第40話 幹部会議
ミレーヌが人殺しの練習を始めてから一週間が過ぎた。その日の公爵家の会議室には、ミレーヌと幹部たちが集まっていた。家令のパトリス、筆頭書記官のレベッカ、騎士団長のジャック、そして商人のラウールが席に座っている。長机の上座にはミレーヌが、少し離れた場所には警護隊長のフィデールが直立不動で控えていた。
ミレーヌは、アイスブルーの瞳をまっすぐに見据え、口を開いた。
「今日、集まってもらったのは、我が領土のことよ。公爵家の領土内にいる貴族や地主の土地を接収して、公爵家直轄地としようと考えてるの。皆、意見はある?」
パトリスが慌てて口を挟んだ。
「それはいくらなんでも……。貴族や地主たちが黙ってないかと……」
「彼らには、代わりに給金を出せばいいじゃない。土地から得られる税収や収入より少し上乗せすれば反対しないでしょ?」
「それはそうかもしれませんが……」
パトリスは言葉を濁した。ミレーヌの提案はあまりにも大胆で、貴族社会の根幹を揺るがすものだったからだ。彼の心には、今後の混乱に対する不安が渦巻いていた。すると、レベッカが手を挙げた。
「よろしいでしょうか? 貴族たちは、土地は先祖代々から受け継いできたものです。対価として給金を出すからといって、はいそうですかと土地を差し出すのは抵抗があるかと思います」
「自分が苦労して得た土地ではないのに、そういう時だけ先祖の名前を出すのね。まったく不合理極まりないわ」
「とは言いましても、パトリス様がおっしゃるのは一理あるかと思います。改革も道半ば。今は無用な混乱を避けるべきかと」
ミレーヌは、目を閉じ、右手の人差し指でテーブルを数回叩いた。その音だけが静かな会議室に響く。彼女は幹部たちの意見を吟味し、最善の策を練っていた。その間、誰も口を開くことはできず、ただ彼女の思考が終わるのを待っていた。やがて目を開け、ジャックに尋ねる。
「ジャック、貴方はどう思うの?」
「公爵家内の貴族で最大勢力は、先の騎士団第一部隊長だったプロスペル・ボーガン子爵、あとはいくつか男爵家があります。もし叛意を示したとしても、武力で討伐するのは容易かとは思いますが、地主たちの反応が気になります」
「地主ね……。ラウールはどう思う?」
「そうですな。最終的にはミレーヌ様のおっしゃるとおりに進めるのがよろしいかとは思いますが、時期尚早かと。特に、地主は私有を許可することも視野にいれるべきと愚考します。
「そう、地主は無理か……」
ミレーヌが呟くと、ラウールは新たな提案をする。
「ただし、地主については、相続税の税率を上げて数代にわたって弱体化させるなどの方策がございます。今は、貴族の力を削いでいき、こちらを力を蓄え、叛意すらできず、金銭を支給して土地を返上するように仕向ける方がよろしいかと」
「それで、貴族の力を削ぐにはどうしたらいいと思うの?」
「まずは、財政の一元化とはいかがでしょうか? 徴税をこちらが行う代わりに、税金は公爵家から支払うとか。徴税は大変ですから飛びつく可能性はあります」
「他には?」
再びレベッカが手を挙げた。
「裁判などは領内の貴族自ら行っていましたが、それを公爵家がすべて行うのはいかがでしょうか?」
「司法権の一元化ね。ジャックは何か案ある?」
「軍事力を強化すべきかと。反乱を起こしても無駄と思わせることが肝要と思います」
「パトリスは?」
「え、えっとですね。たとえば、自治を行っている貴族や村々に、公爵家の役人を派遣すれば、ミレーヌ様の指示がいきわたるかと」
「人が足りないわね。まあ、分かったわ。今の話は、必ず実施するけど、完璧に準備した後ということにします。各自、今言ったことを念頭に、具体的な方策を検討しなさい。以上です」
ミレーヌが退席すると、フィデールが犬のように後を付いていった。氷の公爵家当主がいなくなった会議室には重苦しい雰囲気が漂う。
「レベッカ、できると思うか?」
ジャックが尋ねると、レベッカはきっぱりと答えた。
「できるかどうかではなく、お嬢様はやると決めたのです。どうやれば軋轢なく上手くできるかを考えるべきでしょう。ジャック」
レベッカの言葉には、主への揺るぎない信頼と、現実を冷静に見つめる筆頭書記官としての覚悟が滲んでいた。ジャックは、その言葉に静かに頷く。
「そのとおりだな。さて、皆も検討しようか。未来の公爵家のために」
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