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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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52 下エーギル村の冬


 『おー寒い寒い』と勢いよくハンスの家に駆け込むモクレンを見送った後、ハンスが隣家方面へ向けて除雪を続けていると、前方から元気よく駆けて来る者が居た。


「おー! ハンス!」

「ジョン! …お前なんで生身で雪かき分けてるんだよ」


 ハンスが胡乱な顔になるのも道理。


 ハンスの幼馴染、元モヤシ現ゴリマッチョのジョンは何故か半袖姿で雪を蹴立てて歩いていた。ラッセルと言うにも豪快すぎる勢いだ。


「ん? 除雪だよ除雪。ほら」


 ジョンの腰には太いロープが結わえてあった。その先はジョンの背後、三角柱の形に組まれた木の板に繋がっている。


 幅1メートル、長さ1.5メートルほどのやや細長い二等辺三角形の底板に、3枚の長方形の板を打ち付けて作った、ハンスの腰くらいの高さの三角柱。蓋はされておらず、レンガや大きめの石がいくつか入れられている。

 ロープは一番尖った角についていて、ジョンが進むと三角柱が引きずられ、雪が左右に押し退けられるという仕組みだ。


「これならスコップ使うより速いだろ?」

「あー、そうだな…?」


 得意気なジョンに、ハンスは若干引き気味に頷く。


 三角形の構造物を使った除雪は、ハンスにも馴染みがあった。ユグドラの街の大通りの除雪作業でよく使われている方法だ。

 ただしハンスの記憶が正しければ、街でそれを引っ張っていたのは()()ではなく、()である。

 三角柱そのものの重さに雪の重さや摩擦力が加わるため、到底人間の力では動かせない──はず、なのだ。


「…よく引っ張れるな」

「ウチで切り出す材木よりは軽いからな!」


 ハンスが呟くと、ジョンはからりと笑った。


 ジョンは林業に従事する、いわゆる『木こり』である。主に針葉樹の林の手入れをして、大きく育った木を材木として切り倒し、出荷する。

 出荷サイズの木はおおよそ樹齢50年以上、太さはハンスの胴回り以上。長さは、枝葉を切り払って丸太の状態にした後でも、2階建ての家の高さと同程度。


 ジョンやジョンの父親は、それを普通に()()()()()()()のだ。


「まあ…うん、あれよりは軽い、んだろう、な…」


 その光景を思い出し、ハンスは遠い目になる。


 初めてそれを目の当たりにした時、ハンスはまず自分の目を疑い、次に頭を疑い、最後に材木が何か特殊な──非常に軽いものなのではないかと疑った。

 ところが、試しに持ち上げてみようとしてもびくともせず、結局おかしいのは自分の認識能力でも材木でもなく、ジョンたちの方だという結論に至ってしまった。


 いくらマッチョと言ってもパワーには限度がある。何故自分よりはるかに重いものをひょいひょい運べるのか、ハンスには分からない。


(身体能力増強系のスキルって線もあるが…ジョンのところは親父さんもじーさんも同じような感じだからなあ…)


 『スキル』とは個人が持つ特殊能力のことである。

 魔法とは異なり、使える者は非常に稀で、その能力も千差万別。基本的に遺伝はしないので、ジョンの一族全員が同じスキルを持っているとは考えにくい。


 やはり日頃の鍛え方の差だろうか──などとこっそり自分の腕を見下ろすハンスをよそに、ジョンは木の三角柱を軽々持ち上げ、ズン、と反対向きに置き直した。


「ハンスん家までは開通したな! じゃ、俺は村長のとこまで道を繋いで来る!」

「分かった。オレは井戸までのルートを確保しておく」


 ハンスが言うと、ジョンは不思議そうな顔になった。


「今年の冬はみんな給水装置を使うんじゃないか? 魔石も相当安く手に入ったし」


 つい数日前、ナターシャ率いるラキス商会が、野菜などの買い付けのついでに大量の魔石を売りに来た。

 魔石の売値は、街でまとめ買いするときのおおよそ3分の2。あまりの安さにマークは言葉を失っていたが、他の面々は素直に喜び、野菜や羊毛など各家の生産物を売ったお金で魔石を買い求めていた。


