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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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94 指摘された矛盾


 鉱山使用料──額面通りに受け取るなら、魔石鉱山は王立研究院または商会のもので、そこで鉱石を採掘する上エーギル村は使用料を払わなければならない、といった理屈だろうか。


 だがよく考えると、それはおかしいのだ。

 具体的には、前提そのものが。


「そもそもここの鉱山は、『誰のもの』なんだい?」

「誰の…?」


 ナターシャの問いに、アーロンは眉根を寄せて呻く。

 煮え切らない反応だが、ナターシャは深呼吸した後、冷静に続ける。


「鉱山ってのは金を生む施設の一つだからね。誰のものなのか明確にしておかなきゃいけないのさ。店とか工房とか、畑とか牧草地とかと一緒でね。…普通は、坑道の入口がある土地の持ち主が鉱山の持ち主ってことになる。所有者が居ない土地に坑道を作った場合は、その鉱脈を発見した者が所有者になるケースもあるが」


 その言葉に、アーロンは(しば)し考え、緩く首を横に振った。


「…それならば、所有者は王立研究院じゃろう。あそこは元々、何もない場所じゃった」

(…そうだったか…?)


 ハンスが内心首を傾げていると、ナターシャがさらに突っ込む。


「鉱山の坑道を掘り始めたのは上エーギル村の住民たちだね?」

「うむ…」

「技術者の支援はあったかい?」

「掘り始めてすぐ、王立研究院の紹介で鉱山開発の専門家が来た。それ以降はその助言に従って坑道を掘っておる」

「その専門家へは、報酬…礼金みたいなものを渡したかい?」

「うむ。当然じゃ」


 アーロンははっきりと頷いた。

 それに頷き返して、ナターシャは少し方向性の違う質問を繰り出した。


「じゃあ逆に、実際に坑道を掘った上エーギル村の住民たちは、何か金銭を貰ったかい?」

「いや…? そもそも、村の将来のために、自主的に掘っておっただけじゃ。誰かに金を貰うのはおかしいじゃろう?」


 すると、ナターシャはスッと目を細めた。


「そいつはおかしな話だね。王立研究院所有の鉱山を、どうして上エーギル村の村人が()()()開発してるんだい?」

「え?」

「あっ…」


 鉱山の所有者が王立研究院なら、上エーギル村の人々が坑道を掘っているところに専門家だけ派遣するのはおかしい。『勝手に採掘するな』と止めるのが普通だ。

 止めない、つまり鉱山開発を上エーギル村の住民に行わせているなら、『鉱山で働く労働者』に対して賃金を払っていない──タダ働きをさせている、という構図になる。


「所有者が上エーギル村なら、村人が自主的に坑道を掘っていてもまあ、納得はできるがね。それだと今度は逆に、毎月王立研究院に支払っている『鉱山使用料』は何なんだって話になる」


 所有者は王立研究院か、上エーギル村か。いずれであっても、現状の契約はおかしい。

 淡々とした指摘に皆が呆然とする中、ハンスは内心唸りながら記憶を探る。


(所有者…あの場所は確か…)


