第44話 兵員補充
ミレーヌの元に、レベッカとラウールそして、ジャックが集まったのは結局、翌々日の午後になった。ラウールが商談のため領都を離れていたためだ。
「遅くなって申し訳ございません、ミレーヌ様」
自分のせいで会議が遅れたことを詫びるラウール。
「仕事で離れていたんでしょ? だったらいいじゃない。暇をつぶすような者はいらないから」
その言葉を発した本人は、ラウールを許す意図があった。しかしながら、聞いた側は、ミレーヌの意図を理解できないものは不要であると感じ、改めて張り詰めた空気が漂った。ミレーヌは、感情を一切見せないアイスブルーの瞳で、幹部たちの反応を測るかのように見つめている。
「それで、皆聞いたと思うけど、新型銃の大量生産に合わせて騎士団の編成を変えようとしたら五十名も辞めたの」
一同、ミレーヌの言葉にうなずく。それを見たミレーヌは言葉を続けた。
「補充するために、最初、農民などを徴兵しようと思ったけど、どうせやる気ないでしょ?」
「おっしゃるとおりですな」
ジャックが即座に答えた。
「考えたの。徴税を免除する代わりに、農民など平民を兵士にするの」
「でも、それだと士気の面で懸念は残りますが」
ジャックは、兵士の士気という武人としての視点から懸念を伝えた。
「最後まで聞きなさい。兵士には階級を与えるの、一般は、兵卒、五人統率するものは伍長、伍長を二人統率するものは軍曹、軍曹を五人統率できるものは隊長、隊長を十名統率するものは佐官。今言ったのは大雑把な案だけど、階級に応じて給金を増やす。それならやる気もでるでしょ?」
ミレーヌの言葉に、幹部たちは静かに息をのんだ。今までの慣習に囚われない、あまりにも合理的で斬新なその発想は、彼らの常識を根底から覆すものだった。特に、身分制度が根強いこの世界で、平民に階級を与えるという案は、革命的ともいえる発想だった。
「五十名程度の補充となれば財政的には何ら問題ございません。もちろん、騎士全体に当てはめても給金の手当は、大丈夫かと。しかし、多くの騎士が動揺するかと思いますが?」
ラウールは、騎士全体に、階級制を導入した場合の混乱が生じると思い、疑問を主に問いかけた。
「いずれはそうしたいけど、今回集めるのは騎士団とは別の組織にするわ。それで最低でも百名程度は集めたいけどどうかしら?」
「領内では、職にあふれたものもおりますので、もっと集まる可能性があります」
常日頃、公爵家領内の状況を分析しているレベッカが、即座に返答した。すると、ジャックが口を挟む。
「しかし、ミレーヌ様、平民を兵士にするとしても、新型銃を使わせるということになるのでしょうか?」
「もちろんよ。何か問題があるの?」
「いや、問題ではなく、銃の扱いに慣れるまでは一ヵ月程度、さらに的に当てられるかどうかはさらに二ヵ月程度、実戦で役に立つまでは三ヵ月、合計半年程度かかります。すぐに穴埋めは難しいかと思います」
「それで?」
「例の件もありますので、兵士の補充は喫緊の課題と思いますが……」
ミレーヌがワトー侯爵と戦端を開く計画があり、兵力はあればあるほど良いと考えるジャックは、指揮官としての懸念を伝えた。
「即戦力が欲しいということね?」
「はい、指揮官としては兵士を無事に戦から帰還させる責任があります」
武人としての発言には一目置くミレーヌは、いつものように指でテーブルを叩きながら思考に耽る。わずかな時間の後、問いかけた。
「となると、どうしたらよいかしら?」
即戦力が必要なことは理解している。だが、金で雇われた兵士は、より良い条件を提示されれば簡単に寝返る。安易な補充策には、大きなリスクが伴うことを彼女は知っていた。そんな彼女の思考を読み取ったかのように、ラウールが挙手する。
「傭兵団を雇うというのはいかがでしょうか?」
「それは考えたけど、すぐに逃げ出すような輩では困るんだけど?」
ミレーヌの当然の懸念に、少し笑みを浮かべたラウールが返答した。
「隣国のヴィスタ帝国で名をはせた有名な傭兵団が、王都に向かっているとの情報があります。五十名ほどの団員全てが銃の扱いに慣れており、一週間以内には領都を通ると思います。率いる団長は、プライドが高いのがたまに瑕ですが、勧誘してみてはいかがでしょうか?」
「その傭兵団の名前は?」
「ゲオルク傭兵団です」
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