手は過小評価してはいけない。実力は正しく評価すべきだ」

「……はい」


 マティスの反応を無視してカリクステは、考えはじめた。二千の兵をここ領境に駐屯させ、鎮圧できなければ即座に進軍するつもりだった。銀髪の小娘は想定通り公爵家騎士団の全軍を鎮圧に向かわせなかったが、思いのほか鎮圧が早すぎたため機会を逸してしまった。相手の損害がどの程度かまだわからないが、このまま手ぶらで帰るのもシャクだ。どうすべきか……。


「申し上げます! 公爵家の兵団がこちらに向かっています。半刻程度で遭遇すると思われます」


 カリクステが思案に暮れる中に、また部下が報告に来た。


「なに! 規模は?」

「千に満たない数と思います」


(なぜこちらに来たのか? よもやこちらの策が全て読まれていたのか? いやそんなことはあり得ない……ではどういうことだ……)


 カリクステは冷静を装いながら内心考えがまとまらない事に苛立ちを覚えた。そんな兄を構いもせずに、弟が話しかけた。


「兄上、相手は寡兵。こちらが包囲殲滅すれば容易に打ち破ることができるかと」

「マティス、落ち着け。相手の出方を見ずにいたずらに兵を動かすな」

「しかし、勝機というものがあります」

「くどい。こちらから攻め入ることはならん」


(まったく、この愚弟は、後先見ずに兵を動かしたがるな)


 前方を見ると砂埃が舞う中、公爵家の騎士団が見えてきた。領境付近で止まった騎士団の集団から、一騎がこちらに向かってきた。馬に乗った騎士が近づいてくる。栗色の髪に顎鬚を蓄えた中年の騎士にカリクステは見覚えがあった。



「ジャック……」


 マティスがつぶやく。やはりそうかとカリクステは思った。相手の顔が分る距離まで近づいた中年の騎士は大声で話しかけた。


「これはこれは、カリクステ卿と、そちらにいるのはマティス殿ではないですか。壮健そうで何よりです。それで、卿らは、わざわざ領境まで大軍を率いてどうされたのですか?」

「ジャック、黙れ! お前のせいで私は……」

「マティス、黙れ。ジャック騎士団長、用件を聞こうか」

「我が主君、ミレーヌ公爵家当主のお言葉をお伝えします『貴殿たちは何故、我が領土であるミカラス地方の反乱を扇動したのか? 既に扇動の証拠は抑えてあるゆえ返答次第では、我が公爵家と敵対する意思ありと判断し実力行使をする』以上です。なお、一刻のうちにご返答なければ、実力行使に移るように指示を受けております」

「い、一刻だと!」


 短すぎる期限に、マティスは思わず叫んだ。それを聞いたジャックは不敵な笑みを浮かべた。


「マティス殿は相変わらず声だけは大きいですな。失礼、態度もでしたね」

「き、貴様!」


 マティスの言葉を敢えて無視したジャックは、何かを思い出したかのような顔をしてカリクステに告げた。


「大事な事を言い忘れてました。国王陛下には侯爵家が反乱を扇動した旨の一報を既に入れておりますのでご安心ください。それでは」


 騎乗のジャックがきびすを返して走り去っていった。カリクステは、内心焦っていた。ここまで早く銀髪の小娘が手を打ってくるとは思いもよらなかった。彼が対応を考えようとすると、その暇を与えずにマティスが血走った目をしながら訴えかけたてきた。


「兄上、今が好機です。相手の兵力は我が方の二分の一。現状の布陣で責め掛かれば、包囲殲滅は容易かと。時間を置けば不利になります」


(既に国王にも告げたとなると言い訳もできまい。我々の唯一の勝機は、戦いで公爵家を屈服させるしかないか。ん、待てよ。確かに、好機といえば好機。今すぐ先制攻撃をすれば……ただ、相手はミレーヌだ。こんな隙を見せるのか? いや、銀髪の小娘はこの場にはいない。だとするとジャックの独断専行か。どうするのが最適解なのか……)


「兄上、私は、全軍の指揮を父上から委任されてます。兄上はこの場で我が武勇をとくとご覧ください!」

「おい、待て、マティス!」

「全軍、憎きジャックを討ち果たせ! 突撃だ!」


 マティスの目は血走り、その顔にはジャックへの憎しみしかなかった。彼は、冷静な判断をすべて捨て、ただ復讐のためだけに突撃を命じた。こうして、ティリッヒの戦いは始まった。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

 今後の励みになりますので、感想・ブックマーク・評価などで応援いただけますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
あ。。。意外とアホだったね。
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