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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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57 エーギル鉱山


 その日はギルドで資料を漁り、装備を整え、翌日、ハンスはモクレンと共に上エーギル村の魔石鉱山──通称『エーギル鉱山』へ向かった。


 エーギル鉱山は、上エーギル村の集落を抜けた先、少し高い位置にある。

 以前は羊やヤギのための共同の牧草地だった斜面が大きく削られ、青み掛かった灰色の岩肌に、坑道の入口がぽっかりと口を開けていた。


 中は魔法道具のランプがぽつぽつと設置されているが、全体を明るく照らすには全く足りない。

 坑道へ向かう上エーギル村の人々──鉱夫たちは、頭に装着するタイプや手で持つタイプなど、思い思いのランプを携えている。


 彼らは当然ながらハンスと知り合いなのだが、目を合わせようとしなかったし、声を掛けて来ることもなかった。ハンスがハンスだと気付いていないからではなく、『下エーギル村のハンス』だと分かっているからこそ避けている。


 その証拠に、


「おうリン、おはようさん」

「おはようございます」

「今日も魔物退治かー?」

「はい、そんな感じです」


 前方、入口から少し離れた所に立っているリンには、彼らは気さくに声を掛けていた。


 冬の間に、それなりに顔を知られるようになったのだろう。上エーギル村の皆がリンに向ける視線は、仲間に対するそれだ。

 良いことなのだが、ハンスに対するのと態度が違いすぎて一周回って笑えてくる。


「──あ、ハンスさん! モクレン! おはようございます!」


 リンがハンスたちに気付き、ぱあっと顔を輝かせると、周囲の鉱夫たちの顔が若干強張った。


 素知らぬ顔でおはようさんと応じ、ハンスはリンに近付く。鉱夫たちがそそくさと顔を背け、坑道に入って行った。


「……えーと」


 あっという間に、周りから人が居なくなった。

 リンが困惑気味の顔で周囲を見渡し、キュッと眉を吊り上げる。


「……あからさますぎません!?」

《すげぇな、虫除け香焚いた時の羽虫みたいだ》


 モクレンもハンスの肩の上で目を瞬く。


「まあ気にすんな。あとモクレン、羽虫呼ばわりはやめとけ」


 ハンスは苦笑して応じた。


「村同士の確執があるからな、そう簡単には行かねぇさ。調査に支障がなければ文句はねぇよ」

「…支障、ありそうです」


 リンが据わった目で呟く。


「私の心象がとても悪いので」

「おいコラ、私情を挟むな」


 仮にも上級冒険者である。どれだけ居心地が悪かろうと、依頼は依頼として遂行しなければならない。


「オレは周囲の状況確認を中心にやるから、リンは現場の連中の聞き取り調査を頼めるか? この状況じゃ、それが一番スムーズだろ」

「……分かりました」


 返答までに間があったのが妙に引っ掛かるが、ハンスは気にしないことにして坑道の入り口に足を向けた。


《なあ、俺の仕事は?》

「あー、モクレンは魔法で付近を照らしてくれ。照明係だ」

《任せとけ!》


 モクレンが肩から飛び降り、早速魔法の明かりを浮かべる。


 ひやり、坑道から風が吹いた。

 周囲よりむしろ暖かい風のはずなのに、何故かほんのり背中が冷える。


(…なんだ…?)


 その違和感を振り払うように、ハンスはパシッと胸の前で右拳と左掌を打ち合わせた。


「──さて、それじゃあリン、モクレン、よろしく頼むぜ」

「はい!」

《合点!》





 坑道の中は、一面青み掛かった灰色の岩肌。

 所々に白っぽい脈が走り、キラキラとした結晶が見える。


「…石英か」


 一応ハンスも、探索系の知識はそれなりにある。

 白い脈をひとしきり観察してハンスが呟くと、リンが頷いた。


「はい、この辺りは大体こういう感じみたいですね。もう少し進むともう1段、灰色が濃くなって、その辺りから奥が水の魔石の採掘ポイントになります。坑道自体は、それほど長くありません」


 リンは既に何回か坑道の魔物退治の依頼を受けているので、内部にも詳しい。


「この鉱山は『生きている』鉱山なので、それほど坑道を拡張しなくても繰り返し魔石が採れるそうです」

「『生きてる』…ああ、だからか」


 ハンスは納得して呟いた。


「さっきから妙に背中が冷えると思った」


 『生きている』鉱山──変わった表現だが、魔石鉱山に関しては、この言葉が使われる。


 具体的には、過去に魔石が形成されこれ以上は増えない、つまり取り尽くしたらそれで終了なのが『死んだ』鉱山、今現在も魔石が形成され続け、時間を置けば繰り返し魔石を採掘出来るのが『生きている』鉱山である。


 魔石は地下を巡る魔素が何らかのきっかけで結晶化したもの。

 よって、死んだ鉱山になるか生きている鉱山になるかは、その場に存在する、あるいは流れ込む魔素の量に依存する。


 このエーギル鉱山は、典型的な『生きている』鉱山だった。

 そのため、


《水属性の魔素がすっげぇ溜まってるな。水の中じゃないのに溺れそうだぜ》


 モクレンが若干気持ち悪そうにヒゲを震わせる。魔法に長けたケットシーは、人間より魔素の気配に敏感なのだ。


《なあ、やっぱ肩乗せてくれ。多分上の方がマシだ》

「あー…分かった」


 ハンスが頷くと、モクレンは即座に跳躍した。ハンスの肩の上で、ブルルッと全身を震わせる。


《うぇ、ゲップが出る》

「そのまま吐くなよ」


 口を半開きにして舌を出しているが、一応、地面の上よりマシらしい。

 耐えられなくなったら言えと釘を刺して、ハンスは坑道の奥へと歩を進めた。


 程なく、分岐に差し掛かる。


 ここまで、作業員とはすれ違っていない。耳を澄ますと、左右のうち、右の坑道からガツンガツンと音が聞こえて来た。


「今日はあっちで採掘してるみたいですね」


 繰り返し採れるとはいえ、魔石が再形成されるのには時間が掛かる。一度採掘した場所は一定期間休ませるため、現場は日替わりになるのだ。


「…よし、ならまずは作業してる場所に行ってみるか」

《え、わざわざ険悪な相手の所に行くのかよ》

「別に俺個人は何とも思ってないからな」


 相手に嫌われているからといって、自分が相手を嫌う道理はない。まして相手は上エーギル村の住民、ハンスにとっては昔馴染みだ。

 今は下エーギル村といがみ合っていると言うが、それすらハンスにとっては半ば他人事。

 何故なら、仲が悪くなるきっかけとなった出来事にハンスは直接関わっていないからだ。


(…大体、その『仲が悪くなるきっかけ』っつーのも、なーんか引っ掛かるんだよな…)


 何がと具体的に説明出来ないのだが、何かがおかしい。冒険者としての20年の経験から、ハンスは自分のその手の感覚を信じることにしていた。


 モクレンが浮かべる明かりを頼りに右の坑道を進み、さらにいくつか分岐を曲がると、行く手が明るくなってくる。


「おっ、着いたか?」

「ですね」


 などと言っている間に、広い空間に出た。


 高さはハンスが思い切り手を上げたら辛うじて天井に触れるくらい。幅と奥行きはハンスの部屋より大きい。全体が濃い青灰色の岩盤で、その中にぽつぽつと、明るい青色の輝きが見えた。


 この場に居る鉱夫は、6人。皆思い思いの場所でツルハシやハンマーを振るっている。

 そのうち一人が汗を拭いながら周囲を見渡し、ハンスたちに気付いた。








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