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第29話 勝敗の行方

 それから二週間後。マチュー侯爵は公爵領都にあるラウールの屋敷に向かった。ミレーヌからポーカーゲームの招待を受けたためだ。

 ラウールの屋敷は、貴族たちが非公式に集う、いわゆる「闇の社交場」として知られており、堅苦しい儀礼や過剰な護衛は避けるのが貴族としてのマナー。屋敷自体も、大通りから外れた人通りの少ない場所に位置していた。彼は、少数のお付きを屋敷の前で待機させ、一人、館に入ろうとする。すると、玄関の扉が下僕たちにより開かれ、中にはプラチナブロンドの髪を持つ少女が立っていた。


「ようこそ、伯父上。お待ちしておりました」

「わざわざ、出迎えとは、驚いたよ」


 二人は、階段を上がり、一室に入る。屋敷の外見とは一変した豪華な内装の室内には、テーブルがあった。既にカード一組とミレーヌが事前に用意した金貨が山積みされていた。

 二人は、予め示し合わせたように席に座った。一礼したディーラーが、二人にカードを配る。そのカードを待つ間、室内には、静かで研ぎ澄まされた緊張感が漂った。


◇◆◇◆


「ツーペアです」


 ミレーヌが静かに手札を開く。しかし、マチュー侯爵は涼しい顔で自身のカードを示した。


「ほう、私はストレートだ」


 ミレーヌが賭けた金貨は、マチュー侯爵によって優雅に引き寄せられる。その様子を見ながら、ミレーヌは問いかけた。


「なぜ、伯父上のような方が、あのような二人とつるむのですか?」

「そうだね。勝てると踏んだからかな。別に負けても私は損害を被らない」

「それだけですか?」


 マチュー侯爵はフフフと喉を鳴らして笑った。その精悍な顔つきは、彼の知性と狡猾さを際立たせる。ディーラーがカードを配る。


「そう、面白そうだったからだよ。君が、今回の件どうやって対応するのか見たかったからだ」

「……」

「君は、妹夫婦が死んだ後、公爵家の実務を一手に担っている。その年若さで。そして、普通ならば、私たちが干渉したら、怯えるはずなのに、おくびも出さず堂々としていた。それを見て確信したよ。私のゲームの相手に相応しいとね」


 カードを見た侯爵は三枚捨て、ミレーヌは四枚捨てる。代わりの札がディーラーから配られた。


「ありがとうございます。それで私はどのように対応するとお考えですか?」

「さすがにそこまでは分からないさ。だが、私のほうが有利だとは思わないかい?」

「はい、伯父上は、私よりも有利です」

「では、要求を素直に飲むのかい?」

「それは、まだお答えできません」

「ふむ。ところで、君は、運命をどう考える?」


 マチュー侯爵の唐突な問いに、ミレーヌは少しの迷いもなく答えた。


「運命ですか? そんなものはありません」

「どうしてだね?」

「運命という言葉は、自身の力不足を嘆くときに使うだけの単語です」


 ミレーヌのカードがゆっくりと開かれる。ハートとダイヤの九のワンペア。彼女の鋭利な頭脳と反比例するかのような淡泊な手札だった。


「ほう、面白い解釈だな。私は、運命は必然だと考えている。自身に降りかかる吉凶禍福は避けられないが、ある程度は予想できる。その予想ができない者は敗者となるだけだ」


 マチュー侯爵のカードが開かれる。十のスリーカード。未だにミレーヌは侯爵に勝てない。


「私はそうは思いません」

「君とはもう少し分かり合えると思ったのだけどな。これ以上ゲームを続けても君の損失は膨らむばかり。私の可愛い姪をいじめるつもりはないから、最後の勝負としようか。次のゲームで私が負けたら君への要求は取り下げる。ただし勝ったら、回答猶予を短縮させてもらう。そうだな、来週改めて伺おう」

「勝者への賭けの報酬が不釣り合いではありませんか?」

「だから面白いんだよ」

「わかりました」


 最後のゲーム。手札の交換が終わり、二人の手札を公開すれば勝敗の行方が判明する。


 ミレーヌの手札を開く。ハートとダイヤのクイーンのワンペアだった。


 そして、マチュー侯爵の手札は、黒いスートのエースと八のペア。


 マチュー侯爵の勝利だ。ミレーヌは、彼の手札を見た瞬間、思わずアイスブルーの瞳を見開いた。そして暫し、カードを見つめたあと、マチュー侯爵に唐突に告げた。


「それは、デッドマンズ・ハンドですわ」

「なんだそれは? 初めて聞くが」

「失礼、この世界には存在しない言葉でしたわ。そう、不吉な勝ち方です。伯父上、来週お会いできることを楽しみにしています」


◆◆◆◆


 マチュー侯爵は屋敷を出て、馬車へと向かった。乗り込む手前で、彼はふと立ち止まる。


(あの小娘、「この世界に存在しない言葉」と言ったな。どういうことだ……)


 マチュー侯爵が物思いにふけた、その時だった。外がにわかに騒がしくなる。「何事だ」とマチュー侯爵が声を上げる。状況確認のため、護衛の騎士二人がそちらへ向かった。

 その瞬間、屋敷の物陰から一人の男が無言で走り込んできた。マチュー侯爵は目を見開く。その男の顔は、どこかで見たことがあるような気がした。男は懐から短剣を取り出す。


(ああ、あの時の……)


 そう思った瞬間、男は、正確にマチュー侯爵の胸を短剣で刺した。侯爵の口から血がしたたり落ちる。それを見た男は、短剣を回転させ、深く抉る。マチュー侯爵は力を失い、崩れ落ちた。

 慌てて駆け付けた騎士が短剣を持った男を切りつける。マチュー侯爵は、薄れる意識の中で、その男の名前を思い出す。

 そう、ラッセル・ドゥスト。彼は、元ドゥスト子爵の養子であり、失踪したメイド長の息子。そして、マチュー侯爵とのカードゲームで大負けし、多額の借財を背負い、ドゥスト子爵家を破産させた男だった。

 倒れたマチュー侯爵の瞳は虚ろに地面を見つめ、静かに光を失っていった。


 ※デッドマンズ・ハンド(死人の手札) ポーカーの手札で、エースのツーペアとエイトのツーペアのこと。この手札を持っていた有名なガンマンが背後から後頭部を撃たれて死亡したという逸話があり、極めて不吉な手とされる。

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― 新着の感想 ―
予想外だった。 早い仕込み。このこの時点で勝負をかけていたのか。 ギャンブル勝負だと思っていたがまさかの。
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