第11話 誓約書
ラウールとミレーヌの邂逅後、三ヶ月間。二人は定期的な会談を続けていた。公爵家の応接室は、彼らにとって密やかな情報交換の場となる。ラウールの情報網は広く、領地内の平民たちの不満から、王都や有力貴族たちの動向まで、その報告は常に詳細かつ正確だった。ミレーヌは、その膨大な情報を淀みなく吸収し、自らの覇道の設計図へと冷徹に組み込んでいった。
ラウールは、情報提供を重ねるうちに、ミレーヌの真の野望が、単なる公爵家内部の改革に留まらないことを強く感じ取っていた。彼女が目指すのは、この腐敗した国の根本的な変革であり、そのためには既存の秩序を破壊することも辞さないだろうと、恐ろしい予感を抱いていた。そして、ミレーヌに賭けることこそ、自身の能力と商才を最大限に活かせると考えるようになっていた。
いつものように報告を終えたラウールは、敢えて本題へと切り込んだ。
「それにしても、ミレーヌ様の瞳は美しい」
「なんですの? 唐突に。私にお世辞を言っても喜ばないことぐらい分かっているでしょう?」
「お世辞ではございません。そして、その奥に何かを潜ませておられる。私は、ミレーヌ様をお助けをしたいのです。情報だけでなく、資金が必要であれば用立てします。むろん借財という形になりますが。人脈が必要ならば、探してまいりましょう。いかがでしょうか?」
「どうして私にそこまで肩入れするのかしら?」
「ですから、その瞳ですよ。野心があふれ出でおられます。今までお話させていただいて思ったのですが、ミレーヌ様はこの国をひっくり返すことをお考えだと推察しましたがいかがでしょうか?」
ラウールの言葉に、ミレーヌは一瞬、冷徹な視線を向けた。
「何のことからしら?」
それは単なる警戒心からではなかった。彼女は、この商人が自身の器と野望のスケールを本当に理解しているのかを試していたのだ。もし彼の理解が浅く、単なる表面的な利益しか見ていない無能であれば、利用価値はないと判断するつもりだった。
しかし、ラウールは怯まず、ミレーヌの言葉の裏に隠された意図を鋭く察した。彼の独特の感が、今こそ真実を口にしろと告げていた。ただし、これは賭けだ。もし国に対して反意ありと言われたら即座に処刑される。
「ミレーヌ様は、この国を根底から崩したうえで、その頂点に君臨するつもりと見受けました。間違っていましたら、この首、即座に差し上げます。いかがでしょうか?」
数秒の沈黙が応接室を支配する。ミレーヌは微かに口角を上げた。
「それで?」
賭けに勝った。ラウールは確信し、言葉を紡ぐ。
「ミレーヌ様の覇道を成し遂げるために、私の才及び財を全て捧げます。むろん、成就の暁には、それ以上の報酬を請求させていただきます」
ラウールの言葉に、彼の財産や人生全てを自分に賭けたことを正確に理解し、ミレーヌは満足げに頷いた。
「良いでしょう、ラウール」
そして、ミレーヌは、公爵家掌握後のラウールの「独占的な交易権」や「新たな事業の優先権」といった、具体的な利益を提示した。彼女の約束は明確で、一切の甘言はなかった。その冷徹な眼差しは、彼が単なる感情的な盟友ではなく、あくまで自らの覇道における「最も有能な駒」であると告げていた。
ラウールは、その場で忠誠と奉仕を誓う書状をミレーヌに差し出した。その書状を一瞥したミレーヌはラウールに具体的な最初の任務を与えた。
「ラウール、まずお願いがあるの。いいかしら?」
「はい、なんなりとお申し付けください」
「毒が欲しいの。それも取り続けると数ヶ月後に確実に死ぬ毒を」
「つまり遅効性の毒ということですね。なぜそのようなものを?」
ラウールは、その具体的な依頼内容に驚き、疑問を呈する。ミレーヌは彼に冷たい視線を向け、感情を一切見せずに言い放った。
「今は知る必要はないわ」
ラウールはミレーヌの冷酷さと、彼女の抱える計画の深淵を改めて実感した。彼は毒の入手を請け負い、ミレーヌは、この世界を壊すための新たな「駒」がどれほどの働きを見せるか、その試練の行方を冷静に見つめるのだった。
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