第41話 改革の進捗
幹部会議から一週間後、公爵家の執務室には、部屋の主とパトリスとレベッカがいた。ミレーヌは、レベッカが提出した書類を見入り、徐に顔を上げた。
「そう、商業改革は順調ということね」
実際に、商業改革の進捗は予想以上に進んでいる。ラウールが導入した信用手形は領内で徐々に浸透し、大規模な取引も活発になってきている。その次の書類、そうパトリスが提出したものが問題であった。なぜなら、彼に命じた農地改革は遅れが目立っていたからだ。
「パトリス、検地の進捗は予定の三分の二程度だそうね」
「はい、申し訳ございません。言いつけ通り東方面から進め、北方面までは、検地に反対する地主があったものも、説得してなんとか進めていたのですが、西側領境のミカラス地方では、説得してる最中でして……」
突然、ミレーヌがパトリスに言い放つ。
「言い訳はやめて、反対する者は、理由の如何を問わず、公爵家への反逆と見なして、厳罰に処しなさい」
「しかし、それでは無用な反発が……」
「無用な反発ではないわ。不合理な慣習に固執する愚かな者たちの抵抗よ」
ミレーヌは、パトリスの言葉を遮るように言い放つ。その瞳には、一切の迷いがない。パトリスは、ミレーヌの冷徹な決断に、再び言葉を失う。彼は、ミレーヌが下す命令の非情さと、その裏にある合理性に、毎回のように葛藤を覚える。しかし、それが、常に地主に抑圧されてきた公爵家の領民のためになることも事実であった。
「……かしこまりました。ご命令のとおりすぐに行います」
「それで、ミカラス地方はどうするつもりか教えて」
「はい、私自ら赴いて……」
「ちょっと待って、貴方が行くの?」
「はい、こういう事は信頼関係が大切ですし、嫌な役目ですから私が……」
パトリスは、自分の判断が正しいと信じていた。この難局は、誰よりも信頼されている自分が対処すべきだと。しかし、ミレーヌの厳しい視線が、彼に向けられると同時に一喝された。
「パトリス!」
「は、はい!」
「私は言ったわよね。部下に任せなさいって」
「は、はい……」
パトリスは、ミレーヌの言葉にたじろいだ。以前にも指摘されたことだ。若い主が、自分の弱点を正確に見抜いていることに、彼は再び畏怖の念を覚えた。同時に、自分の独りよがりな行動が、結果的に任務を遅らせているという事実を突きつけられ、深く反省した。
「パトリス、時間は有限です。自分だけで全てやるのは愚者がすること。貴方の行政手腕を期待して家令にしたのよ。それを担当者を気取って自ら説得するなど、自己満足にすぎないわ。もっと部下を使いなさい。貴方には、優秀な部下を与えたでしょ?」
「おっしゃる通りでございます……」
「人を思いやるのは貴方の良いところかもしれないけど、今は予定通り進めるにはどうしたらいいのかを考えなさい。その知恵を持っているからこそ、今の立場につけたのよ」
「……」
ミレーヌの正鵠を得た指摘が冷酷な視線と共に、鋭い刃物のようにパトリスを貫いた。この年若い少女に対する畏怖もあいまって、年老いた家令の言葉は完全に沈黙した。口を開けば、きっと見苦しい言い訳にしかならない。そう思うと、ただ俯くことしかできなかった。
「すぐに部下と相談して、どうやったら遅れた時間を取り戻せるか話し合って。そして、対応策を考えてすぐに実行しなさい」
ミレーヌの冷たい視線に、パトリスは顔をこわばらせる。
「……承知いたしました」
パトリスとレベッカが退室しようとすると、ミレーヌはレベッカに声をかけた。
「レベッカ、あとでジャックと一緒に私のところに来て。この前教えてくれた話の対応だけど、そろそろ実施する頃合いだから」
そう告げたミレーヌの口は少しほほ笑んでいた。
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