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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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83 仕事が早い者たち


「あー…ナターシャ、スマン」

「ん?」


 上エーギル村の村人全員に継続して下エーギル村の食材を食べてもらう必要があるため、今後必然的に、ナターシャを介して出荷できる量は減る──ハンスが頭を掻きながらそう説明すると、ナターシャは不思議そうな顔をした。


「そりゃそうだろ。なんでそんな申し訳なさそうな顔してるんだい」

「いや、だってそっちの商会じゃ、村の食材をユグドラの高級レストランなんかに(おろ)してるんだろ?」


 その取引が出来なくなったら、商会にとってはかなり痛手なのではないか。それでなくとも高級店との取引は信用第一で、少しでも瑕疵(かし)がつくと一気に評判が落ちる。ハンスもそれくらいは知っていた。

 だが、ナターシャはその心配をあっさりと笑い飛ばした。


「それくらいでウチが傾くもんかね! それに出荷が減ったら、かえって貴重品としてプレミアがつくんだよ。要は、話の持って行き方次第さ」


 ナターシャはからりと笑った後、ハンスを半眼で見詰めた。


「大体ハンス、人命がかかってるってのに、ウチが手に入れられる量が減るからって嫌な顔をするような女だと思ってたのかい? この私を」

「い、いや、それは絶対ない! …スマン」


 ハンスは我に返って頭を下げる。ナターシャは血も涙もない商人ではない。むしろ人との繋がりやお互いの立場を尊重し、双方に利益のある落としどころを見付けて商売の手を広げてきた。


 馬鹿にするんじゃないよ、とわざとらしく鼻を鳴らしながら、ナターシャの目は笑っていた。

 ハンスの反応が面白いから、全て承知の上でからかっていただけだ。なかなかの性格である。


 マークが苦笑して口を開いた。


「ハンス、上エーギル村のみんなは落ち着いたかい?」

「ああ。症状が重かった連中は薬でひとまず治った。おふくろたちが作ってくれた料理も、ちゃんと全員に食べてもらえたぜ。──で」


 一瞬緩みかけた空気を、ハンスが再び引き締める。


「上エーギル村のアーロン村長から伝言だ。『可能であれば、下エーギル村のマーク村長と話し合いの場を持ちたい』ってよ。必要ならあっちが下エーギル村に来るそうだ。どうする?」

「…!」


 マークが大きく目を見開いた。ハンスの言葉のニュアンスから、今までとは違うと感じ取ったのだ。


 それまで、不自然なほど徹底的に仲違いしていた上エーギル村と下エーギル村。

 だがハンスが上エーギル村の住民を救うために奔走し、スージーとアンとメアリが料理を振る舞ったことで、その流れが大きく変わった──いや、魔石鉱山が開発される前の距離感を、住民たちが思い出した。


 アーロンからの申し出は、それを象徴しているのだ。


「…分かった」


 マークは真剣な表情で頷いた。


「今日、この後すぐにでも上エーギル村へ行こう」


 マークにとって、願ってもない話だろう。ハンスはホッと息をついて軽く笑みを浮かべた。


「了解だ。もちろん、オレも同行する。…他の連中はどうする?」

「…とりあえず、今回は私とハンスだけにしておこう。今まで会合に参加していたみんなは、どうしてもわだかまりがあるからね…」

「あー、そうだな」


 頷き合っていると、横からヒョイと手が挙がった。


「その話、私も一枚噛ませてくれないかい?」


 ナターシャはきらりと意味深に目を光らせ、


「どうも、ユグドラの街の商人にも無関係な話じゃなさそうだ。そうだろ?」

「えっ」


 確かに、トレドの半身を人質に取り、『不調の原因が魔素であることを秘匿しろ』と命じたのは上エーギル村の魔石の買い取りに関わっているユグドラの街の商人だ。

 しかし、ナターシャはそれを知らないはずだが──ハンスが答えに窮していると、やり手の女商人はにやりと笑った。


「実は昨日の夜、ウチの商会にゲルダとモクレンが来てね」


 既に商会は閉まっている時間だったが、偶然居残って書類を処理していたナターシャが気付き、中に招き入れた。

 そして、上エーギル村の医師トレ=ド=レントの半身が人質に取られていること、これから『冒険者の優先事項』に基づいて救出に行くことを伝えられ、可能であれば目的の場所に関する情報が欲しいと協力を求められた。


