63 絡まれる若者
そんなこんなで、春の農作業に忙殺されていた、ある日──
例によってマンドラゴラの死体の山を畜産農家のガイのところに届けた後、ハンスはマークとジェニファーの家へ向かっていた。
ここ数日、ハンスは農作業に精を出しつつ、下エーギル村の人々に聞き取り調査を行っている。
お題はズバリ、『どういう経緯で上エーギル村と下エーギル村は仲違いしたのか』だ。
以前軽く両親から聞いてはいるのだが、今回は可能な限り時系列を追えるよう、『いつ』『どこで』『誰が』『何を』『どうした』あるいは『どう言った』のかをより詳細に聞いて回っている。聞き込みをした後、メモを取るのも忘れない。
今更すぎる話題に戸惑う住民も多かったが、話し始めるとまあ出るわ出るわ、不平不満や愚痴の山。
それでも、一通り吐き出した後、『一体どうしてこうなっちまったんだろうな…昔は仲が良かったはずなのに』と後悔混じりに回顧する者が多く、ハンスはある種の手応えを感じていた。
つまり、本質的には取り返しのつかない溝が生まれているわけではない、と。
ちなみに、協力体制を取った上エーギル村の鉱夫たちとリンも、同じような調査を行っている。
鉱夫たちは上エーギル村の鉱夫仲間に。リンはその立場を活かして上エーギル村と下エーギル村両方の店や宿に聞いて回る感じだ。
ハンスの立場では接点のない相手も多いため、役割分担できるのは大変助かる。
(…こっちは仕上げにマークに話を聞いて…あとは、みんなの調査結果次第だが…)
そんなことを考えつつ道を歩いていると、宿の前に何やら人が集まっているのが見えた。
「…んん…?」
ハンスは眉を顰めてそれを凝視する。
人が集まっていると言っても多くは遠巻きに様子を窺っていて、その中心で何をしているのかは遠くからでも丸分かりだ。
「…だから、あなたたちに渡せるものはありません! 放してください!」
緊張感のある声で叫んでいるのは、20歳に届くかどうかの、線の細い青年だった。艶やかな金髪に赤茶色の瞳の、一見すると女性のようにも見える美青年である。
ロングブーツにロングコート、やや薄手のマフラーを凝った形に巻いている姿は、いかにも街暮らしのお坊ちゃんといった雰囲気だ。険しい表情をしているが、あまり迫力はない。
一方、その青年の細腕を掴んでいるのは──
「なんだよ、カタいこと言うなって。お前が持ってる火の魔石を一つ、分けてくれってだけの話だろ?」
ハンスにとっては見覚えのありすぎる、両手剣使いと片手剣使いの二人組。
「あンの馬鹿ども…!」
ハンスは頭痛を覚え、低い声で呻いた。そのまま早足で2人に近付き──
「──よう、グリンデルにヴァルト!」
「!」
「っ!?」
2人の間に割って入り、両方の肩に腕を回していかにも親し気な風を装いつつ、
「民間人になーに絡んでんだ? ん?」
「げっ!」
「は、ハンス!?」
二人組──グリンデルとヴァルトが一斉に青くなった。思い切り腰が引けているが、それを逃がすハンスではない。
それぞれの肩をがっちり掴んでギリギリと力を込めながら、それはそれはイイ笑顔で問い掛ける。
「冒険者の心得を知ってっか? 『民間人に迷惑をかけるな』だ。火の魔石なんか店にいくらでも置いてんだろ? それともアレか? 魔石も買えねぇほど懐事情が寂しいのか? ああ?」
「そっ…それは…」
「痛ぇって! 放せよ畜生!」
「まずお前が手を放せ阿呆」
ハンスの額に青筋が浮く。グリンデルが慌てて青年を解放した。
青年は2、3歩よろけて後退り、呆然とハンスたちを見詰める。
それに構わず、ハンスは2人を恫喝した。
