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第23話 初めての友人

 二日後、ミレーヌは執務机に広げられた公爵領の地図を睨んでいる。地図には街道や街、関所、村、さらに集落そして、それらを繋ぐ街道が精緻に描かれていた。彼女は、人の流れを読み解くかのように、真剣な眼差しを送りながら思考の奥で佇んでいた。

 すると、執務室の扉がノックされ、ジャックとリナが入室した。ジャックは背筋を伸ばし、その顔には忠実な家臣としての緊張が浮かぶ。対照的に、元義賊のリナは気だるげな足取りでミレーヌの前に立つと、つまらなさそうに腕を組み、琥珀色の瞳でミレーヌを見つめた。


「二人を呼んだのは、ほかでもないわ。まずリナには、徴税官の身辺を隈なく調べて、不正の有無を調査してくれない?」

「役人って昔から悪い事ばかりしてるよね。それで何人くらいいるのかい?」

「四十人よ」

「そんなの簡単さ」

「ミレーヌ様、やはり、こやつに、このような口の利き方をお許しなる必要はないかと」


 苦汁を飲んだかのような表情をしたジャックが溜まらず口を挟む。


「構わないわ、ジャック。リナとは、そういう約束だから」

「そうよ、アタシとミレーヌは友達。と・も・だ・ちなの? お前さんみたいな窮屈な部下と一緒にすんなよ」


 ミレーヌの脳裏に、一ヵ月前の出来事が鮮明に蘇る。あの時、私は彼女の命を救った。そして、彼女は私の駒になった。いや駒ではない。彼女には、単なる駒とは異なる、不思議な感情を抱いている。


◇◆◇◆


一ヵ月前。

 ミレーヌはジャックを伴い、公爵領の地下牢へ向かった。湿気とカビの匂いが混じり合った薄暗い通路を進むと、鉄格子の向こうに一人の女がいた。それが、リナ・オハナ。半年前に捕縛され、世間を騒がせた伝説の盗賊だ。

 人を一人も殺さず、金持ちから金や財宝だけを手際よく盗み出すその手口は、ある種の美しさすら伴うと評された。捕らえられた彼女が女性だったことに、世間は驚きの声を上げた。

 最初レベッカが説得したが全く聞く耳を持たなかったため、ミレーヌはこうして、リナの目の前に立つ。リナは牢の奥で、無表情に座り込んでいた。ミレーヌが鉄格子越しに声をかけると、琥珀色の瞳がじっとミレーヌを捉える。警戒と、わずかな好奇心。


貴女(あなた)の腕前は聞いているわ。無駄に命を奪わず、確実に獲物を手に入れる。その手腕は、私のためにこそ使うべきだと思ったの」


 ミレーヌの言葉に、リナはふっと鼻で笑った。


「ふん。アタシを家来にでもするつもりかい? 盗賊が、貴族の犬になんてまっぴらごめんだね」


 ミレーヌは、鉄格子の向こうで嘲笑うリナの瞳の奥に、深く澱んだ孤独と、誰にも理解されない憤りを見た。この世界で、自らの信念を貫けば、常に異端として扱われる。ミレーヌ自身もまた、前世でそれを痛感してきた。


貴女(あなた)を家来にする気はないわ。ただ、私の指示に従い、公爵領のために働くことを求める。その代わり、貴女(あなた)の命は保証する。そして、私が貴女(あなた)を必要とする限り、貴女(あなた)には自由を与える」


 ミレーヌは一呼吸置き、言葉を紡ぐ。


「そして、なにより、この腐りきった貴族が横行する世界を壊したいと思ってるでしょ? どうかしら?」


「……ふ、面白いね。ただし、条件を追加」


 リナの琥珀色の瞳が、ミレーヌの顔を真正面から捉えた。その視線は、一切の忖度を含まない。


「アンタ、友達いないだろ?」  


 『アンタ、友達いないだろ?』その言葉は、ミレーヌの心の奥深くに沈んでいた澱を揺り動かした。


「アタシって、妙に感がいいんだよ。この前はしくじって捕まったけど、ほぼ当たるんだ。まあ、それはさておき、アンタの指示通り動いて、世界を壊したあと、アンタどうするつもりかい? アンタが望むような世界に変えても、アンタ、ダチもいない世界で、一人ぼっちでどうやって生きるのさ」


 その言葉を投げつけられた公爵令嬢のアイスブルーの瞳が見開いた。


(世界を壊し、作り替えたあと、私はどうするつもりなのか……)


「まあ、アンタの言う事は興味ある。それに、前々から、アンタみたいな年下のダチがほしかったんだ。だから友達になってやるよ」


(閉ざした私の心に土足で立ち入ったと思ったら、まったく理解できないことを言い出してる。この娘、いったいなんなの?)


「そして、アタシは、アンタとはタメグチで話してもいいってことで。嫌いなんだよ敬語とかがね。あと、友達だから、アンタのことが嫌になったらいつでもさっさとバイバイする。これでどうだい? 指示は嫌だけど、友達のお願いならいくらでも聞いてやるよ」


(確かに、私、幅下香織は友達がいない。いや、友達というものを知らなかった。中学時代、唯一の友人だと思っていた彼女は、いじめられる私を見ぬふりをした。そして、私は二度と友達など作らないと決めた。そんな私に、「友達になりたい」と告げる者が、今目の前にいる。あまりにも唐突だし、にわかに信じがたいけど……。でも、この娘は、私にはないなにか不思議なものを持っている。その彼女が、純粋に私を友達としたいと言っている……)


深い沈黙のあと、ミレーヌはリナに告げた。


「……わかったわ。あなたとは友達ね。リナ」

「よろしくな、ミレーヌ」


◇◆◇◆


 ミレーヌの言葉に従わざるを得ないジャックだが、そのあとのリナの追い打ちがどうも気に入らない。それを見たミレーヌは、ジャックに言う。


「ジャック、リナは確かに友達だけど、彼女を甘やかす必要はないわ。仕事だから手加減は無用で。貴方(あなた)がちゃんと手綱を引いてね」

「おい、ひどいじゃないか?」

「リナ、私はあなたの命を助けた恩人でしょ?」

「まあ、たしかにそうだけどな」

「ということで、ジャック、リナから集めた情報を元に不正を行っている徴税官を一斉摘発しなさい」

「かしこまりました」


 ジャックの淀みない返答に、ミレーヌは軽く頷く。

 リナは、ミレーヌの言葉に薄く笑うと、自信満々に胸を張った。


「へっ、アタシにまかせときな! どんな隠し事だって見つけてやるさ」

「頼むわ、リナ。もともとこの広大な領地の徴税官が四十人なんて信じられないくらい少ないの。公爵領には五十万人もいるのよ。たぶん仕事もおざなりなっているでしょうし、収賄も常習化してるでしょうね。埃だらけだから、あなたにとってはつまらない仕事かもしれないけど」

「牢屋で半年生活してたから、肩慣らしにはちょうどいいさ」


 笑いながら、退室していくリナを呆れた顔をしてみたのち、一礼して退室するジャック。

 ミレーヌは静かに頷くと、再び執務机の地図に目を落とした。腐敗した徴税システムを正すことは、公爵領の財政を健全化し、彼女が目指す富国強兵への重要な礎となる。その道のりが平坦ではないことは、承知のうえだが、ミレーヌの目には一切迷いが無かった。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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義賊が親友とはなかなか楽しいじゃないか!
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