第46話 婚約の儀
十日後、ミレーヌは久々に王都に居る。彼女に同行した幹部は、ラウールと警護隊長のフィデール。専属メイドのリサも、ミレーヌの世話のために付き添う。さらに、普段からミレーヌの友人を公言しているリナが勝手に付いてきた。
ミレーヌは、王都にある公爵家の館の執務室にて、駐在している書記官から明後日の婚約の儀の段取りの報告を受ける。書記官の淀みない説明を聞くうちに、ミレーヌはうんざりしたようにため息をついた。
「まったく、儀式は面倒ね。こんなこと辞めてしまえばよいのに」
「ミレーヌ様、こういう儀式は権威を高めるためには必要なことですから」
ミレーヌの合理的な思考を理解しつつも、貴族社会の常識とはあまりにも乖離していると思ったラウールは、少し笑いながら答える。
「権威なんてものは、儀式で高めるものじゃないでしょ? まったくこの世界もろくでもないわね」
「『この世界も』ですか?」
「言い間違えよ、忘れて。ラウール」
「承知しました」
「それで、リナはどこ行ったの?」
話題を逸らすかのようなミレーヌの問いに、フィデールが答えた。
「は! 昨日王都に着いたとたんに、勇んで出かけていきました」
「まったく、本人は遊びに来たと思ってるんだから」
「探しましょうか?」
「無駄よ。他に報告はあるかしら? なければ、リサに明後日の衣装の最終確認をするように言われてるから、自室に戻るわ」
◇◆◇◆
翌日の朝、ミレーヌが起きると、なぜかソファーにリナが居た。
「どうしてここに居るの?」
「あ、悪い悪い。普段はツンケンしてるのに、寝顔は可愛いなと思ってね」
問いに答えていないリナの言葉に、ミレーヌは頭を抱えたくなった。いつものように窓か天井裏から侵入したのだろう。
「どこから入ったの……まあ、いいわ。そんなことのためにここに来たのではないでしょ?」
「あ、バレた? 最近、貧しい人にお金配れなかったから、一昨日から頑張って稼いできたんだよ。後で領都で配るから別に馬車手配しといてね」
「勝手についてきて、居なくなったと思ったら……。リナもよくそんなこと熱心にやるわね」
「義賊だから当然じゃない。それで、昨日忍び込んだ子爵のところで面白い話を聞いたから教えてあげようと思ってね。優しいでしょ?」
「どんな話?」
ミレーヌはため息をつくことも忘れて、その言葉を促した。彼女にとって、リナが独自に調べる情報は、時としてラウールが構築した正規の諜報網よりも価値があった。
「今回の王太子のお相手のセリアだっけ? 半年くらい病気で寝てたって聞いたけど」
「そうよ。義賊のくせに、そんな常識知らないの?」
「王宮は警備が厳しいから、興味ないんだよ。それで、そのセリアが連れてきた医師や薬師達どうなったか知ってる?」
「知らないわ」
「まだ、王宮に居るんだって。セリアが完全に回復しきってないからという理由みたいだけどね。元からいる王宮の医師が子爵に愚痴を言ってたよ。腕がいいからといって、王の診察もみるかもしれないだって。王太子が熱心に国王に働きかけてるからそのうち、俺たちの仕事が奪われるって嘆いてたよ」
ミレーヌは何も言わずにその情報を思考の泉に落とし込む。
(回復したと公表されたはずなのに、なぜ?)
彼女の脳裏に、ラウールが王都から持ち帰った報告書の内容が蘇る。セリアが病に臥せっていた期間と、医師団が到着してすぐに回復したというタイミング。その医師団が未だ王宮に留まっているという事実。さらに、体調がすぐれない王の診察も引き受けるかもしれないという予想。これらの点が、一本の線で結ばれていくような、不穏な感覚を覚えた。
「考えるのはアンタの仕事だね。じゃあ、アタシはもう数件仕事してくるから」
足取りも軽く、リナは扉から出ていくと、扉の外で控えていたフィデールが驚愕の声を上げた。
◇◆◇◆
翌日、婚約の儀は、国内の貴族が集まり盛大に執り行われた。儀式が終わり、退室する際に、王太子とセリアに形式的に挨拶したミレーヌは、去り際に、セリアに視線を送る。セリアと目があった瞬間、彼女はすぐに伏し目がちになる。
ミレーヌは、かつての婚約者への複雑な思いを押し殺し、セリアの怯えるような瞳の奥に冷徹な公爵令嬢として振る舞う自分への恐怖を読み取り、静かに式場を後にした。
その後ろ姿を見る視線に気づかずに。
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