67 要救助者発見
とりあえずワイルドベアの死体はその場に放置して、ハンスたちは逃げ遅れた鉱夫を探した。
《……いた! こっちだ!》
先導したのは耳と鼻の良いモクレンだ。ダッと駆けていったその先、それほど離れていない坑道の行き止まりに、複数人が固まって蹲っている。
ハンスはすぐに異変に気付いた。
「おい、大丈夫か!?」
一番手前に居た一人の肩を揺さぶるが、反応がない。全員、顔が真っ青だった。
「これって…」
リンが不安そうな顔で呟く。
どう見ても全員、数日前のデニスと同じ症状だ。
(…いや、決めつけるのは早い)
ハンスは思考にブレーキをかけ、脈を確認する。全員、意識はないが生きてはいた。
「…すぐ外に運び出すぞ」
《誰を優先する?》
モクレンに問われ、ハンスは返答に迷う。
鉱夫は全部で4人。ハンスたちは2人と1匹。一度に全員を運ぶのは無理だ。
だが、ここに放置しておくのはまずい。ワイルドベアが出たばかりなのだ。死体は放置したままだし、他の魔物が集まって来てもおかしくない。
「リン、大至急ギルドに応援を呼びに行ってくれ。あのバカどもでも居ないよりマシだ。それも無理なら最悪、鉱夫のオッサンを何人か捕まえてもいい」
「分かりました!」
現在、冒険者ギルドエーギル支部に所属しているのは、ハンスとリンを除くと、グリンデルとヴァルトの2人だけ。
昨秋の時点ではもう3人居たのだが、上エーギル村で初めての冬を経験して音を上げ、春先、逃げるように山を下りたらしい。環境ばかりは如何ともしがたい。
グリンデルとヴァルトに関しては、今日は体調不良だろうという話だが──8割がた仮病だろうとハンスは踏んでいた。
ここ数日、魔物の出現が目に見えて増えている。そして不良冒険者2人は、面倒だと判断したら真っ先に手を引くタイプなのだ。
ハンスの指示にリンが頷き、駆け出そうとしたところで──
──うおっ、ワイルドベア!?
──討伐済みか、ツイてるな!
「えっ」
「……」
聞き覚えのある声が聞こえて来た。
しかも内容が内容だ。
リンが唖然として動きを止め、モクレンが黙って目を細め、ハンスは深々と溜息をつく。
「……前言撤回。とりあえず、ヤツらを捕獲しに行くぞ」
「はい」
《おう》
ハンスの口から飛び出た『捕獲』という単語に、誰も異を唱えない。
2人と1匹は据わった目で来た道を戻り、ワイルドベアの死体の前で覚えのありすぎる2人がはしゃいでいるのを見て静かに足を止めた。
「角も毛皮もほぼ無傷か! 良い値で売れるな! ──おいヴァルト、ナイフは!?」
「ちょっと待て、上等なやつじゃないと──……」
身を捩ってヒップバッグの中に手を突っ込んだ間抜けな格好で、ヴァルトが動きを止めた。
その視線の先には、丁度ハンスたちが居る。
…それはそれは平坦な顔をしたハンスたちが。
「………あ」
ぽつり、ヴァルトが呻き、
「どうしたんだよ! 早くし……ろ…………」
振り返ったグリンデルも、同じようにビシッと音を立てて固まる。
その様子をじっくり観察した後、ハンスはゆっくりと口を開いた。
「──よう、グリンデルにヴァルト」
奇しくも、下エーギル村で2人がネイトに絡んでいた時と同じ台詞。
ただし、その声は段違いに低い。
2人が途端に青くなった。
「は、ははははハンス……」
「い、いや、これは、その」
ギルドの規定では、『拾得したもの』を素材として売りさばくのは違反ではない。
が、他の誰かが倒したものを、自分が倒したものとして申告するのは完全にアウトである。
見るからに慣れた対応と先ほどのはしゃいだ声からするに、恐らく──と、ハンスは黙って目を細める。
(こいつら、日常的にやってやがったな)
だが今は、その追求より優先すべきことがある。
狼狽えるグリンデルとヴァルトに溜息をつき、ハンスは意識を切り替えた。
「──お前ら、病人の搬送を手伝え」
「え」
「この奥に4人、倒れて動けない民間人が居る。オレらだけじゃ手が足りん」
「へっ? なんで俺たちが!?」
《なんで。なんでって言ったぞこいつ》
モクレンがドン引きした表情でそっと後退った。
「……っていうかあんたたち、その救助に来たんじゃないの?」
リンが思い切り眉を寄せて訊くと、グリンデルははあ?と片眉を跳ね上げた。
「んなわけねぇだろ。俺たちは、ワイルドベアが出たって聞い……て…」
「……ほう?」
グリンデルの言葉は半ばで途切れた。
流石に、ようやく、それが冒険者にあるまじき台詞だと気付いたらしい。
ハンスはうっそりと笑う。
「んなわけねぇ、か。『自身を含め、人命救助は全てに優先する』んだがな。教えなかったか?」
「……そ、そもそもここに要救助者が居るなんて聞いてねぇよ!」
「ああそうかい。外で聞かなかったんだな。けどよ、今言っただろ、オレが。…で、返事は?」
背中に闇を背負ったハンスが一歩近付くと、グリンデルとヴァルトはさらに一段階青くなる。
ああそうだ、とハンスは付け足した。
「今手伝うなら、民間人の救助を渋ったってのはなかったことにしてやる」
「…!」
途端、2人の目に光が戻った。
「や、やる!」
「手伝ってやるよ!」
「よーし、ならさっさと動くぞ。ワイルドベアの死体は置いとけ。後でオレが回収する」
「へ? なんであんたが」
「オレたちが倒したからに決まってんだろうが。──ほら、早く行け!」
背中を蹴りそうな勢いで、ハンスは不良冒険者2人を急き立てる。
その背後で、モクレンが片耳を倒して呟いた。
《…いいのか? なかったことにして》
「甘いわね、モクレン」
リンが得意気に右手の人差し指を立て、こそこそと答える。
「ハンスさんは、『民間人の救助を渋ったのは』なかったことにする、って言ったでしょ? ──獲物を横取りしようとしてたことは、なかったことにはしないわよ」
《おおなるほど、悪辣だな》
「おい、聞こえてるぞ」
ハンスは一言苦言を呈して、グリンデルたちの後を追った。
その後ハンスたちは倒れていた鉱夫たちを各々背負い、坑道から脱出した。
幸いにも、途中で新たなワイルドベアに遭遇することはなかった。精々、岩肌と同化して襲いかかってくるトカゲモドキが出たくらいだ。ハンスが草刈り鎌で一閃して終了である。
「……なんでアレが目視で判別できるんだよ…」
「あ? 当たり前だろうが。あれくらい分からんでどうする」
《……なあリン、当たり前なのか?》
「……ハンスさんにはね」




