第5話 光の手
ミレーヌの唐突な問いに、レベッカは息を呑んだ。
「あなた、世界を変えたくない?」
その声は、一人の貴族令嬢の戯言ではなかった。全てを見通すかのような、鋭い光を宿したミレーヌの瞳が、レベッカの全身を貫く。恐怖で全身の皮膚が粟立つ感覚を覚えながら、彼女は恐る恐る尋ねた。
「お嬢様、それは……どういう意味でしょうか」
「わかっているでしょう、レベッカ。あなたなら」
ミレーヌの言葉に、レベッカの頭の中はますます混乱した。戸惑う彼女に、ミレーヌは淡々と核心を突いていく。
「私、あなたの能力は前々から評価していたの。あなたもわかっているでしょう? 自分の評価に対して、不当な扱いを受けているということを」
図星だった。この幼い娘に、自分の心の奥底が見透かされている。レベッカは戦慄を覚えた。
「そもそも、あなたのところの家名が断絶したのは、流行り病であなたの両親が死んだからでしょ? あなたは、家を再興したいと考えたことはないの?」
「もちろん、それはありますが……。私は、女ですので、そんな大それた事など……」
レベッカの言葉に、ミレーヌの表情がわずかに歪む。それは軽蔑だった。
「だから変えるの。世界を。女だからと卑下される、腐りきったこの世界を」
こんな若き令嬢が、本当に世界を変えられると思っているのだろうか。疑問が頭をよぎるが、レベッカはすぐにあることに気づいた。年齢を感じさせない、人間としての圧倒的な迫力。その言葉の圧力は、自分とは段違いだった。
「この話に乗らないのなら、あなたは無能で腐りきった夫婦に、これから先もずっといじめられるだけの人生を歩むことになる。……まあ、そうはさせないけれど」
「ど、どうしてでしょうか?」
反射的に問い返すレベッカに、ミレーヌは冷たい笑みを浮かべた。
「答えが聞きたいの? なら、私の問いに返答すべきでしょう?」
ミレーヌの苛烈さに、レベッカは恐怖を感じた。しかし、同時に、この境遇に甘んじていては何も変わらないことも、また事実だと実感する。そして、ミレーヌが約束する「能力に見合った世界」に、かすかな憧れを抱いている自分に気づき、動揺した。
その時、ミレーヌは突然、レベッカに手を差し出した。
「私の手を握りなさい。レベッカ。そして変えるの。世界を。私達で」
差し出された手。それを握れば、ミレーヌの恐ろしい計画に加担することになる。世界を変えることは、今の既得権益に牙をむくことに等しい。きっとすぐに殺される運命だろう。
しかし、ここで拒絶すれば、この場で殺される。それは予想ではなく、彼女の目から読み取れる明確な未来事象だった。死は避けられないかもしれない。だが、死に方を選ぶことはできる。
そして、その選択の先に、彼女の胸の奥底に沸き上がる感情があった。ミレーヌの差し出した手は、レベッカにとってあまりにも魅惑的で、光り輝いて見えた。その輝きは、自分を道具としてしか見ない愚かな者たちへの復讐を、そして能力を正当に評価される世界を約束しているように思えたのだ。
数秒の沈黙が部屋を支配する。葛藤の末、レベッカは震える手でその光を掴んだ。
「私でよければ……いいえ、私は、ミレーヌ様にこの身を捧げます」
こうして、ミレーヌは計画の第一歩として、忠実な「駒」を手に入れた。
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