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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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77 素材引き渡し


 ものの10分ほどで、ハンスたちは上エーギル村に到着した。


 正直、整備された街道を進む馬車より速かった──トコトコと石畳の通りを進むハイランドシープの背中で、ハンスはグロッキーになりながら思い返す。


 ハイランドシープたちは獣道とも言えない場所をガンガン登り、途中で登山道に出たらさらに速度が増した。

 斜面の角度などあってないようなもの。障害物は軽やかに飛び越えて進む。羊っぽい体格からは考えられない身体能力である。


 ちなみに──ハンスの与り知らぬことではあるが、実はハイランドシープたちは背中に乗せた人間や荷物に気を遣い、振動が少なくなるようかなり丁寧に走っていた。

 つまり、()()()()()()()()


《ハンス、集合場所に案内して頂戴》

「お、おう」


 メリーさんの頭の上のツバキに声を掛けられ、ハンスは慌てて背筋を伸ばす。


「久しぶりに来たけど、結構賑やかになってるじゃないか」

「すごいもんだねぇ」


 アンとメアリはハイランドシープに乗ったまま、感心したように周囲を見渡している。


 実際、魔石鉱山が発見されて以降、上エーギル村の人口は3割程度増えた。

 魔石の取引をする商人たちの紹介で鉱山で働くために来た者や、商機ありとみて店を構えるためにやって来た者、鉱山の道具や設備をメンテナンスする技師に冒険者──移住の理由は様々だ。


 人口が増えたことで、村の建物は増え、景観も変わった。数年ぶりに上エーギル村に足を踏み入れるアンとメアリには、その変化がより鮮明に映るのだ。



 ──そうしてハンスの案内で村の中を横切り、一行は冒険者ギルドエーギル支部に到着した。


「エリー、戻ったぜ。アルビレオは居るか?」


 ギルドの扉を開けて声を掛けると、すぐに奥からエリーが出て来る。


「おかえり、ハンス。アルビレオなら解体部屋で準備中よ」

「分かった。先に素材を届けてくる」


 ハンスが頷くと、エリーは軽く目を見開いた。


「手に入ったの?」

「ああ。品質も問題ないはずだ。──あと、外に食材と助っ人が待ってるから、そっちの手伝いを頼めるか?」

「分かったわ」


 助っ人?と首を傾げつつ、エリーはすぐに外へ出る。直後、



「す、スージーおばさんにアンさんにメアリさん!? え? って言うか羊!? ケットシー!? なにこれどういうこと!?」


(…まあそうなるよな)



 木箱や布包みを大量搭載したケットシー付きの巨大な羊に、下エーギル村のマダム3人を乗せたこれまた巨大な羊。情報量が多すぎる。

 エリーの混乱の声を背中に、ハンスはそそくさと廊下を抜け、解体部屋のドアをノックした。


「アルビレオ、ハンスだ。開けて良いか?」

「おお、来たか!」


 すぐに内側から扉が開き、アルビレオが顔を出す。


「材料は手に入ったんだな?」

「…よく分かったな」

「ふふん、伊達に年は食ってないのでな。声で分かるさ」


 楽しそうに胸を張ったアルビレオに促され、ハンスは解体部屋に足を踏み入れる。


 壁も床も石張りの部屋だ。

 天井に使われている木材は、湿気に強い松の木。石畳の床には緩やかに傾斜がついていて、一番低い奥側には排水口がある。その近くには、魔法道具の蛇口が二つ。

 床に魔物の死体などを置き、洗いながら解体する仕様である。


 ただし今は、大きなテーブルが運び込まれ、その上に鍋やガラス器具、金属の器具がずらりと入った木箱、乾燥させた植物や木の皮、透明な瓶に入った液体などが所狭しと並んでいる。見るからに『錬金術師の調合部屋』という雰囲気だ。


「もうここまで用意できたのか」


 ハンスが感心して呻くと、アルビレオが頷く。


「道具はいつも持ち歩いているのでな。最悪、床の上で調合しようと思っておったのだが、丁度いいサイズのテーブルがあって助かった。足りない資材も、世界樹とエリク草以外の素材も、トレドとリンの協力で集まったしな」


