表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/110

93 鉱山の内情


 鉱脈の調査、掘削、安全な坑道の設計に施工、実際の採掘、そしてそれらに従事する人々の生活を支えるインフラの確保──何もない場所で一から鉱山開発するとなると、莫大な金がかかる。

 何より、人手を確保するのが難しい。

 商人にとっては、成功すれば見返りは大きいが簡単には手を出せない、ハイリスクな案件となる。


 だが、既存の集落の近くなら話は別だ。


「近所に金になるものが埋まっている、なんて話が出たら、まずみんな飛び付くだろう? 放っておいても勝手に掘り始める。後々鉱夫が増えても、集落があれば住まいの確保もそれほど難しくないし、生活基盤だって最初からある」


 自分たちがコストを払うことなく、リスクを取る必要もなく、村人が勝手に鉱山開発をしてくれる。むしろ必要な物資を売りつけて最初から利益が出せる。商人にとっては一石二鳥である。


 その説明に思い当たることがあるのだろう。アーロンの顔色は悪い。

 ナターシャは緩く首を横に振り、さらに続けた。


「…で、本格的に採掘が始まったら、『鉱山を見つけてやったのは自分たちだ』とか何とか主張して魔石を優先的に買い上げる契約を締結する。『生きた』魔石の鉱脈なら魔石は半永久的に採掘できるから、延々と商売できるって寸法さ。村人が魔素の影響で倒れたら、都合のいい人材を適当なところから確保して移住させればいい。地元民はいつ自分の権利を主張し始めるか分からないが、移住者だったら最初から商人に頭が上がらない状態だから、より都合がいいのさ」

「そんな…」


 エリーが呆然と呻く。


「でも、鉱脈があるって教えてくれたのは商人じゃなくて王立研究院の人でしょう? そんな、利益だけ追求するみたいな…」

「──王立研究院にとっても、それだけ旨味があるということだろう。何せ『魔石の』鉱山だからな」


 アルビレオが緩く首を振って溜息をついた。


「王立研究院は様々な研究を行っているが、その分、魔石の消費も激しいはずだ。水の魔石なんぞ、いくらあっても足りないのではないか?」


 水の魔石は、一定の魔力を流すか専用の魔法陣にセットすると清浄な水を放出する。

 世間に普及している給水装置も、その仕組みを利用した魔法道具だ。


 王立研究院でも、魔法道具そのものの研究で使うのは勿論、器具類の洗浄や実験に使用する水の確保、さらには職員たちの飲み水に至るまで、水の魔石を使う場面はいくらでもある──アルビレオの説明に、うむ、とエセルバートが頷いた。


「恐らく、商会と王立研究院は共犯じゃな。王立研究院は、商会にとって都合のいい場所にある魔石鉱脈を探し出す代わり、そこで採れる魔石を商会から安く売ってもらうのじゃろう。連中も予算が潤沢にあるわけではないからの」


 国の機関である以上、王立研究院の予算は限られている。消耗品である魔石を、湯水のように使うことはできない。


 が──もしそれを、安価に、かつ大量に手に入れられるなら?


 そこまで考えて、ハンスはふと思い出した。


 肺水腫で診療所に担ぎ込まれたデニスは、トレドに『最低でも3日は仕事を休め』と言われてひどく動揺していた。デニスだけではなく、居合わせた鉱夫たちも皆。

 無理を押して採掘に戻ろうとする病人に、それを止めない周囲。

 仕事に傾倒していると言うよりは、追い詰められたような悲壮な表情。


 あの時抱いた違和感が、ハンスの中で急速に形を成す。


(まさか…『安い』どころの話じゃない、とか言わないよな?)


 ぞわ、と首筋の毛が逆立つ。

 ハンスは硬い表情でアーロンを見遣った。


「アーロン村長。根本的なことなんだが…ここで採れた水の魔石は、ちゃんと適正価格で買い取ってもらってるんだよな?」


 その場の全員が、ハッと顔色を変える。

 アーロンはやや青い顔で頷いた。


「…そのはずじゃ。取り決めた通りの価格で買い取られておる」

「その取り決めってのは、いつの話だい?」


 すかさずナターシャが突っ込んだ。


「契約は5年更新じゃから、今の価格が決まったのは5年前じゃ」

「………なるほど」


 ナターシャが頭痛をこらえる表情で呻いた。


「…もしよければ、その契約書、見せてもらえないかい?」

「それは…」

「アーロン村長、オレからも頼む」


 村と取引先との契約書だ。無関係の商会の関係者に見せるのは躊躇(ためら)われるだろう。それを承知で、ハンスは頭を下げた。


「これは勘だが、多分、その契約にはおかしなところがあるはずだ。…今後、取引先の商会や王立研究院と対等に渡り合うためには、今までの状況が『どう』おかしかったのかを把握しなきゃならない」