「理路整然と話すんで驚いちまったよ。やれば出来る子なんだね、モクレンは」

「…って、説明したのゲルダじゃなくてモクレンかよ!?」

「当たり前だろう? あんた、あのゲルダが他人に分かるように順序立てて説明出来ると思うかい?」

「いや、そりゃそうだが…」


 ナターシャが至極当然という顔で応じ、ハンスは言葉に詰まった。

 大変失礼な発言だが、まあ実際その通りである。ゲルダは基本、自分が必要だと思ったことしか話さないし、その『自分が必要だと思ったこと』も、他人からすると少々──いや、かなり足りないことが多い。

 口より先に直感で身体が動く野生児タイプ。その意味で、モクレンが同行したのは正解と言えるだろう。


「…で、目的の場所を聞いて、私の把握してる限りの敷地の広さと建物の間取りと怪しい場所の情報を渡して、メシを食わせて野に放っておいたよ」

「オイ、言い方」

「他になにかあるかい?」

「………ないな」


 ゲルダとモクレンの姿を想像し、ハンスはスン…と平坦な顔になった。

 野生児とケットシーである。『野に放つ』の表現があまりに的確すぎて、他の言葉が出て来ない。

 ともあれ、


「あー、じゃあゲルダたちはもう動いてるんだな?」

「動いてるというか、もう救出を済ませてここに来てる」

「は!?」

「朝方にウチの商会に戻って来たからね。ついでに乗せて来た。今はまだ全員、馬車の中で寝てるよ」

「…マジかよ…」


 ハンスは呆然と呟いた。


 ゲルダとモクレンが上エーギル村を発ったのは昨日の昼前。夜にユグドラの街に到着し、ナターシャに情報提供を求め、そのまま救出作戦を決行したことになる。


(…いや、仕事が早いにもほどがあるだろ…)


 それを言ったら、その日のうちに上級回復薬の材料を揃えて食事の準備など各種協力を取りつけたハンスも、数時間で上級回復薬を作ってのけたアルビレオも、一つの村全員分の食事の準備をしたスージーとアンとメアリも、重症者の治療にあたってさらに村人全員に下エーギル村の食材を使った食事を食べに行くよう説得して回ったトレドも、仕事量とその処理速度がおかしい。本人たちに自覚はないが。


「…なかなか大変なことが起きていたようだね…」


 話を聞いていたマークが苦笑する。

 そこでようやく、ハンスはマークにきちんと事の経緯を説明していないことに気付いた。

 マークはスージーから『体調を崩しがちな上エーギル村の人々のために下エーギル村の食材が必要だ』と聞いただけで、魔素が原因だとか、常駐する医師がその原因を隠していたとか、その背後に魔石の取引に関わる商人や王立研究院の思惑が隠れていそうだとか、そのあたりの事情は知らないのだ。


(ちゃんと話さなきゃな…)


 それにナターシャも、既にゲルダとモクレンに協力してくれている以上、事情を知る権利があるだろう。

 何より彼女はユグドラの街の商人組合の幹部の一人だ。今後魔石の取引に関わっている商人を相手取ることになった場合、ナターシャが味方になってくれればこれほど心強いことはない。


「スマン、マーク。ナターシャも聞いてくれ。実は──」


 ハンスが上エーギル村の事情をざっくり説明すると、二人の顔色がみるみるうちに変わって行った。


「……なんてことだ…」


 マークは愕然として、ナターシャは悔しそうに表情を歪める。


「…色々おかしいとは思っていたが…」








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