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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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72 コダマの子


 ──『コダマの子』。

 妖精族の中でも非常に稀な体質の持ち主のことを、そう呼ぶ。


 その体質を持って生まれた者は、一人では生きられない。妖精族は生命維持に魔力を使うが、コダマの子に魔力はほぼなく、魔力を使う能力も持たないのだ。


 ではどうやって生きるのか。


 生まれた直後は母親などの肉親、成長してからは半身と魂を繋ぎ、繋いだ相手の魔力と、『魔力を使う能力』を借りて生命を維持する。


 魂を繋いだ相手にも恩恵はある。コダマの子と魂を繋ぐと、自身の魔力が何倍にも膨れ上がり、しかもそれを自在に扱えるようになる。

 コダマの子は、いわば『増幅器』──アンプのような存在なのだ。


 もっとも、妖精族は仲間意識が強いため、恩恵や損得云々を抜きにしてただ大事な相手を生かすために魂を繋いでいるケースが大半だ。トレドも当然、『そちら側』だった。


「コダマの子にとって、半身の魔力は文字通りの命綱だ。常に隣に居れば魔力供給も十分出来るが、少しでも離れるとその繋がりは薄く、細くなる。それを補うのが、この薬というわけだ」


 アルビレオの解説に、皆の視線がトレドの抱える酒瓶に集中する。


 この薬は作り方も材料も非常に特殊で、錬金術師が作るならともかく、普通に作ると効能は確かだがとんでもなくアルコール濃度の高い酒になる。トレドは錬金術師ではないので、酒になってしまった自作の薬を飲み続けるしかなかったのだ。


 ただの酒狂いではなく、大切な相手を生かし続けるための薬──ハンスたちの表情は非常に複雑だった。


 だが、とアルビレオは肩を竦める。


「たとえ半身のためだとしても、自ら身を削るのはいただけんな。妖精族は体質上、酒に強いわけではない。──ちょいと失礼」

「あっ…!」


 アルビレオがトレドから酒瓶を取り上げた。愕然とするトレドをよそに、蓋を開けて中身の匂いを嗅ぐ。


「ふむ……アレとアレとアレ、あとは……ハンス」

「な、なんだ?」

「可能であれば、エリク草は多めに持って来てくれ。薬師として、医者がこんなものを常飲しているのは見過ごせん」


 アルビレオはどうやら、この薬も改良するつもりらしい。ハンスは頷き、任せてくれと請け負った。

 アルビレオは満足そうに頷いて、


「取り急ぎ……と」


 瓶に手を(かざ)し、指を複雑に動かしながら魔力を注ぐ。

 数秒もしないうちに、瓶はトレドに返された。


「ほれ、これを飲んでおけ」

「えっ…」

「酒精の濃度を可能な限り下げた。これ以上は効能にも影響するのでな、完全に除去するのは無理だが。──新しい薬を作るまでの繋ぎだ。これだけあれば、2日は持つだろう?」


 トレドは目を見開き──一瞬、その目が潤んだ。


「……ありがとう、ございます…!」


 声を震わせながら、深く頭を下げる。

 アルビレオは頬を掻いて、ゲルダへと視線を転じた。


「──そういうわけでゲルダ、一仕事だ」


 ゲルダはどこか焦点の合わない目のまま、真顔で頷く。


「ん。カチコミ」



 カチコミ。


 ………殴り込み(カチコミ)



「待てー!?」


 ハンスが目を見開いて叫ぶと、ゲルダはうるさそうに目を細めた。


「なに、ハンス」

「なに、じゃないだろ! なんだ『カチコミ』って! 正面突破しようとすんな!」

「……だってめんどくさい」

「面倒がるな!」


 先ほどゲルダは、トレドの魔力の気配を『追える』と言っていた。つまり、トレドの魔力が流れて行く先──トレドの半身の居場所を特定できるということだ。

 ただし、そこに真正面から挑んで良いかどうかは別問題である。



「下手したら()()()()にケンカ売ることになるだろうが! せめてこっそり忍び込め、こっそり!」



 思い切り口に出してから──


「…………あ」


 周囲の視線に気付き、ハンスはピタリと固まった。



「……ハンスさん…」

「あーあ」

「………」



 じわり、ハンスの背中に汗が滲む。

 アルビレオが呆れ顔で溜息をついた。


「全く……わざわざ明言を避けていたというのに」

「うぐっ」

「ハンス、迂闊(うかつ)すぎ」


 ゲルダにまで白い目で見られ、ハンスは思わず反論する。


「お前が物騒なこと言い出すからだろ」


 トレドの半身の身柄を確保しているのは、上エーギル村の人々に『魔素中毒』の存在を知られたくない人間。

 つまり、鉱山の利権に関わる──有り体に言えば、今現在、相当美味い汁を吸っている者。


 鉱山開発を主導し、産出した魔石を丸ごと得ている王立研究院か、それとも魔石の流通を独占する商人たちか、そのいずれかの指示を受けたならず者か。考えられる犯人はそのくらいだ。