 テーブルは2階の資料室に置かれていたものだという。そういえばそんなものもあったような──と頷きながら、ハンスは背中の木箱をそっと床に下ろした。


「アルビレオ、世界樹の枝とエリク草だ。確認してくれ」

「うむ!」


 ハンスが箱のふたを開くと、目を輝かせて様子を見守っていたアルビレオは──



「…………は…?」



 目を見開いて固まった。


 箱の中、羊毛を取り除いて取り出したのは、ハンスの手の先から肘くらいまでの長さの世界樹の枝と、エリク草が入った皮袋。

 袋の上からでは分からないかと、ハンスはエリク草も一つ一つ丁寧に取り出し、羊毛の上に並べる。


 ずらりと並んだ超高級素材。世界樹の枝についた葉が、風もないのにひらりと揺れる。


 途端、アルビレオが飛び退った。



「動いた──!?」


「へ?」



 ハンスはぽかんと口を開けてその動作を目で追った。

 壁に背中からはり付いたアルビレオは、世界樹の枝を凝視して涙目になっている。


「なんだそれは!?」

「世界樹の枝だが」

「そんなわけっ……いや、確かにそうだが!!」


 一瞬首を横に振りかけ、否定する要素が見付からなかったらしくまた叫ぶ。混乱、ここに極まれり。

 ハンスは苦笑いして声を掛けた。


「とりあえず落ち着け。普通の世界樹はどうだか知らんが、オレが知ってる世界樹は動くんだ」

「動く?」

「おう。人の頭を引っ叩くし足払いもするぞ」

「…それは『世界樹』の範疇(はんちゅう)を超えてはいないか…?」

「お前もそう思うか」


 少なくとも自分よりは知識があるであろうアルビレオに指摘され、ハンスはちょっと嬉しくなる。自分の常識が間違っていたわけではなかった。


 ハンスの反応を何か得体の知れない物を見る目でひとしきり観察したアルビレオは、数秒後、深々と溜息をついた。


「…まあ、素材になるなら何でもいい」


 恐る恐るといった様子で、改めて世界樹の枝に近付く。それに応じるように葉が一枚揺れてビクッと肩を跳ねさせたものの、アルビレオはそのまま素材の前にしゃがみ、そうっと枝を手に取った。


「……普通に、枝だな」

「そうだな」

「…いや、しかし、これは…」


 アルビレオの手に収まった枝は、瑞々しさを保ってはいるものの、動くことはない。空気を読んでいるようだ。

 上から下まで、ひっくり返したり角度を変えたりしながらじっくり世界樹の枝を観察した後、アルビレオは一旦枝を羊毛の上に戻し、エリク草も一つ一つ確認していく。


「…」


 一転して真剣な雰囲気になったアルビレオを、ハンスは固唾を呑んで見守った。これで品質が足りないなどという話になったらもうどうしようもない。


「……ふー…」


 数分後、アルビレオは額をぬぐう素振りを見せながら立ち上がった。


「どうだ? 使えそうか?」

「…使える。というかだな」


 アルビレオは眉間に深いしわを寄せ、胡乱な目でハンスを見上げた。


「私が今まで目にした中で、ダントツで品質が高い」

「へ」

「これだけの品質の世界樹の枝とエリク草、まともに買おうと思ったらユグドラの街の一等地の土地建物が丸ごと1軒買えるくらいの金が必要だぞ。いやそれ以前に、こんな品質の、しかも『生きた』素材は闇市場にだって流通せん。レアものと言うより、化け物だ」

「化け物…──いや待て、『生きた』素材?」

「生きてるだろう」


 アルビレオが真顔で呟くと、羊毛の上の世界樹の枝が枝先を振った。何でコイツ得意気なんだ──とハンスが半眼になったところで、アルビレオがまた溜息をつく。


「ハンスといい、この辺りは本当に規格外だな……」

「オイ待て、『規格外』の筆頭にオレを入れるな。オレは普通だ」

「変人はみんなそう言うものだ」

「変人!?」


 ハンスの叫びを綺麗に無視して、アルビレオはしっしっとハンスに向けて手を振る。


「まあいい。とにかく、素材は確かにいただいた。これなら上級回復薬も問題なく大量に作れるだろう。私はこれから調合にかかるから、ハンスは料理の手伝いにでも行ったらどうだ?」

「お、おう…」


 若干釈然としない思いを抱え、ハンスは部屋を出た。








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