第33話 新型銃
レベッカは、ミレーヌの指示を受けて、その日のうちに、領内で評判の時計職人、レーモンを探し出した。公爵邸に呼び出されたレーモンは、ミレーヌの指示で暴発を防ぐための装置の開発をするように指示を受けた。
彼は、唐突な要求に最初は戸惑いを隠せない表情をしていたが、話を聞く中で、徐々にその顔に職人の好奇心が浮かんだ。
ミレーヌの要求はただ一つ。フリントロック式の暴発を防ぐ「安全装置」を生み出すこと。それは、時計の内部機構にも通じる、極めて精密な技術を要する課題だった。
三ヶ月が過ぎ、季節は春から夏へと移り変わっていた。庭園の木々が青々と葉を茂らせる頃、新たな試作品がミレーヌの執務室に届けられた。
落ち着いたサミールと興奮したホマンは、まさに水と油。よくこの二人で新たな銃開発できたものだとミレーヌは思うも、新たに加わったレーモンが調整したのかもしれないと思い直した。
「ミレーヌ様! ついに完成いたしました! 完璧な安全装置でございます! やりましたぞ! 素晴らしい装置で、ここが……」
「銃身も強化し、さらに射程を伸ばしました。既存の銃の二倍を優に超えます」
ホマンの自慢を遮るようにサミールも報告する。彼もまた、誇らしげに胸を張っていた。
ミレーヌは無言で銃を手に取り、その重みと手触りを確かめる。確かに以前のものより頑丈で、均整がとれている。銃床が頑丈な大木で補強されており、安定感がある。
「安全装置はどうやったの?」
「はい、火打石と鉄を溶かして作った『フリズン』と呼ばれる可動式のL字型部品を銃鉄の前に設置しました。フリズンを開いたところに火薬を入れて閉じます。銃鉄を最後まで引いて引き金を引けば、フリズンに擦れて火花が生じ、同時に銃鉄が打ち下ろす衝撃でフリズンも後方に移動し、火薬に火花が移ります」
レーモンの具体的な説明を聞きながら、銃を手に取り構えて、フリズンを動かすミレーヌ。フリズンを閉じて、銃鉄を引き上げて、壁に照準を合わせる。そして、引き金を引くと、銃鉄がコトリと落ち、フリズンをこすり火花が散った。ミレーヌはそれに満足した表情を浮かべ、問い返す。
「短剣の装着は?」
彼女が問うと、サミールは少し残念そうな表情を見せた。
「それが……銃床をさらに加工し、鉄の強度を確保する必要があります。それにはもう少し時間が……特に鉄の強度は精製割合を変えて実験する必要がありますので、数ヶ月はかかりますでしょう」
ミレーヌは一瞬眉をひそめたが、すぐに表情を戻した。それでも十分だ。
「今すぐジャックを呼んで。実際に、兵士たちに試し撃ちさせなさい」
その日の午後、公爵領の演習場に、試射の乾いた音が響き渡った。ジャックは射撃が得意な兵を選抜し試射させたが、使い慣れた火縄式に比べて戸惑う者もいたものの、新型銃に対する好意的な意見ばかりが集まった。
その報告を受けてミレーヌは、ようやくここまで漕ぎつけたことに満足を覚えた。
◇◆◇◆
翌日、ミレーヌはレベッカ、ラウールそしてサミールを執務室に呼び出した。
「わが公爵家は、この新型銃を、大量生産します。ついては、三名に、それぞれ指示を与えるわ」
彼女の言葉に、三人は息を呑む。
「レベッカ。領都の隣の空き地に区画を整備し、鉄砲工房を建設して。突貫工事よ」
「ラウールは、領内中及び近隣から腕利きの鍛冶職人や大工を集めなさい。金はいくらかかっても構わないわ」
ミレーヌの声には、一切の迷いがなかった。冷徹なまでの決断力が、その場にいる全員を圧倒する。
「そして、サミール。貴方にはその職人の長になってもらうわ。集まった職人を、部品ごとにそれだけを造る担当になってもらうの。そして、作った部品を組み立てる専用の職人を数名配置する。そうすれば、この銃は月に五十丁くらいは量産できるわ」
「ご、五十丁ですか! 今は、月三丁程度が限界ですが……」
「大丈夫よ、サミール。職人が専属して単一部品を作っていけば、慣れるでしょ? 生産速度は、日に日に増すのよ」
「なるほど、そんなやり方、初めて聞きましたが……」
「絶対に上手くいくからやってみて。貴方は、職人が得意とする作業にあった部品の作成の割り当てをしなさい」
「承知しました」
自身の覇道を進めるために、必要不可欠な道具を手に入れたミレーヌ。彼女は次の計画を進めることを決めた。
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