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8 初めての農作業


 翌日、ハンスはスージーと共に家の畑にやって来た。


「本当に良いのかい? ポールはもう動けるようだし、ハンスは冒険者の仕事もあるんだろう? 無理しなくたっていいんだよ?」


 ポールは既に作業を始めている。スージーは朝食の片付けや洗濯を済ませてから畑に出るので、ハンスはそれについて来た形だ。

 申し訳なさそうなスージーに、ハンスは首を横に振った。


「ギルドには『実家の稼業と兼業するから、冒険者の仕事は縮小する』って言ってあるしな。それに転属手続きには数日掛かるから、今はギルドに行ってもやることがない」

「そうかい? ならいいんだけどねえ…」


 知らせを受けた時は『父が寝たきりになった』と勘違いしていたとはいえ、ギルドにも『兼業冒険者になる』と言った手前、今更それをなかったことには出来ない。ハンスは変なところで律儀だった。


 なお昨日エリーに『街に帰りたい』と愚痴った事実はハンスの記憶の奥の奥に封印されている。黒歴史がまた増えた。


(…いや、エリーが黙っててくれれば万事解決だ。アイツもいい年だし、それくらいの配慮は──……配慮……してくれるよな……?)


 一抹の不安が脳裏を過ぎる。


 ハンスの懸念通り、実際エリーはただ黙っているのではなく、タイミングを見計らって一番効果的な時に一番効果的な相手に情報をばら撒くタイプである。その『タイミング』が訪れないことを祈るしかない。


「──さ、着いたよ。今日はここで作業するからね」


 自宅から徒歩5分。ちょっとした木立を抜けた先に、ハンスの家の畑──のうちの一つがあった。


 物思いを中断して顔を上げたハンスがギョッと目を見開く。


「………広っ!?」

「そうかい?」


 木立の向こうに唐突に現れる畑。その広さは、学舎の運動場を優に超えていた。

 村の中に点在する畑ならハンスも見慣れていたが、ここはその4倍以上の広さがある。


「これから麦を植える畑だからね。これくらいの広さがないと収量が確保できないのさ」


 スージーは平然とそう言った。


 下エーギル村で育てている麦は、寒さに強くこのあたりでも比較的育てやすいのだが、1株あたりの収量はそれほど多くない。また風媒花──風で花粉を散布する植物のため、すぐ近くに同じ種類の植物がないと結実しにくい。

 よって、広い畑に適切な距離を保ちつつも密集させるのが、栽培の基本となる。


 しかし、


「これから植えるって…何か枯れ草生えてるぞ?」


 ハンスは畑に林立する枯れ草を見て首を傾げた。

 ハンスの胸くらいまでの高さの結構大きい枯れ草が、等間隔で立ち並んでいる。


 スージーは笑顔で頷いた。


「夏に育ててた豆の残骸さ。収穫は終わったから、これから全部砕いて畑に鋤き込んでいくんだよ。──ああ、もうポールがあっちでやってるね」

「?」


 スージーが示した先、はるか向こうの畑の端で、ポールが農具を振るっていた。

 のどかな空気の中、ザクッ、ザクッという規則的な音が微かに聞こえて来る。


「枯れ草は、家畜のフンと混ぜて堆肥にしてから畑に撒くのが基本だが、豆だけは話が別でね。それだけで畑の栄養になるし、分解も早い。だからそのまま鋤き込むんだよ」


 解説するスージーは終始笑顔だ。息子に畑のことを教えるのが楽しくて仕方ないらしい。


 そのスージーから農具──(すき)と呼ばれるスコップに似た道具を渡されたハンスは、その重さに目を剥いた。


(なんだこれ…!?)


 先端が若干鋭く加工された長方形に近い分厚い金属板に、金属の軸。一応持ち手の部分は木で出来ているが、それ以外はオール金属。


 鋤は用途としてはそれこそスコップに近く、『それ自体の重さと足の力で地面に深く突き刺し、雑草の根なども諸共切断して土を持ち上げるようにして耕す』という使い方をする。