 ジョンの家の場合は材木の卸し先は直接契約している材木商と決まっているので、ラキス商会には間伐材から作った薪を売って、魔石を買っていた。

 どの家も、水の魔石と火の魔石ともに、この冬の分くらいは十分確保できている。


「だからこそ、だな」


 ハンスは苦笑した。


「みんな給水装置を使ったら、冬の間、井戸は全く使わなくなるだろ? けど、春になったら使うんじゃないか? 人間用じゃなくても、家畜の飲み水とか、散水とかな」


 そうなると、いざ使おうとしたときに井戸水が劣化している可能性がある。使わないと言っても、定期的に水を汲み上げて中身を入れ替えておいた方が良い。


「あー…」


 ハンスの説明に、ジョンが納得の表情を浮かべた。


「そういや前の春、ガイのおやっさんとケットシーたちが騒いでたっけな。『水が腐ってる』とかなんとか…」

「…もうやらかした後だったか」


 マークが井戸のことを気にするのも当然だった。

 一度水質が悪化すると、元に戻すのに何日も掛かるのだ。二の轍を踏みたくないのは当然だろう。


「ま、今年はオレがマークから頼まれてるからな。冒険者が受けた依頼として、きっちり管理してやるさ」


 つい先日、ハンスは冒険者ギルドエーギル支部でその依頼を請け負った。厳寒期が来る前に正規ルートを通して依頼するマークの仕事ぶりに感心したばかりだ。


 ハンスが胸を張ると、そりゃ助かる、とジョンが笑った。


「なら、余裕がある時は井戸へのルートも作っておくぜ」

「マジか。ありがとよ」


 除雪だけでも重労働だ。

 ジョンに心からの礼を述べて、ハンスは除雪作業に戻った。





 ──こうして、下エーギル村に本格的な冬がやって来た。


 家畜たちは小屋に籠り、人々は完全に孤立しないよう除雪に明け暮れる。昔とそれほど変わらない、厳寒期の日々。


 ただし、少し変わったこともある。



 ある朝、ハンスは全身がガチガチに固まった状態で目が覚めた。


《いようハンス! 今日も間抜け面だな!》

「…手前ェ、モクレン。起き抜けにヒトの顔面踏み付けといて第一声がそれか」


 ハンスが目を開けると、目の前にクリーム色のケットシーの鼻面ドアップ。そして、頬に思い切りめり込む肉球の感触。

 仰向けのまま、地を這うような声でハンスが呻くと、モクレンは器用に肩を竦めた。


《なんだよ、サービスだろー? 寒くないようにみんなで布団に潜ってやったし》

《だよなー》

《ホッカホカだったでしょー?》


 周囲から得意気な念話が響く。それは当然、モクレンのものだけではない。


 ハンスは眉間に深いしわを刻んだ。確かに温かかった。むしろちょっと暑いくらいだった。

 が。


「おかげでオレは全く寝返りが打てなかったんだが?」


 掛け布団をちょっとめくると、ハンスの右わき腹、左の腰の横、そして太ももの間と左足首の上に、それぞれ毛色の違うケットシーが寝転んで、目を爛々と輝かせていた。

 胸の──と言うかほぼ顔面の上に乗っかっているモクレンと合わせて、合計5匹のケットシーがベッド上に集っていることになる。冬の間ハンスの家に滞在すると宣言したケットシー、全員だ。

 どう考えても、ハンスが寝返りを打てるスペースはない。


 そしてハンスは、何だかんだ言いつつも、ケットシーを押し潰す勢いで寝返りを打てるような性格ではなかった。


《そりゃ仕方ない。ケットシーと同衾(どうきん)する人間の宿命ってやつだ》


 全身が固まって腰と背中に激痛が走っている現状を『宿命』の一言で片付けられ、ハンスはちょっと目に涙を滲ませて叫んだ。


「お前ら1階で寝ろよ! ケットシー用のベッドあるだろ! それかせめて半分くらいオヤジたちの部屋に行け! なんで5匹全員オレんとこに来るんだよ!?」


 その主張と突っ込みに、ケットシーたちは顔を見合わせ──


《え?》

《そりゃあ…》

《当り前よね?》

《うん》

「…あん?」


 ハンスが胡乱な顔をすると、至極当たり前という態度でモクレンが言い放った。



《ハンスの加齢臭(ニオイ)が一番好みだからに決まってんだろ?》


「………嬉しくねえ──!!」








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