69 必要なもの
そうして4人は、冒険者ギルドエーギル支部へ移動した。
「あっ、ハンス! アルビレオと合流できたのね! …あら、ゲルダは?」
エーギル支部に入るなりエリーに訊かれ、ハンスは首を傾げる。
「ゲルダも来てるのか?」
「ああ、ゲルダなら坑道を見に行っておるよ。魔素が濃いから、いい食事場所になりそうだとか呟いとった」
「それは…」
アルビレオの相棒、ゲルダは、魔素や魔力を糧にして生きる『魔族』という特殊な種族だ。
それが『いい食事場所になる』などと言うということは、坑道は本当に、特異的に魔素濃度が高い可能性がある。
ハンスが眉を寄せていると、エリーが声を掛けてくる。
「ハンス、坑道のワイルドベアは討伐できたの?」
「ああ、1体だけだったからな。別の問題が発生したんで、死体はその場に置いて来ちまった。余裕があれば後で回収しに行く」
「別の問題?」
「実は──」
坑道の奥から救出した鉱夫4人の体調が思わしくなく、回復には錬金術師の作る上級回復薬が必要なことを、ハンスが手短に説明する。エリーは眉を寄せて頷いた。
「そういうことね…分かったわ。で、今この面子がここに来たってことは、何か打開策があるのね?」
とても察しが良い。
ハンスは頷き、アルビレオに視線を転じた。アルビレオがにやりと笑う。
「一応ここに、それなり以上の腕を持った錬金術師が居るのでな。材料さえ揃えば、上級回復薬を作るのは難しくない」
自分の胸に右手を当てて自信満々に言うと、アルビレオはハンスに視線を戻す。
「──で、ハンス、私にそれを依頼するということは、少なくとも世界樹の葉を、まとまった量、手に入れられるということだな?」
リンとトレドが、心配そうな、だが期待交じりの目をハンスに向ける。ハンスは頷いた。
「ああ。断言はできないが、手に入れられる可能性は高い」
これをデニスたちの前で言ってしまうと、万が一手に入らなかった時に落胆させてしまう。アルビレオが場所を移すのを提案してくれて助かった。
ハンスが内心安堵していると、リンが感嘆の声を漏らした。
「さすがハンスさん…」
「あー、言っとくが、この件に関してはオレの功績じゃないぞ、これっぽっちも」
世界樹の枝の栽培方法を確立したのは父ポールであって、ハンスはたまたまその場所に入れるだけだ。
大体、まだ手に入れられると決まったわけではない。一応釘を刺しておく。
「ものが手に入る可能性があるなら、誰の功績だろうとかまうまいよ。──他に懸念事項があるとしたら、効果が足りないかも知れない、ということだな」
アルビレオが眉を寄せて呟く。
「えっ」
「…やはり、そう思われますか」
リンは目を見開いたが、トレドは深い溜息をついた。
「…あの4人は、既に何度も肺水腫を発症しています。その上での急性症状──副作用の懸念はありますが、さらに効能を上げる必要があるかと」
「うむうむ。だが、そこらの材料では見合わんぞ? エリク草が手に入れば確実だが…」
アルビレオの呟きに、ハンスはあっと声を上げた。全員の視線がハンスに集中する。
「……まさかとは思うが、ハンス」
半眼になるアルビレオに、ハンスは頭を掻きながら頷いた。
「あー、多分そのまさかだ。…あるわ、エリク草」
「ええっ!?」
「うっそお…」
「…本当なら、助かりますが…」
「都合がよすぎやしないか?」
驚きと疑念が入り交じる。
そりゃあそうだろう。偶然と言うにはあまりにできすぎている。入手困難なものが、ピンポイントで用意できるというのだ。
「オレもそう思う」
ハンスが深々と頷くと、アルビレオが呆れ混じりの顔になり、まあいい、と呟いた。
思考を放棄した、とも言う。
「──あとは、水の魔素の濃い清水と純度の高い石英…清水はゲルダに頼めばいくらでも探せそうだな。石英は私の手持ちを出そう。他の材料も、私とゲルダの手持ちで賄えるだろう」
アルビレオの呟きに、あの、とトレドが声を上げた。
「もし条件が合えば、清水は私の診療所の井戸水を使ってください。飲料水として使える水質ですが、水の魔素がかなり豊富に含まれています。それから、一般的な薬草の類だったら診療所に在庫がありますので、私からも提供できます」
「それは助かる。後で見せてもらえるか?」
「ええ、勿論です」
さらに、リンも手を挙げる。
「この辺りで採れる薬草とか魔物の素材だったら、私が採りに行くわ。新鮮なやつが必要な場合もあるわよね?」
アルビレオが頬を緩めて頷いた。
「うむ、その通りだ。その時はよろしく頼む。…それから、作業部屋としてギルドの部屋を一室、借りたいのだが…」
その言葉に、エリーが即応する。
「空きはあるわよ。棚と作業台と流しがある解体部屋と、共用キッチンと会議室。どれがいい?」
「では解体部屋をお借りしよう」
「分かったわ」
ものすごい勢いで方針が決まって行く。
その中で、ガチャリと扉が開いた。
入って来たのは、艷やかな黒髪に紅色の瞳が印象的な長身美女。
「おお、戻ったかゲルダ」
笑顔で呼び掛けるアルビレオをどこかぼんやりした顔で見るなり、美女──アルビレオの相棒、上級冒険者のゲルダは、カツカツと足音を立ててアルビレオに歩み寄り、無言で背中から抱き着いた。
ハニーブロンドに顔を埋めること暫し。
「………水の魔素は、もう要らない………」
心底げっそりした、という風情の呟きが漏れた。
食べ放題で散々食べて、店を出た後にひどい胃もたれを起こして後悔する中年のような台詞だ。
なおその場合、ほとぼりが冷めた頃にまた同じことをするのがお決まりのパターンである。
アルビレオは苦笑して後ろに手を回し、ゲルダの頭を撫でた。
「だから気を付けろと言っただろう」
「……最初は美味しかったのに」
「お、美味しかった?」
トレドが目を白黒させている。
「ああ、ゲルダは魔族でな、魔素や魔力を食べて生きている」
「普通のご飯も食べるけど」
アルビレオの説明に、すかさずゲルダが補足を入れた。そこは外せないらしい。
「…で、必要以上に魔素を取り込むと、こうなる」
「……む」
まあ一時的なものだがな、と苦笑するアルビレオの後頭部から、ゲルダがようやく顔を上げた。
「お前ら、相変わらずだなあ…」
ハンスが呻くと、ゲルダはスッと姿勢を正し、微妙に焦点が合っていない目をハンスに向けた。
「ハンス、久しぶり。リンも」
「おう」
「お久しぶり」
お互い、片手を挙げて挨拶する。
ゲルダはハンスを上から下まで眺め、こてん、と首を傾げた。
「……ハンス、体質変わった?」
「うん?」
「坑道に入ったって聞いたけど、リンほど汚染されてない。水の魔素に」
「汚染……?」
ハンスも思い切り首を傾げる。『水の魔素に汚染されていない』とは、一体どういう意味か。
アルビレオが眉を顰め、ハンスに歩み寄った。
「ハンス、ちょっと屈んでおくれ」
「おう…?」
言われた通りにハンスが軽く膝を曲げると、アルビレオは右手の指先でハンスの眉間に触れた。
そして、
──バチィッ!
「い゛っでぇ!?」
閃光とともに額に強烈な痛みが走り、ハンスは飛び退り──損ねてその場に尻餅をついた。