 このタイミングでナターシャが同席しているのは僥倖(ぎょうこう)と言えた。

 ナターシャ率いるラキス商会は商材として魔石を扱っており、商取引にも詳しい。

 何よりナターシャは、ハンスの知る中で最も『真っ当な』商人だ。


 頭を下げるハンスを、アーロンは暫し真剣な表情で見詰め──やがて小さく頷いた。


「…分かった。書類を持って来よう」





 アーロンが持って来た契約書は、上質な白い紙に青み掛かったインクで綴られていた。

 テーブルに置かれたそれを、全員で覗き込む。真っ先に安堵の声を漏らしたのはエリーだった。


「ギルドでの買取価格とそれほど変わらないのね」


 冒険者ギルドでも、魔石は取引対象になっている。魔物の体内からまれに採れるほか、未踏破地域の調査などで偶然鉱脈が発見されるケースもあるからだ。

 魔石の価格は属性の混ざり具合や内包する魔力の量でかなり変動するが、ハンスが見た限り、確かに金額自体は妥当な線と言えた。


 が。


「……」

「…………」


 黙ったままちらりと見遣ると、ナターシャは眉間に深いしわを寄せ、書面を睨み付けていた。

 目の奥に、ドラゴンも裸足で逃げ出しそうな怒気を孕んでいる。


 背中を冷たいものが滑り落ちるが、ハンス自身、この内容には盛大に突っ込みを入れたいところだった。


「……なあ、アーロン村長」


 こういう時は早めに事実確認をするに限る。ハンスはなるべく冷静な声でアーロンに声を掛けた。


「この…『月の総採掘量のうち、一定量は鉱山使用料と相殺とし、()()()()()買い取り対象とする』っつー、阿呆みたいに細かい字で書いてある注釈はなんだ?」

「む?」

「毎月結構な量の魔石を、タダで商人に引き渡してる、ってことか?」

「えっ」

「なに?」

「…へっ?」


 ナターシャは、相変わらず無言。

 ぽかんと口を開ける面々の前で、アーロンはどことなく肩身の狭そうな顔で頷いた。


「…その通りだ。毎月、借り受けている圧縮バッグ一杯分の魔石を、鉱山使用料として納めている」

「圧縮バッグ一杯分って…」

「え、タダで?」


 圧縮バッグは、見た目の10倍以上の容量を持つ魔法道具だ。それを満杯にするとなると、相当な量の魔石が必要になる。


 ハンスが詳しく聞いてみると、その圧縮バッグはリュック型の大容量タイプ。

 正確な容量は不明だが、一般的な荷車1台分くらいは余裕で入りそうなものだった。


 デニスや鉱夫たちが、無理に仕事を続けようとするのも当然だった。

 『鉱山使用料』分は皆で均等に出し合うため、毎月、その圧縮バッグが満杯になるまでは実質タダ働き。

 一定量以上採掘しなければ、そもそも自分の収入にならないのだ。


 皆が呆然とする中、ナターシャが深々と溜息をつく。


「…随分な契約だね。平均すると相場の半値以下で売ってるって話になるんじゃないかい?」

「総量にもよるが、その可能性が高いのう。ここの鉱山で一度に採掘できる魔石の量は、それほど多くないはずじゃ」


 エセルバートが顎髭(あごひげ)を撫でながら目を細める。


 『生きた』鉱山──放っておけば新たな魔石が出現し、繰り返し採掘できるとはいえ、魔石はすぐにホイホイ出現するわけではない。

 そもそも、採掘するのは生身の人間だ。労働力にも限界がある。


 ナターシャとエセルバートの指摘に、アーロンは困惑気味に眉を寄せる。


「し、しかし、鉱山使用料ならば仕方ないじゃろう?」

「問題はそれだよ」


 ナターシャがズビシ!と指を突きつけた。



「鉱山使用料なんて単語、私は初めて聞いたんだが」


「ぬ」










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