「──なあお前ら、知っての通り、ここはオレの故郷なんだよ。故郷ってことは、住民は全員オレの身内ってことだ。…で、そんな場所でこんなアホなことする不届き者がどうなるか──予想はつくよ、な?」
犬歯を見せて、ハンスが獰猛に笑う。
以前だったら虚勢と取られて鼻で笑われるだけだっただろうが、この2人はつい先日、ハンスの異常性を目の当たりにしたばかりだ。効果は絶大だった。
「わ、分かった! 分かったから!」
「悪かったって!」
「謝る相手が違うだろ」
平坦な声で指摘し、ハンスが2人を解放すると──
『申し訳ありませんでした!!』
「えっ!? あ、ハイ…」
半ば悲鳴のような謝罪に、青年がびくっと肩を揺らした後、気圧されたように頷く。
途端、2人はがばっと身を翻し──
「畜生!」
「おぼえてろよ!」
小物感あふれる捨て台詞を残して、走り去っていった。
「……」
「…懲りてねぇな、あいつら…」
逃げていく不良冒険者たちの背中を眺め、ハンスは眉間に手を当てる。色々と頭が痛い。
「…ええと…」
「おっと、悪い。驚かせちまったな」
戸惑い混じりの声に、ハンスは思考を切り替え、改めて青年に向き直った。
「オレは冒険者ギルドエーギル支部所属、冒険者のハンスだ。ま、聞いての通りこの村出身でな。今は実家で農業の手伝いなんぞもやってるが。あの阿呆どもも同じ支部所属の冒険者だから、何か困ったことがあったら言ってくれ。できる限り対処するからよ」
ハンスが告げると、青年はぱっと顔を輝かせた。
「あなたがハンスさんですか」
「?」
「あ…すみません。僕はマークとジェニファーの息子の、ネイトといいます。父と母がお世話になっています」
(い゛っ…!?)
思わず叫びそうになったのを、ハンスはギリギリで押し留めた。
マークとジェニファーの息子、という言葉がぐるぐると頭の中を回る。
なるほど確かに、髪色や線の細さはジェニファーそっくりだし、優しそうな目元の感じはマークそっくりだ。
村に帰って来た時、ハンスはスージーから『同年代はみんな結婚して、子どもも居る』と聞いていた。
実際、上エーギル村のトムとエリーの娘、キャルとは何度か顔を合わせているし、下エーギル村のジョンの家族とは、この春、食事を共にした。
年上であるマークとジェニファーに息子が居ても、なんらおかしなことはないのだが──一度も具体的な話を聞かなかったので、ハンスは無意識のうちにその可能性を除外していたのである。
見るからにしっかりしていそうな20歳手前の青年を前に、『いやこっちこそ、2人には世話になってるぜ』と何とか態度を取り繕いつつ、ハンスは内心何度も『落ち着け』と自分に言い聞かせる。
(20年も経ってんだ。これくらいの子どもが居ても当然だろ)
何故だろう、今更ながら、鼻の奥がツンとする──ハンスがその感覚を逃がそうとこっそり深呼吸していると、ネイトが憧れ混じりの目でハンスを見上げた。
「話には聞いてましたけど、背、高いんですね。うらやましいです」
その言葉通り、ネイトよりもハンスの方が頭一つ分大きい。息をするように他人を褒めるのは、なるほど確かにマークの息子だ。
ハンスは心から納得し、半ば無理矢理笑みを浮かべた。
「ありがとよ。けど、ネイトもまだ10代だろ? 20代半ばくらいまでは伸びるぜ、地味に」
「だといいんですけど」
整った顔に苦笑が混ざる。
「父はそんなに背が高い方じゃないでしょう?」
「変に威圧感がなくて、丁度良いと思うがなあ」
ないものねだりというやつか。
美形には美形の悩みがあるらしい。ハンスはそんなことを思った。
 