 そして、首謀者として一番可能性が高いのは、王立研究院──つまり国家権力である。


 トレドが戸惑ったように呟いた。


「ええと…私の半身を監禁しているのは、研究院ではなく街の大商人………………ぁ」


 ぽろり、こぼれた単語に、


「あ」

「あっ」

「……ハンス」


「オレのせいかよ!?」


 責める視線が集中したのは、ハンスに、だった。


 思い切り突っ込んでひとしきり頭を抱えた後、ハンスは唐突に、うがー!と天に向かって吼える。


「もういい! 変な忖度(そんたく)はやめだ!」


 ガシッとトレドの肩を掴み、


「トレ=ド=レント、覚悟を決めろ。お前はもう『こっち』側だ」


 瞳孔が完全に開いている。

 トレドがヒエッと小さく悲鳴を上げ、アルビレオが半眼になった。


「ハンス、悪役顔だぞ」

「うるせぇ元からこんな顔だ」


 悪役顔で悪かったな!とやさぐれ気味に応じて、ハンスはトレドに向き直る。


「情報共有はとりあえず後回しでいい。トレ=ド=レントは半身との繋がりを維持しながら、患者の治療に集中してくれ。あと、上エーギル村の連中にスープを食わせるのを主導してくれ」

「は、はい…」


 依頼なんだか脅迫なんだか微妙な線だが、ハンスに迫られたトレドは気圧されたように頷いた。


「…で、トレドの半身の件はゲルダに任せていい……んだな?」


 ハンスが疑わしさを前面に出した顔で視線を転じると、ゲルダは真顔で頷いた。


「うん。商人なら遠慮しなくていいし」

「そこは遠慮しろ!」


 案の定の返答に、ハンスはすかさず突っ込む。予定調和すぎて泣けてくる。


《仕方ないなぁ》


 受付カウンターから念話が響いた。


《それなら俺が力を貸してやろう》


 今までは我関せずと言わんばかりに丸くなって目を閉じていたモクレンが、大きく伸びをしてキチッと座り直す。寝たふりをしつつ、話はしっかり聞いていたのだ。


《何せ俺は、『隠形魔法』を使えるからな!》


 ドヤ顔のモクレンが魔力を放ち、次の瞬間、その姿が空気に溶けるように消えた。

 トトッと微かな音がして、目を見張るハンスの右肩に、唐突に重みが掛かる。


「うおっ」

《じゃーん! どうだ!》


 ハンスの肩の上、後ろ足で立ち上がったモクレンが思い切り胸を張る。

 おお、とアルビレオとゲルダが拍手した。


「見事だな。完全に背景に溶け込むとは」

「モクレン、すごい」

《だっろー?》

「…すごいのは認めるが、ヒトの頭に全力で寄りかかるのをやめろ」


 ケットシーの骨格的に、後ろ足で立ち上がるのは若干無理がある。


 脇腹を思い切り側頭部に押し付けられたハンスが苦情を入れると、モクレンがそれこそ心外だという顔をした。尻尾をパタンとハンスの後頭部に打ちつけ、


《なんだよ、ご褒美だろ? 泣いて喜べよそこは》

「そうよハンス、ご褒美じゃないの」

「ですよね」

「なに」


 思わぬところからモクレンに援護射撃が入った。


 モクレンに追随するエリーとリンは、大変うらやましそうにハンスを眺めている。


 ここにもケットシー教が居た…と若干遠い目になりつつ、ハンスはモクレンの首根っこを掴んで捕獲し、受付カウンターに戻した。


「ほれ、好きなだけモフっとけ」

《お? なんだ、サービス希望か? おやつをくれるなら付き合ってやらんこともないぞ、ホレ》


 エリーとリンを交互に見上げ、モクレンがカウンターの上でごろんとお腹を見せた。

 体をひねり、きゅるん、と絶妙な角度で2人に視線を送る。


 うぐっと2人が呻いた。


「……す、スージーおばさん謹製の鶏ハム!」

《よし合格!》

「ガイさんのベーコン!」

《好きなだけモフれ!》


 途端、モクレンの腹に4本の手が埋まった。

 もふもふもふもふ…と腹と言わず頭と言わず──つまり全身を揉まれながら、モクレンは自信満々な顔でハンスを見遣る。


《まーそいうわけで、半身救出作戦は俺に任せとけ。ゲルダをバッチリ隠して、誰にも見付からずに連れて来てみせるからな!》

「………おう」


 正直、大変不安の残る言動ではあるが──少なくともゲルダに正面突破させるよりマシだと自分に言い聞かせ、ハンスはトレドの半身の救出をゲルダとモクレンに任せることを決めた。









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