第16話 早朝の領都
公爵夫妻が死去した翌日の朝、訃報は未だ発せられておらず、領都内はいつもの朝を迎える。
騎士団本部では、騎士団本部では、ミレーヌが十時頃に訪問し、『公爵家を巡る不穏な情勢への対応について協議する』という通達が前日に届いていた。そのため、騎士団の全幹部が早朝から招集された。彼らは、ミレーヌの訪問を前に、その対応について話し合うべく席に着いたばかりだった。
騎士団長室の扉が、外から静かに開かれる。集まった幹部たちの視線が一斉にそちらへ向かう中、ジャックがその場に現れた。彼の背後には、強面の配下十数名が控えている。
ジャックはマティスの元に近づき、一切の迷いなく告げる。
「マティス騎士団長。公金横領および物資不正取引の罪で拘束する」
マティスは椅子から跳ね上がるように立ち上がった。その顔は驚愕と怒りで紅潮し、机を強く叩きつける。
「貴様、何を戯言を抜かす! ジャック、正気か!」
ジャックは表情一つ変えず、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、音もなく机の上に置く。令状の硬質な紙の擦れる音が、静寂に響いた。
マティスは震える手で令状を掴んだ。その一言一句をつぶさに追ううちに、彼の顔からみるみる血の気が失せていく。
「な、なにを証拠にこのような愚行を……」
彼の声は震え、途切れ途切れになる。ジャックの視線は冷たく、一切の容赦がない。
「弁明は、ミレーヌ様の前で行うべきでしょう」
「ミ、ミレーヌだと、お、お前……公爵様が回復した暁にどうなるか……」
マティスの言葉に、ジャックは初めて感情の欠片を滲ませたかのように、僅かに口角を上げる。だが、それは嘲りの笑みだった。
「公爵様と奥方は、昨日ご逝去されました」
「ば、馬鹿な……」
「いえ、追って訃報が領内を駆け巡るでしょう」
その事実を聞いた瞬間、マティスの瞳から生気が失われた。彼は支えをなくしたかのようにガクリと肩を落とす。その体から、抵抗の意思が完全に消え去った。
ジャックはそれを見て、無言で部下たちに顎で指示を出す。強面の騎士たちが数人、即座にマティスの両脇を固め、その腕を容赦なく掴んだ。彼らはマティスの呻き声など気にせず、冷酷なまでに動きを封じる。
このあと、騎士団の幹部たちは、事前に調べ上げた詳細な罪状を元に、次々とジャックに拘束されていく。彼らは激しく抵抗し、怒鳴り散らしたが、ジャックの配下たちは一切の私情を挟まず、機械のように淡々と任務を遂行する。騎士団本部に、怒号と鉄の擦れる音が響き渡り、やがてそれは、重々しい沈黙へと変わった。
幹部たちが、捕縛され、収監されていく様を冷徹な目で見送りながら、ジャックは滞りなく任務を完了したことに安堵の息を吐いた。そして、失敗を許さないであろう冷酷な主の謀を改めて畏怖する。
「指示通りやったが、こうも上手くいくとは……」
こうしてミレーヌは、公爵夫妻の訃報を公表する前に、騎士団の掌握を完了したのだった。
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