 スコップと違って土を持ち上げて運ぶことは想定していないので平たく、突き刺しやすいよう非常に重い。


 ちなみにこの鋤はポールが日常的に使っているもので、重さと硬さと頑丈さを重視した特別な合金で出来ている。

 手入れも万全で、雑草の根どころか、ちょっとした木の根くらいだったらスパンと切れる危険物である。


「ハンスはこれを使って地面を掘り起こしていっとくれ。枯れ草も適当に切って倒しちまって良いからね。その後、私がこれで草を砕いて混ぜ込んで行くよ」


 スージーが手にしているのはレーキ。長さ50センチほどの金属に複数の爪──と言うか金属の棒が垂直に並んだヘッドが特徴の、地面を均したり枯れ草をかき集めたりする道具である。


 ちなみに、奥でポールが振るっているのは鋤でもレーキでもなく、(くわ)

 刃がついた平たい金属のパーツを直角より少し急な角度で軸につけた農具で、地面に突き刺して耕すという点では鋤と同じだが、自重や足の力で突き刺すのではなく、斧のように両腕の力で振り下ろすことで地面に突き刺す。

 そして向こう側に向かって力を籠めるのではなく、手前に引くことによって地面を掘り起こす道具である。


 なおこちらも頑丈さと切れ味は鍛冶屋のお墨付きで、扱いを誤ると自分で自分の爪先を切り落とすことになる。


 鍬は扱いにコツが要るので、まずはスージーと協力して、鋤とレーキで作業を──そう配慮したのは実はポールなのだが、ハンスは知る由もない。ただただ目の前の畑の広さと鋤の重さに圧倒されている。


「さ、ハンス、こっちからやって行くよ」

「お、おう」


 スージーに促され、ハンスはおっかなびっくり畑の中に入った。


 下手な大剣より重い鋤を両手で持ち上げ、一番端の枯れ草の根元に突き刺す。スコンと半分くらい埋まった鋤の先端をさらに足で押し込むと、あっさりと鋤の頭全体が地面に埋まった。

 ハンスは拍子抜けして肩の力を抜く。


(なんだ、簡単だな)


 ハンスはもっと固い地面を想像していた。野営の時に必要に迫られて掘った地面は、大体冗談のように固かったからだ。


 これが畑の土か──などと変な感慨を抱きつつ、ハンスはぐいっと鋤の角度を変えて地面を掘り起こす。

 根を切られた豆の枯れ草が、乾いた音と共に向こう側へ倒れて行った。それに2、3回鋤の先端を落とすと、枯れ草はあっさりと粉々になる。


「こんな感じで良いのか?」

「ああ、上手いもんだね」


 ハンスが訊くと、スージーが笑顔で頷く。


 それに気を良くして、ハンスはすぐ次に取り掛かった。

 鋤を地面に突き刺し、掘り起こして、倒れた枯れ草を砕く。鋤を突き刺し、掘り起こし、草を砕く。突き刺し、掘り起こし、砕く──



「……………いや、多すぎないかこれ!?」



 その作業を30回ほど繰り返したところで、ハンスは我に返った。

 改めて見渡すと、まだ1列分も終わっていない。


 ハンスが砕いた枯れ草を丁寧に土と混ぜて均していたスージーが、きょとんとした顔で首を傾げる。


「そりゃあ、畑だからね」

(どんな理屈だよ)


 ハンスは内心突っ込んでいるが、実際畑なので仕方ない。先程スージーも言ったが、ある程度以上の面積がなければ収量も確保できないのだ。


 早くも疲労感を覚えながら、ハンスは周囲に視線を巡らせ──ポールの居る場所が、予想と全く違うことに気付く。


「……あれ?」


 ザクッ、ザッザッザッ、ザクッ、ザッザッザッ、とリズミカルな音を立てながら、ポールはどんどん枯れ草を倒し、砕き、鋤き込んだら一歩動き──と移動して行く。


 それが、完全に一定のリズムを刻んでいる上に滅茶苦茶速い。全ての工程を一人で行っているのに、ハンスとスージーの5倍以上の速さで進んでいる。


「……マジかよ」

「うん? ──ああ、ポールは速いからねぇ」


 ハンスの視線の先を追ったスージーが苦笑した。


「年季が違うのさ。気にすることはない。こっちは一つ一つ確実に潰して行こうじゃないか」

「あ、ああ…分かった」


 ハンスは頷き、改めて重たい鋤を持ち上げた。







ここからようやく農業パートです。

あくまでファンタジーなので、実際の農業とは異なる点もございます。ご了承ください。

(↑予防線を張っていくスタイル)

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