第36話 幕間(王太子と侯爵令嬢)
王宮の豪華な部屋の中央に配置された装飾が施されたベッドで、可憐な女性が臥せっている。赤紫色の髪を持つ十九歳のセリア・ジュイノー、国王派の重鎮貴族であるジュイノー侯爵家の長女であり、王太子の婚約内定者だ。彼女が寝ている部屋の扉がノックされた。
「私だ。入っていいか?」
メイドが扉を開くと、王太子エドワードが入室した。金色の髪は燭台の光を反射し、彫刻のような端正な顔立ちの青年が、心配そうな表情を浮かべている。
「大丈夫か、セリア。また、心配になって来てしまった」
「王太子殿下の御心を煩わせてしまい、申し訳ございません」
起き上がろうとするセリアを、エドワードは手で制した。メイドが持ってきた椅子にエドワードが座り、セリアに語りかける。
「いや、そんなことを言わないでくれ。まだ結婚していないが、君は妻と同じだ。身を案じるのは当然だろ」
「王太子殿下、ありがとうございます」
「それで、薬はしっかりと飲んでいるのか?」
「はい、毎日欠かさず飲んでおりますが、気持ちが上向きになりません」
「ああ、どうすればよいのだろうか」
右手を頭に当てて、悩むエドワード。素でそのような行いをする彼は純情そのものな青年だった。それを見たセリアは上半身を起こして、彼に提案した。
「以前からお願いしてた王宮の医師以外にも実家から医者や薬師を呼ぶ件ですがいかがでしょうか?」
半年前から臥せってから、セリアから事あるごとに懇願されていたが、王宮の医師たちの根強い反対にあい、今に至ってる。
「私は構わないと思うが、医師たちが……」
「ああ、王太子殿下、申し訳ござません。私が病気になったために、ご迷惑をお掛けしてしまい……」
セリアは、両手で顔を覆い、肩を震わせ、指の隙間から、エドワードの表情をそっと伺う。その視線には気づかないエドワードは、彼女の姿に耐えきれなくなり、やさしく彼女に話しかけた。
「君が謝る必要はない。むしろ私が謝るべき事だ。決めた。父上に話をして医師に勅命を出すように説得するよ」
「よろしいのですか?」
「大丈夫だ。父上も最近少し元気がないのか、私の言うことは聞いてくれることが多い。君は何の心配をする必要はないさ」
セリアはわずかに目を見開き、エドワードの手を取った。
「王太子殿下、ありがとうございます」
病に臥せっているセリアの手はなぜか暖かった。エドワードはそれには疑問に思わず、彼女の手のぬくもりに心拍数が少し高鳴った。
「すでに、婚約は内定しているのだから、王太子殿下はよしてくれ。前から言ってるだろ、エドワードと呼んでくれと」
「はい、エドワード様」
「セリア、君に、早く元気になってほしい」
「申し訳ございません、私のせいで婚約の儀が遅れてしまい……」
「君が気にする必要はないさ」
すると、セリアがエドワードの顔に近づいて訴えかけた。
「婚約の儀は、やはりあの方はお呼びになるのでしょうか? その、エドワード様の前の……」
「ああ、ミレーヌかい、今やグラッセ公爵家当主だから呼ばないわけにはいかないだろ?」
エドワードの言葉に、セリアは表情を曇らせた。
「……そうですが、私はあの方が怖いのです……あの瞳で見つめられると心まで凍ってしまいそうで……」
「たしかに、私も一年付き合ったけど、いつも心底を見透かされているようだったよ。だけど王家としては有力貴族にも配慮せざるを得ないんだ。ごめんセリア」
「いえ、エドワード様が謝る事ではございません。出過ぎた真似をして申し訳ございません」
「君のミレーヌに対する感情は十分理解したよ。今はゆっくりお休み。医者の手配は任せてくれ。まず、父を説得し、医師たちを黙らせる。そして君の父上と相談するから」
エドワードはセリアのほほにキスをして、寝室から出ていった。セリアは、侍女に飲み物を持ってくるように指示し、一人、赤紫色の髪の持ち主は部屋に残された。
彼女はベッドから起き上がると、窓から外の景色を見つめた。空はどんよりとした雲が広がっている。この時の彼女の表情は誰にもわからなかった。
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