96 許されるとでも思ったか。
「え?」
リンがきょとんと首を傾げ、グリンデルとヴァルトがギクリと肩を揺らす。
その時点でもう罪を認めたようなものだが、アルビレオは肩を竦めて続けた。
「いやなに、実は、この春にエーギル支部からユグドラ支部に移籍して来た複数の冒険者から訴えがあってな。『エーギル支部所属の冒険者2人が、他の冒険者の実績を自分たちのものとして報告している』『素材も奪われて、まともな冒険者活動ができない』とな」
ハンスが故郷に帰って来た頃には、エーギル支部に常駐する冒険者は5人居た。その後リンが移籍してきたので、昨秋の時点ではハンスを含めて7人。
それが、一冬越したら3人が移籍して、残ったのはグリンデルとヴァルト、ハンスとリンの4人になった。
表向きの移籍理由は、上エーギル村の冬に耐えられなかったから、という話だったが──
(…自分の実績が他人に強奪されてたら、そりゃあ逃げ出したくもなるか)
他人の実績を自分たちのものとして報告している冒険者2人が『誰』なのかは自明の理。ハンスもリンも、そんな馬鹿げたことはしない。
周囲の視線がグリンデルとヴァルトに集中し、2人はあからさまに狼狽えた。
「なっ…何言ってやがる。そいつらが嘘ついてんだろ!」
「大体、俺らの名前は出てねぇじゃねぇか! 言い掛かりだ!」
「──本当にそう思うか?」
アルビレオは口の端を上げ、静かに目を細めた。
「ならば、今のこの状況はどう説明するつもりだ? お前たち2人に、ワイルドベアをほぼ無傷で討伐できるだけの実力があるとは思えんが」
グリンデルが背負う巨大な黒い毛皮は、見るからに状態が良い上物だった。
通常、冒険者がワイルドベアと戦う時は複数のパーティが合同でことに当たるため乱戦状態になり、ここまで状態の良い毛皮が回収できることは極めて稀だ。
しかし、この毛皮には裂けや破損はおろか焦げ目すらない。魔法も使わず、乱戦にもならずに非常にスマートに討伐されたことを意味している。
「お前たちは魔法剣士だったな。一体どうやって、こんな大物を討伐したのだ?」
アルビレオが淡々と訊くと、2人はぐっと言葉に詰まり──グリンデルがチッと舌打ちした。
「──ああくそ! タイミング悪ぃな!」
モクレンがぴくっとヒゲを震わせて毛皮の上から飛び降りるのと、グリンデルが毛皮を床に叩き付けるのはほぼ同時だった。次いで、ヴァルトも皮袋の中身を床にぶちまける。
乾いた音を立てて、薄紅色の角と白い爪牙が飛び散った。
「そこのオッサンが獲物を放置してんのが悪いんだろうが! わざわざ素材を回収して死体も埋めて来てやったってのに、文句言われる筋合いはねぇんだよ!」
「はあ!?」
それはどうなんだ? とハンスは首を傾げながら呟きかけたが、それより早く、リンが眦を吊り上げて立ち上がった。
「他人が倒した魔物に手を出すこと自体が有り得ないでしょ!? 馬鹿じゃないの!? 冒険者の心得を一から勉強し直しなさいよ、この不良ども!!」
「あんだと!?」
グリンデルとヴァルトの顔に朱が昇った。青筋を立てて詰め寄って来る2人を、リンは真っ向から睨み据える。
体格差の大きい相手、それも複数人を前にして、リンは一歩も退かなかった。
「手前ェ、いつもいつもうるっせぇんだよ…!」
「あら奇遇ね、私も常々そう思ってたわ。いい加減白黒つける?」
「…上等だ…!」
グリンデルが拳を振りかぶり、リンが瞬時に腰を落として身構える。
瞬間──
「そこまでだ、阿呆ども」
椅子を蹴立てて立ち上がったハンスはリンの前に割って入り、グリンデルの手首を掴んでいた。
「な…!?」
目を見開いたグリンデルが、一歩引こうとして──一歩も動けないことに気付き愕然とする。
ハンスの手はグリンデルの手首を万力のように固定し、その場に縫い留めていた。
「…ったく…」
溜息をつく疲労感の濃い態度とは裏腹に、ハンスのこめかみには青筋が浮いている。
「リン、一々相手にするな。労力の無駄だ」
「は、はい…」
背中から滲み出る怒気と呆れの気配に気付いたのか、リンがシュンと肩を落として頷いた。
片方が大人しくなったのを確認して、ハンスは正面に向き直り──
──バシィッ!
