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第30話 二度目の会談

 マチュー侯爵がラッセルに刺殺された日の翌日。ミレーヌはリナを執務室に呼び出した。


「リナ、以前調べてくれた男爵家の屋敷だけど、ルドヴィックの寝室に寝酒用のブランデーがあったって言ってたわよね? それにこの薬を入れてちょうだい」


 ミレーヌが差し出したのは、無色透明の液体が入った小さな小瓶だ。


「これって何の薬? もしかして猛毒?」

「リナに人殺しはさせないわ」


 その返答にリナはニヤリと笑った。紅い髪が揺れ、琥珀色の瞳がきらりと光る。


「了解。アタシにまかせとけって」


 数日後の深夜。リナはルドヴィック男爵の屋敷に、音もなく忍び込んだ。男爵は、日中の飲酒で泥酔したのだろう。寝台の上で、獣のような寝息を立てている。部屋にはブランデーの甘い香りが漂い、サイドテーブルには飲みかけの酒瓶が置かれていた。

 リナは、その酒瓶の蓋を開け、ミレーヌから渡された薬液を数滴注ぎ入れた。男爵の深い寝息以外、何の音も立てずに、リナは再び闇の中へと消えていった。

 それから三日後。ミレーヌは、レベッカからルドヴィック男爵が倒れたとの報告を執務室で受けた。

 ミレーヌが公爵家当主となってから、やけ酒を浴びるように飲むようになった男爵は、寝酒の後に昏睡状態になり、人事不省に陥ったという。長年の飲酒によるものか、その精神機能は完全に停止し、もはや意識が戻ることはないだろうと医師は診断を下した。

 

「どうなさいますか? ルドヴィック男爵の嫡男は四歳とまだ幼いですが」

「当面混乱するでしょうから、葬儀が終わったら後見という名目で、男爵家領地は接収。後でジャックに頼んでおくわ。まあ、矮小な領土奪っても些事が増えるだけね。それより例の件、上手くいってるの?」

「はい、ラウール殿が抜かりなく進めています」


 レベッカの返答に、ミレーヌの口角は少し上がった。


◇◆◇◆


 その報告から一週間後、ミレーヌは、アレクサンド子爵を公爵家へと呼び出した。

 応接室で対面したミレーヌは、冷静な表情でアレクサンド子爵を見据える。白髪が目立ち始めた初老の男の顔には、隠しきれない焦燥が浮かんでいた。


「アレクサンド大伯父様。この前、皆様とお会いしたばかりだというのに、こんなことになるとは、私びっくりいたしました」


 そして、ミレーヌは淡々と、ルドヴィック男爵が過剰飲酒で人事不省に陥ったこと、ギャンブルの怨恨によって、マチュー侯爵が、元子爵家嫡男に刺殺されたこと。さらに、犯人である元子爵家嫡男もその場で手討にされた状況を説明した。まるで、他人事のように。


「残念ながら、叔父上がこのようなお病気になってしまった今、大伯父上のご要望はお受けできませんわ」


 ミレーヌの言葉に、アレクサンド子爵は激高した。テーブルを強く叩き、身を乗り出す。


「貴様! お前が二人をやったのだろう! そんなことをして、ただで済むと思っているのか!」

「あら、大伯父上、何の証拠があってそのような虚言を?」


 ミレーヌの瞳は、感情を一切映さず、ただ冷たい光を宿している。アレクサンド子爵は言葉に詰まった。


「私は、大伯父上にとっては又姪ですが、公爵家当主でもあります。そのような言われもない告発は、公爵家を敵と見做す発言です。それでも、敢えて私と事を御構えになるのでしょうか?」

「……前言を、て、撤回する。わ、悪かったミレーヌ」

「よろしいでしょう。謝罪を受け入れます」


 その言葉を聞き、子爵の生色が少し戻った。その様子を見たミレーヌは唐突に言葉を投げかける。


「あ、そういえば、大伯父上、近頃お金にお困りの様子ですね。最近、領民からかなり重い税を取り立てているとか」

「……何を突然、そんなことはお前に関係ないだろう!」

「そうでしたね。もう、ご用件も済んだようですしね」


 ミレーヌは呼び鈴を鳴らし、応接室に入ったリナに言う。


「アレクサンド子爵がお帰りです。玄関まで案内しなさい」


 ミレーヌは、ただそれだけ告げると、視線を逸らした。アレクサンド子爵は、顔を真っ赤にして立ち上がり、応接室を後にした。

 

◇◆◇◆


 アレクサンド子爵が自身の領地へと帰路を急ぐ。日が傾き、馬車が領内入ってから半刻ほど経ったところで配下の騎士が慌てて駆け寄ってくる。その顔は蒼白だ。


「だ、旦那様! 大変でございます!」

「何事だ」

「重税に反対した農民が一斉蜂起し、館を包囲しました!」


 アレクサンド子爵は血相を変えた。


「すぐに鎮圧しろ!」

「これほど数が相手となると、我々では対応できません!」

「鎮圧できなければ、我が子爵家は統治能力無しと見なされ、取り潰しになるぞ! どうするつもりだ!」

「しかし……我々では抑えきれません!」


 ミレーヌの言葉が、アレクサンド子爵の脳裏に鮮やかに蘇った。「かなり領民から税を取り立てているとか」。はっと、アレクサンド子爵は真実に気が付く。背筋に冷たいものが走った。


「ミ、ミレーヌ……! ま、まさか、民草を煽ったのか……。それも私が不在となる時を狙って……。お、お前は、こ、ここまでするのか!!」


 彼の目に映るのは、あの凍り付くようなアイスブルーの瞳をした少女の顔だ。絶望に顔を歪ませながら、アレクサンド子爵は虚ろに自身の館の方を見る。そこからは無数の煙が上がっていた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
一手三滅。 お見事。 そうか中世なら証拠は残しようがない。 しかも犯人は第三者。 なるほどね。 織田信長が浮かんだよ。
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