第13話 陰謀の幕開け
翌々日の午後、公爵家のきらびやかな馬車が領都の商店街を進んだ。ミレーヌは、いつものように冷静な面持ちで車窓を眺める。向かいにはレベッカが控えていた。護衛にはジャックを先頭に数名の騎士が随行する。公爵令嬢の外出にしては少なすぎる護衛だが、それは目立たぬようにする彼女の思惑の現れだった。
ラウールは、馬車が到着する前から自身の店先に立っていた。ミレーヌが優雅に挨拶すると、彼は深々と頭を下げ、すぐに先導して店内へ招き入れる。レベッカとジャックのみ続き、残りの騎士たちは馬車近くで待機する。店の奥にある応接室へ通されると、ミレーヌは座るなり、室内の調度品を一通り見渡した。
「まあまあってところかしら」
ミレーヌの呟きに、ラウールは慌てて恐縮した。
「むさくるしいところにお越しいただき恐縮でございます」
「仕方ないわ。私の屋敷で私たち四人が会うのは不自然でしょう? あの夫婦に告げ口する者がいるはずだもの」
ミレーヌの口から出た「あの夫婦」という言葉に、彼女の背後に控えていたレベッカとジャックが微かに反応した。二人は、姿勢を崩さず、その場に直立不動で立っている。
「そうね。ラウールをちゃんと紹介しておかないと。レベッカは知っていると思うけれど、彼は商人のラウール。貴方たちの新しい仲間よ」
ミレーヌがゆっくりと振り返り、ラウールを紹介する。
「ラウールは、今後、情報と経済を司る重要な役割を担うことになる。今後、互いに協力しなさい。足を引っ張ることは絶対に許しません」
「かしこまりました」
三人は示し合わせるでもなく、同じ言葉を紡いだ。まるで、彼女の絶対的な支配欲に怯えるかのように、彼らの声には微かな緊張が走る。
「皆に伝えることがあるわ」
ミレーヌの声が低く響く。
「まず、あの夫婦を殺します」
応接室の空気が一瞬で張り詰めた。沈黙が、重く部屋を満たす。
「その算段として、まず、レベッカ。家令、メイド長といった使用人の動向をさぐりなさい。些細な弱み、過去の不正、人間関係の軋轢、そして秘密の金銭の流れまで、全て洗い出すのよ」
「すでに調べておりますので、取りまとめたうえで明日にでも報告できるかと」
間髪入れずに答えるレベッカに、ミレーヌは満足そうな笑みをこぼす。
「そう、さすがね。楽しみにしてるわ。そして、ジャック」
「は!」
「騎士団の幹部の内部調査をして、公金横領や備品の横流しなど不正行為の有無を調べなさい。噂でも構わないわ」
「かしこまりました」
「あと、罪人で使えそうなものを探してちょうだい」
「罪人ですか? 基準はどのようにいたしましょうか?」
「冤罪で投獄されている者も多いはずよ。武芸だけではなく一芸に秀でて居れば構いません。罪の多寡は問わないので、貴方の判断にまかせるわ」
「承知しました」
「最後に、ラウール。信頼できる女性を二人ほど紹介してくれないかしら? 平民でもかまわないわ。レベッカの下につけるわ」
ラウールが口を開こうとした瞬間、レベッカが割って入った。
「よろしいでしょうか? それでしたら一人、当家に候補がいます」
「誰なの?」
「リサといいまして、先代に仕えたメイドの娘で二年前から当家で働いています。実直で手堅い者ですが、母が病気で、毎月薬代がかなりかかり、困窮している様子です。薬代を定期的に渡せば裏切ることはないでしょう」
「わかったわ。屋敷に帰ったら私の部屋に来るように伝えておきなさい」
「かしこまりました」
「ラウール、紹介は変わらずにお願いするわ。あと、公爵家の備品や軍事物資が市中に横流しされていないか調べて。どのくらいかかりそう?」
「一週間ほどお時間を頂戴したいのですが、よろしいでしょうか?」
「かまわないわ。言わずもがなですが、皆、徹底的に調べなさい。そして、どんな些細な情報でも私に報告するのよ」
三人の部下たちが一斉に頭を下げる。
ミレーヌは、ただ一人、ゆっくりと口角を吊り上げ、満足げな笑みを浮かべた。彼女の瞳の奥には、新たな世界を掌中に収めることへの揺るぎない確信が宿っている。静かに、しかし確実に、歯車は回り始めた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
今後の励みになりますので、もしよろしければブックマークしていただけると幸いです。