58 格好つけてたら仕事は出来ない。
「あ…」
ハンスと目が合った途端、鉱夫の表情が強張る。ハンス自身は彼らを嫌っていないとはいえ、これは少々凹む。
内心地味に傷付きながらも、ハンスは何食わぬ顔でリンを見遣った。
「それじゃあリン、みんなへの聞き取りを頼む。オレはこの奥の方を確認して来るぜ」
「分かりました」
《俺はハンスについて行ってやる。感謝しろよな》
「その余計な一言がなけりゃ、素直に感謝してやるところなんだがなぁ…」
《なぬ》
モクレンの軽口に軽口を返し、ハンスはそそくさと広い空間を横切って奥へと向かう。
何人かはハンスに気付き、最初の一人と同じように固まっていた。まるで魔物と遭遇した時のような反応である。
(…上エーギル村の連中の中で、どういう認識になってるんだか…)
奥の通路に入って、ハンスは溜息をつく。モクレンがぽふぽふとハンスの肩を叩いた。
《珍獣扱いだな》
「珍獣言うな」
まあ魔物よりは珍獣の方がマシか。
気を取り直して、細い通路の奥を見遣る。背後では、リンが鉱夫たちに挨拶する声が響いていた。
一方、前方では、
──っだああ!
──そっ…に行ったぞ…!
「……」
途切れ途切れに、罵声と怒鳴り声と剣戟と打撃音と──まあ概ね穏やかではない音がしている。
モクレンが半眼になった。
《…なあ、なんかすっげぇ間抜けなことになってる予感がすんだけど》
「否定はせんが、言ってやるな」
ハンスは溜息とともに応じ、スタスタと歩き出す。
程なく、また少し広い空間に出た。
そこに居たのは、
「くっそ、ちょこまかと…!」
「避けんな畜生が!」
苛立ちもあらわに武器を振るう冒険者が2人。ハンスの予想通り、エーギル支部所属の不良冒険者、グリンデルとヴァルトだ。
グリンデルは両手剣、ヴァルトは片手剣と盾を構え、数匹のすばしこい生き物を必死に追っている。本人たちは真剣なのだろうが、モクレンの予想した通り、なかなかに間抜けな光景である。
追っているのがそこそこのサイズの二尾ネズミだから、余計に。
《あいつら何やってんだ? 二尾ネズミなんて、魔法で一発だろ?》
モクレンが心底不思議そうに首を傾げた。ケットシーにとっては、こんな狭い空間に居る二尾ネズミはただのカモだ。
が。
「人間の魔法は、ケットシーほど発動が速くないからな。狙っても当てられないんだろ。あと確か、あいつらは魔法がそれほど得意じゃない」
ハンスの記憶が正しければ、グリンデルもヴァルトも魔法剣士──という触れ込みになっている。ただし、『魔法が使えるかどうか』と『魔法を活用できるかどうか』は、全くの別問題である。
つまり、
「──火球!」
グリンデルが放った握り拳にも満たない大きさの火の玉は、軽く放り投げたくらいのスピードで放物線を描いて飛び、何もない岩肌を叩いて消えた。
《うっわあ…》
当然、二尾ネズミはそんなもの、余裕で避けている。ジジッと、馬鹿にしているとしか思えない鳴き声が響いた。
さっさと通路を通って遠くへ逃げれば良いのに、同じ場所をぐるぐるちょこまかと走り回っているのも、2人をおちょくっているように見える原因か。
「この野郎…!」
追撃の剣も、ひらりとかわされる。そもそも二尾ネズミのような小型の魔物を両手剣で斬ろうとすること自体に無理があるのだが、グリンデルはあくまで『冒険者っぽく』倒したいらしい。
(…そういやこいつら、様式美みたいなのに変にこだわるタイプだったな…)
ハンスは呆れながらその光景を眺めた後、おもむろに一歩踏み出した。
丁度左前方に、ヴァルトの攻撃を余裕でかわした一匹が駆けて来る。
「──ふん!」
気合一閃、ハンスの一撃で二尾ネズミの頭と胴体がお別れした。
モクレンが呆れ顔になる。
《剣じゃなくて草刈り鎌かよ》
「倒せればいいんだよ」
右手で草刈り鎌を構え、ハンスは鼻を鳴らした。
秋の農作業ですっかりハンスの愛用品になった、ミスリル混の草刈り鎌。冒険者の武器と考えると見た目はアレだが、切れ味は抜群だ。
…農作業でもないのに何故持って来ているのかという点に関しては、深く突っ込んではいけない。
実のところハンスは、もはや草刈り鎌が腰に吊られていないと落ち着かないのだ。
順調に毒されている、とも言う。
「大体、お前を肩に乗せてるのに背中の剣を抜けるわけないだろ」
《あー、納得》
などと呑気な会話を繰り広げていると、ようやくグリンデルとヴァルトがハンスたちに気付いた。
「なっ…ハンス!?」
「なんでここに!」
「仕事だからに決まってんだろ」
半眼で応じながら、横を走り抜けようとする二尾ネズミを草刈り鎌で瞬殺する。断末魔すら響かせない手際に、不良冒険者2人が沈黙した。
──ヂィッ!
にわかに周囲が騒がしくなった。見れば拓けた空間の奥、そこここにある穴の中に、小さな赤い目がいくつも見える。
「──二尾ネズミの巣か」
二尾ネズミは洞穴などの壁面の小さな穴を巣として使い、集団営巣する。この鉱山は人の手が入っているが、その分強い魔物はほとんど出ないため、営巣地としてうってつけというわけだ。
《よっしゃ、俺の出番だな!》
モクレンがキリッとした表情になって、ハンスの肩から飛び降りた。
「お前、大丈夫なのか?」
《この辺はまだ水の魔素が薄いからな》
ひらり、尻尾を揺らし、
《つーわけで、ほらほらほら、水責めじゃー!!》
ブワッと魔力が膨れ上がり、モクレンが盛大に水魔法を放った。いくつもの水の槍が二尾ネズミの巣穴に突き刺さり、出口を塞ぐ。
そのうちいくつかは、水が赤く染まった。どうやら魔物にクリーンヒットしたらしい。
《出て来たやつらの始末は任せるぜー!》
「おう、任された」
ハンスが改めて草刈り鎌を構えたところでようやく、唖然としていたグリンデルとヴァルトが我に返った。
「お、おい、俺たちの獲物だぞ!」
「横取りするつもりか!?」
「阿呆。こちとら『坑道内の魔物の調査、可能であれば殲滅』っつー依頼で来てんだよ。自分らのノルマを奪われたくなかったらなりふり構わず仕事しろ」
「ぐっ…」
「……ちっ!」
大きく舌打ちしたヴァルトが片手剣をしまい、盾を構えて腰を落とした。一呼吸遅れて、グリンデルも剣をナイフに持ち替える。洞窟内は狭いので、両手剣はかえって邪魔になるのだ。
(…それを承知で使おうとしてたのは、まあ冒険者の矜持ってやつなんだろうな)
そんなモンは鶏にでも食わせておけ──ハンスとしては、その一言に尽きる。
形から入るのも大事だが、形だけに固執すると、容易く足を掬われるのだ。
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