第26話 葬儀
ホマンに新たな指示を出してから三週間が経った。明後日は、公爵家前当主ロドルフ・グラッセとその妻、アリアンヌの葬儀が執り行われる。
ミレーヌは葬儀の会場となる公爵家の大広間に足を運んだ。慌ただしく行き交う使用人たち、指示を出すレベッカ、そして部下たちを手伝うパトリスの姿を見やり、ミレーヌは小さく溜め息をついた。
「パトリス、手伝いはいいから、こちらへ来て」
ミレーヌの声に、パトリスは「あ、はい、ミレーヌ様」と慌てて駆け寄る。
「出席者の最終リストを見せてちょうだい」
「あ、それはですね、後でお持ちします」
「今持っていないの?」
「えっと、汚いものしかなくて……」
「それでいいわ。見せて」
パトリスは恐縮しながら、葬儀会場の椅子に無造作に置かれていた最終リストを手に取り、ミレーヌに差し出した。そこには、国王の代理としてマルセル筆頭書記官、国内最大貴族のティボー公爵、そして王太子エドワードの婚約者セリアの実家であるギュータン侯爵家など、錚々たる顔ぶれが並ぶ。ミレーヌの親族や、公爵領内に封土を持つ貴族たちの名も連なっていた。
「それで、当日はどうなっているの?」
「は、はい。それはですね」
パトリスが説明する。葬儀自体は約一時間。その後、喪主であるミレーヌが一人ひとりと挨拶を交わす。これには、三時間ほどかかる見込みだ。参列者は別室で歓談し、その後は自由解散となる。ただし、マルセル筆頭書記官とティボー公爵とは、葬儀前に十分程度の会談が設けられているという。
「ふう、結構大変ね。まあ、こういう形式は、必要だから仕方ないわ」
「はい、心中お察しいたします」
「それで、パトリス。あなたは家令なのだから、手伝う必要はないわ。レベッカのように指示を出しなさい。分かった?」
「はい! 承知いたしました」
パトリスは恐縮し、深々と頭を下げた。
◆◇◆◇
その翌々日、公爵夫妻の葬儀当日を迎える。カッツー王国において二番目の封土を持つ公爵家前当主夫妻の葬儀とあって、国内から四百名以上の参列者が集った。広間は黒い服を纏った貴族たちで埋め尽くされ、重厚な空気に包まれる。
的確に差配する筆頭書記官のレベッカ。新家令のパトリスも、部下たちの狼狽をなだめながら、落ち着いた指示を飛ばす。
事前にマルセル筆頭書記官とティボー公爵との社交辞令的な面談を済ませたミレーヌは、喪主として葬儀に参列した。その傍らには、参列者の多さに困惑し、銀髪を揺らしながら不安そうな顔で立つ弟のシリルがいた。ミレーヌは彼の震える手をそっと握りしめる。冷たい掌が、シリルの不安を僅かに和らげたように見えた。
葬儀の最中、ミレーヌの顔には深い悲しみが刻まれ、瞳は潤んでいた。白いハンカチでそっと目元を押さえる様は、誰が見ても両親を失った悲劇の令嬢そのものだった。しかし、その瞳の奥には悲しみの色は微塵もなく、無機質な静けさだけが宿っていた。
葬儀が終わり、ミレーヌはシリルを伴い、参列者の退室時に挨拶を始めた。一人ひとりに対し、完璧な返答を短時間でこなしていく。長時間にわたる流れるような所作と淀みない言葉遣いは、誰が見ても非の打ち所がない喪主の姿であった。
参列者の列が半分ほどになった頃、ミレーヌの前に、ところどころ白髪の混じった初老の貴族が現れた。その横には少し睨むような目をした壮年の貴族もいる。
「おお、ミレーヌ。久しぶりだな」
「アレクサンド大伯父上、ご息災でなによりです。ルドヴィック叔父上もご無沙汰しております」
アレクサンドはペタン子爵家当主であり、ロドルフ前公爵の伯父にあたる。ミレーヌは王太子の婚約者だった当時、彼に二度ほど会ったことがあった。もちろん、婚約破棄の場にも彼は参加していた。
「それでな、ルドヴィックと一緒に相談したいことがあるんだ。来月くらいはどうかな?」
アレクサンドの甥であるルドヴィックは、ロドルフ前公爵の弟であり、ミレーヌの叔父にあたる。ヴァレリー男爵家の当主であるが、公爵家の元当主の弟が男爵家しか興せなかったという事実が、彼の能力を暗に示している。
「はい、詳しい日時は後で調整いたしましょう」
相変わらずミレーヌを睨むルドウィック男爵を促したアレクサンド子爵は、そのまま退室していった。皺の目立つ顔に薄い笑みを浮かべながら。ミレーヌは、その笑みに僅かな違和感を覚えたものの、今は目の前の参列者を捌くことが先決だった。
(この古狸、猛犬を連れて、私に面会を求めてくるということは、何か企んでいるのでしょうね。まあ、受けて立ってあげるわ)
ミレーヌの瞳の奥で、冷たい光が静かに揺らめいた。
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