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第34話 公爵令嬢の演説

 レベッカたちに銃の大量生産を命じてから二日後。ミレーヌの執務室には、ジャック騎士団長とリナが控えていた。約一年前に命じた、徴税官の不正摘発の報告のためだった。執務室にはミレーヌの他にも筆頭書記官のレベッカも同席している。レベッカは、公爵家内ではミレーヌの懐刀として噂されており、多忙にも関わらず重要な打ち合わせには、必ず同席するように主人から厳命されていた。


「そう、四十名中三十一名も不正や汚職をしていたのね」

「はい、思いのほか多く、尋問に時間を要し、ご報告が遅れましたことをお詫びします」

「気にする必要はないわ」

「そうだよ、ジャックのおっさん、ミレーヌがそんなつまらないことで責めるわけないじゃん」


 ミレーヌの言葉に対し、リナが口を挟む。


「リナ、少し黙ってて」


 ミレーヌの指摘に「はーい」と返事したリナは、後は任せたと思ったのか、一人ソファーに座って勝手にローテブルにあった焼き菓子を食べ始める。すると、報告を聞いていたレベッカが尋ねた。


「それで、どうされますか?」

「皆、処刑よ」

「処刑ですか! 公爵家の法によると、収賄や不正行為は鞭打ち十回と定められていますが……」

「それなら、レベッカ、すぐに法を変えて。追加で条文を入れればいいわ。あとで根本的に変えるけれど、今はそこだけ発布して」

「しかし、アッシ銀山の代官は無罪放免いたしましたが……」

「命じられた仕事もできないうえに、納めるべき公金を横領する者など私には必要ないの。すぐにやりなさい」

「……承知しました」


 すると、ジャックが、静かに問いかけた。


「それで、処刑はいつ行いますか?」

「そうね……ああ、ちょうどいいわ。今回は公開処刑。準備にどのくらいかかる?」


 ミレーヌの問いに、顎鬚を少し触りながら少し思案したのち、ジャックが答える。


「準備はそれほどかかりませんが、公開処刑となると聴衆を集める目的があると思いますので、二週間後ではいかがでしょうか?」

「それで結構。ただし公開処刑をする旨は当日、私自ら公表するから、聴衆を集めることのみ専念して」


 拝命した旨を動作で示したジャックに替わって、レベッカが尋ねた。


「一つよろしいでしょうか? 徴税官の補充はいかがいたしましょうか?」

「すぐに募集しなさい。今の五倍の人数を確保して」

「五倍ですか……。不慣れな者が集まる恐れがあり、しばらく徴税業務に支障をきたす恐れがありますが」

「そうね、報奨金制度を導入しなさい。税金の徴収額の一厘を固定給として上乗せ支給。徴税率が最も高い者十名には、それぞれ特別報奨金を別途支払う。これでどうかしら?」

「それですと、無理矢理徴収する者が現れそうですが……」

「なら、密告制度を導入しなさい。不正した者を見た同僚や村や町の長などが直接私に手紙で密告できるように制度化して。不正の事実が間違いなければ、密告者に銀貨五十枚を与え、事実無根なら、密告した者を鞭打ち十回。そうすれば、不埒な考えをする者も防げるでしょ?」


 その後、ミレーヌは密告の手紙を効率的に収集するため、ラウールの商会網などの利用を検討するようレベッカに指示を出した。レベッカたちが退席しようとすると、ミレーヌがレベッカに声を掛ける。


「あとで構わないから、ラウールに部屋にくるように伝えといて。公開処刑の時にいろいろと頼みたいことあるから」


◇◆◇◆


 二週間後、領都の広場には多くの観衆が集まっていた。不正を行った徴税官三十一名が拘束されたまま広場の中央に一か所に集められている。罪人から少し離れた場所に演台が設けられ、そこにはミレーヌが立っていた。他にも、ジャック騎士団長、パトリス家令、レベッカ筆頭書記官、フィデール警護隊長など幹部も背後に控えている。

 ミレーヌは聴衆に向かって演説を始めた。最初は抑揚のない抑え目の声で観衆に訴えかけた。


「皆、よく聞きなさい。私、ミレーヌは、皆の勤勉さに常日頃、深く感謝しています。日々熱心に働き、そして規律を守っているからです。皆がいるおかげで、今の私があります。本当に感謝します」


 貴族である公爵令嬢が、平民に向かって華麗な挨拶をする。その姿に、観客には、驚きの沈黙が広がった。

 その沈黙に満足したミレーヌは、少し間を置く。そして、ミレーヌは突然声のトーンを二段階上げて訴えかけた。


「しかし、勤勉という言葉を忘れた者がいます。そう、ここに捉えられた三十一名の者です!」

  

 ミレーヌが左手で徴税官を指さす。自然と聴衆の目線が縛られた徴税官に向けられた。


「この者たちは、徴税官。しかし、皆が納めるべき税を過度に徴収したうえに、自分の懐にその税を入れた不届き者です!」


 聴衆がざわつき始める。


「皆が、日々勤労に励み、納めた税をくすねた者です! 皆はどう思うのですか!」


 誰かが「そんな奴殺してしまえ!」と叫んだ。するとその声に反応したのか、他にも「殺せ!」と声が上がり始める。

 そして、観衆の多くが「殺せ!」と大合唱しはじめた。

 観衆の興奮を留めることなく、満足そうに笑みを浮かべたミレーヌは、しばしその声を時の流れとともに聞いた。ある程度興奮が収まってきたタイミングで、ミレーヌは両手を挙げて、観衆のざわめきを止めた。そして声を張り上げた。


「皆の思い、今、私が受け止めました。このような不正を行う輩は、我が公爵領内には必要ありません。全員死罪とします!」


 その声に観衆が沸き上がる。ミレーヌは、ジャックに目線を送ると、ジャックは頷き、部下に処刑を命じた。部下たちは、一人ずつ斬首していく。あるものは、その光景に興奮し、ある者は目を背ける。そして、民衆の感情の渦潮はますます深まっていった。

 ミレーヌは、興奮する聴衆の表情を見渡す。罵声が飛び交う中、聴衆のボルテージが上がっていった。刑が全て終わると、どこからともなくミレーヌを賛美する声があがった。


「公正な(あるじ)、ミレーヌ様! 我らが(あるじ)、ミレーヌ様!」


 一人が放った言葉が、瞬く間に聴衆に広がる。集まった聴衆が一丸となってミレーヌを讃え始めた。

 

 氷の仮面を被った公爵令嬢は、満足げに少しほほ笑んだ。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
効率。 豊臣秀吉の城作りですね。 あとは民度を上げるために公民をすげ替える。 優秀ですがやはり鋼のメンタルですね。
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