 坑道の入口がある場所は、昔は山の斜面の一部で、強風と寒さに強い松の仲間の低木が地を這うように点々と生え、夏の間は細長い葉の草が生い茂っていた。

 上エーギル村の人々は、そこでヤギや羊──ポールの話を信じるなら、厳密にはハイランドシープなどの家畜を放牧し──


「……あっ!」


「?」

「なんだ急に」


 ハンスは思わず声を上げて立ち上がった。


 リンがきょとんと首を傾げ、アルビレオが胡乱な顔になる。

 それに構わず、ハンスはアーロンに対して身を乗り出した。


「アーロン村長、鉱山は上エーギル村のもののはずだ」

「!?」

「なんじゃと?」

「あそこは昔、上エーギル村共同の牧草地──放牧地だっただろ?」

「…!!」


 ハンスが指摘した瞬間、アーロンが大きく目を見開く。次いでその意味を理解したのはエリーだった。


「…そうよ! だって昔、毎年春にあの場所に牧草の種をまいてたもの。それって、()()()()()()()()()ってことになるわよね?」


 目が輝いている。

 まあ待ちな、と声を上げたのはナターシャだった。


「それが本当なら朗報だ。連中との交渉が圧倒的に有利になる。…が、証拠が必要だね。アーロン村長、村の土地に関する権利書はあるかい?」

「おそらくは…探すのに時間が欲しい」


 言いつつも、アーロンの目はいつになくぎらついていた。

 負けず劣らず目に剣呑な光を宿して、ナターシャが肉食獣のように笑う。


「上等だ。──契約が5年更新なら、今年が更新年だろう? 今までの契約はサインしちまってるから仕方ないが、今年からは権利も利益も取り戻してやろうじゃないか。乗りかかった船だ、私も最後まで力になるよ」

「それはありがたいが…わしらには、その恩義に報いる対価が用意できんぞ」


 アーロンが少し眉を落として呟くと、ナターシャはからりと笑った。


「なーに、全部片付いた後、この村の羊毛をちょいとばかり優先的に取引させてもらえれば十分さ。それにこの件、ユグドラの街の商人組合だって無関係じゃないからね。こう見えて私は、商人組合の幹部なんだよ。手癖の悪い連中の首根っこを押さえるのも、私の仕事さ」


 などと、格好よく決めてはいるが──


 実際のところ、上エーギル村の羊毛は貴族御用達の超高級品であり、その取引は近隣の商会の垂涎(すいぜん)の的。

 従来はほぼ一つの大商会に事実上独占されていたという事実を鑑みれば、ナターシャの要求する対価は、労力とコストを補って余りあるものだった。




 その後アーロンが家族を巻き込み自宅を大捜索した結果、すぐに土地の権利書が見付かった。


 発見のきっかけを作ったのは、魔素中毒から回復したアーロンの息子、ヒースクリフだ。

 子どもの頃、家の本や書類を片っ端から読み漁っていた時期があり、その時に目にした覚えがあったのだという。その話を聞いたハンスがアーロンに伝え、家族が書棚を漁ったところ、小一時間ほどで見付かった。

 見た目は脳筋だというのに本の虫だったという事実に、ハンスは心底驚いたが。


 ともあれアーロンはすぐにその権利書と各種契約書類をギルドに持ち込んでナターシャに見せ、アドバイスを求めた。


 一通り契約書を精査したナターシャが盛大にブチ切れたのは言うまでもない。

 魔石の買取価格はもとより、『採掘時の鉱夫の怪我あるいは病については、王立研究院ならびに商会は一切の責任を負わない』『坑道の維持管理は上エーギル村が責任を持って行うこととする』『魔石の価格は5年間固定とし、契約の更新の都度、適正な価格に変更する』といった、どう見ても相手に都合の良い言葉ばかりが並んでいたのだ。


「なんなんだいこれは!? 明らかに魔素中毒が起こることを見据えた契約じゃないか! 使用料は納めて管理は自分たちでやれ!? 物価変動は考慮外!? 馬鹿にしてるにも程がある!!」

「………すまぬ………」

「あー、どうどうナターシャ。アーロン村長が床に埋まっちまう」


 完全にしょぼくれた顔で背中を丸めるアーロンは、今までの厳格な村長の姿からは程遠い。そのまま床に顔をつけそうだ。


 ハンスが苦笑して声を掛けるとナターシャはハッと我に返り、ゴホンと咳払いした。


「んんっ、すまない。怒ってたのはこの契約書を用意した商人に対してだよ。あんたは……まあ完全に悪くないとは言えないが。こんな不平等な契約、そもそも私だったら絶対に提案しない」


 ナターシャはギラついた目で断言した。

 真っ当な商人からすると、有り得ない内容だったのだ。







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