斜め前から斬り掛かって来たヴァルトのナイフを素手で叩き落す。
「でっ!?」
短い悲鳴が上がり、飛んだナイフが床に突き立った。ハンスはグリンデルの手首を固定したまま半歩踏み出し、態勢を崩すヴァルトの鳩尾目掛けてもう片方の拳を叩き込む。
「──ふん!」
「っ!?」
何かの冗談のように、ヴァルトが宙を舞った。ドアのすぐ横の壁に背中から叩き付けられ、べしゃっと床に崩れ落ちる。
グリンデルが真っ青になった。
「な…なななな、なんで、そんなっ…前はそんな腕力じゃなかったはずだろ!?」
「あ?」
ハンスは半眼で応じた。
「こちとら年中無休の兼業農家なんだよ。お前らよりよっぽど重労働なんだっつの」
実際ハンスは、ここ数ヶ月の下エーギル村での暮らしで明らかに筋力が上がっていた。
見た目にはそれほど変化はないが、今では一日中農作業に従事しても、翌日まで疲れを持ち越さないくらい体力がついている。
「仕事を選り好みして都合が悪くなったら逃げ出して他人の成果をかすめ取る不良冒険者と一緒にすんじゃねぇ」
ハンスはきっぱりと吐き捨てて、グリンデルの腕を本来曲がらない方向に思い切りひねる。
間抜けな悲鳴を上げて、グリンデルが床に転がった。脱臼しないためには転がるしかないのだ。
「おお」
フンと鼻を鳴らして腕組みするハンスに、アルビレオがぱちぱちと拍手を贈る。
「相変わらず鮮やかな手際だな」
「流石ハンスさんです」
「ん。すごい」
「はいはい、ありがとよ」
目を輝かせるリンに、本気なんだか寝言なんだか分からない眠たげな顔のゲルダ。それぞれの称賛を軽く受け流し、ハンスはエセルバートに向き直った。
「…で、この不良ども、どうするエセじい」
「そうじゃのう…」
「ちなみにこれがユグドラ支部のギルド長からの書面だ」
細目で床に転がる2人を見遣るエセルバートに、アルビレオが封書を渡す。
すぐにその封を切ったエセルバートは、中の書類を上から下まで確認し──呆れを含んだ顔になった。
「…なんじゃ、証拠も揃っとるのか。ならばわしから言うことは何もない。エリー、こ奴らの除籍手続きを」
「あ、はい」
「なっ…!?」
「除籍!?」
エリーが書類を受け取って立ち上がると、グリンデルとヴァルトが愕然と目を見開いた。
ハンスはエセルバートに負けず劣らず、呆れ返った顔で2人を見遣る。
「そりゃそうだろ。何で許されると思ったんだお前ら」
「…こ、こんなの誰だってやってるだろ!?」
「王都の支部じゃ日常茶飯事で──」
「何?」
「どういうことよ?」
とんでもない問題発言が飛び出した。
ハンスとリンが眉を顰めると、アルビレオがにこやかに人差し指を立てる。
「ああ、それだが。王都の問題児どももついこの間、一掃されてな。今は各支部に飛び火したのを潰して回っている段階だそうだ」
いやあ大変だな! と、それはそれは楽しそうにアルビレオが言い放つ。
「マジかよ…」
ハンスは思わず呻く。
王都の支部でとんでもない状況が常態化していたことも、それに対策がとられていたことも、ハンスは知らなかった。反応を見る限り、リンもそうだ。
僻地に情報が回るのには時間がかかる。その事実を、ハンスは改めて噛み締めた。
その後不良冒険者2人は、速やかにエーギル支部から除籍され──その日のうちに、上エーギル村から逃げるように出て行った。




