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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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75 助っ人登場


 霧を抜けると、まだ午後のおやつの時間にもなっていなかった。

 世界樹が最短距離で帰してくれたらしい。ハンスは内心感謝しつつ、早足で森を抜ける。


 家に戻ると、テーブルの上に食材が山積みになっていた。


「うお…」


 ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモなどの根菜から、キャベツなどの葉物野菜まで、一目で下エーギル村産だと分かる特大サイズの野菜が積み上げられている。

 あまりの量にハンスが圧倒されていると、キッチンからスージーが出て来た。


「ああハンス、早かったね! 目的のものは手に入ったかい?」

「お、おう。大丈夫だ。……で、おふくろ、これは…?」

「上エーギル村に持って行く用の野菜だよ。これで足りると良いんだけどね…」


 言いつつ、スージーが大きなボウルをテーブルの端に半ば無理矢理載せる。ボウルの中には、ベーコンとウインナーがみっしりと詰まっていた。


「いや十分だろ」

「そうかい? 全員に配るなら、1食分にもならないと思うがねえ」

「いやそもそも、調理するのが──」


 スージーの呟きに応じる途中で、ハンスはハッとした。


 上エーギル村の全員が食べられる量──これだけの量の食材でも『足りない』と言われるほどの大量のスープを、一体誰が作るのだ?


「…しまった…」


 ハンスは額に手を当てて天を仰いだ。材料が揃えばいい、という話ではないのだ。


(リン…は素材採集に出ちまってるだろうし、エリーとオレだけじゃ人手が足りねぇ…上エーギル村の連中に頼むか…? いや、でも食べるだけならともかく、調理まで手伝ってもらえるか…?)


 正直、そこまで考えが回らなかった。

 ハンスが頭を抱えていると、スージーが腰に手を当てて口を開く。


「ハンス。誰に調理を頼むか、考えてなかったね?」

「え」

「声に出てたよ」


 予想通りだねと呟きながら、スージーはキッチンに一旦引っ込み、巨大な鍋を抱えて戻って来た。

 普通の寸胴鍋をはるかに上回る──というか、子どもが水浴びに使えそうなサイズの大鍋だ。ハンスはギョッと目を見開く。


「なんだその鍋…!?」

「昔、収穫祭の時に使ってた鍋さ。マークからの預かりものだよ」


 仲違いする前、上エーギル村と下エーギル村は、年に1回、秋に合同で収穫祭を行っていた。


 広さの関係上、会場は下エーギル村の牧草地。

 それぞれの村の特産品を持ち寄り、皆で料理をしてそれを好きなだけ食べ、酒を飲み、歌い、踊り、一年の労をねぎらい、称え合い、これから来る厳しい冬への英気を養う──そんな祭りだ。


 その光景を思い出し、ハンスは納得する。


 子どもの頃、確かに祭りの会場の中心には、こんな巨大な鍋がいくつも並んでいた。そこに目一杯作られたスープや煮込み料理がどんどん減っていく様を、子ども心に驚きながら眺めていたものだ。


 今となっては、それも昔の話。仲がこじれてからは、収穫祭は下エーギル村の中だけで行われるようになり、振舞われる料理の量も半減した。

 使われなくなった分の大鍋は、マークの家の倉庫に仕舞い込まれていたのだ。


「さびてもいないし、穴も開いてないからね。さっき試しに湯を沸かしてみたけど、十分使えそうだよ」


 スージーは自信満々に言って、ハンスに視線を転じる。


「料理する場所は、確保できそうなんだろう?」

「あ、ああ。冒険者ギルドのキッチンを借りればいい」


 冒険者ギルドの各支部には、共用のキッチンがある。支部にある仮眠室で寝泊まりする冒険者が利用するほか、自炊したい冒険者も格安で利用できる場所だ。

 複数人で利用する前提なので、調理台も流しも大きく、コンロも複数口のものが用意されている。

 ハンスもエーギル支部に移籍した時に一通り内部を確認したが、共用キッチンはユグドラ支部には劣るもののそれなりに広く、大きな保冷庫もあり、かなり利用しやすそうだった。


 今回の件は冒険者ギルドが主導する形になっているので、共用キッチンを使っても問題ない。なんだったら自分の名義で借りる──ハンスがそう説明すると、スージーは気合十分の笑顔で頷いた。


「それなら、スープ作りは私たちに任せておきな。上エーギル村の連中に、とっておきのスープを振る舞ってあげようじゃないか」

「そりゃ助かるが……私、『たち』?」


 ハンスが首を傾げたところで、勢いよく玄関の扉が開いた。


「スージー、パン種はウチのを使っとくれ」

「牛の乳を搾ってきたよ!」


 現れたのは、壮年の女性2人──アンとメアリだった。スージーの幼馴染で、ハンスも昔、散々お世話になったマダムたちだ。


「…オババ連合を召喚したのか」

「なんか言ったかいハンス」

「いやなにも」


 ハンスの呟きを拾った背の高い方のマダム──メアリが、ギッとハンスを睨み付ける。昔と変わらず、大変耳が良い。

 スージーが苦笑した。


「アン、メアリ。急ですまないね」

「なに言ってんだい。私らの仲じゃないか」

「気にしなさんな。男どもの尻ぬぐいは私らの役目だからね」


「尻ぬぐい」


 まるでスージーが3人に増えたかのようだ。


 尻ぬぐいとは、果たして誰のことか──ハンスがそっと後退っていると、小柄なマダム──アンが鍋をテーブルの端に置き、野菜の山を見上げた。


「壮観だねえ……けど、足りないんじゃないかい?」

「やっぱりそう思うかい? 今、ポールが追加を採りに行ってるんだけどね」

「野菜もだけど、肉もパンも足りないだろ。ウチから牛肉でも持って来るかい?」

「もっと小麦粉が要るね。私も追加を持って来ようか」


 背の高いメアリの家は、主に牛を飼育する畜産農家。小柄なアンの家は、小麦を中心とした穀物を多く栽培する農家である。

 あらゆる野菜に手を出しているハンスの家と合わせれば、大体の食材はカバーできる。


 さらに、


「よう! 待たせたな!」


 陽気な声とともに、豚と鶏を育てるガイがやって来た。右手の木桶には山盛りの卵、左手のたらいには巨大な骨付きハムが何本も入っている。


「肉は…足りたね」


 女性陣が頷き合った。


「ありがとうね、ガイ」

「おうよ! ま、隣村が困ってるとあっちゃ放っておけねぇしな」


 スージーに食材を渡しながら、ガイがからりと笑う。


 聞けば、スージーがマークの家に行った際、丁度メアリが来ていたのだという。流れでメアリにも状況を教えることになり、その場で協力の申し出があった。

 アンとガイは、メアリの声掛けに応じた形だ。

 何だかんだ言いながら、変わってしまった上エーギル村のことを全員が心配していた。


「ああそうだ、食材を上エーギル村に持ち込むのに、ツバキが手伝ってくれるってよ」

「ツバキって…ケットシーが?」


 ツバキはガイのところで放牧の手伝いをしているケットシーのリーダーだ。大変頼りになる姐御らしいが、はて、ケットシーは荷物の運搬に向いていただろうか──ハンスが首を傾げると、ガイが苦笑する。


「ああ、あいつ自身が運ぶわけじゃないぞ。ちょうどいい伝手があるから、協力を頼んでくれるって話だ。荷造りしたら、いつもの笛で呼んでくれってよ」

「うん…? 分かった」


 ハンスは首を傾げながら頷く。

 実際、この量はさすがにハンスの手持ちの圧縮バッグにも収まりきらないので、荷運びを手伝ってくれるというならありがたい。



 ──その協力者が『誰』なのか、この時のハンスには、全く見当がつかなかった。








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