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5 無自覚年下キラー


 冒険者ギルドエーギル支部での転属手続きを終え、ハンスは何とか表情を取り繕って上エーギル村の中を歩いていた。


 上エーギル村は人口が増えた分、昔の知り合いに遭遇する可能性は低い。それに、20年も前のことを引き合いに出してからかって来るような相手もそうそう居ないだろう。

 ハンスは必死に自分に言い聞かせる。


 ──が。



「よう久しぶりだなハンス! 失恋の痛手からは立ち直ったのか!?」


「!」


 バン!



 新しく出来たらしい雑貨店のドアを開けたら店主らしき男に朗らかに声を掛けられ、ハンスは反射的に思い切りドアを閉めた。

 通行人が何事かと振り返る、その視線がハンスの背中に突き刺さる。


「おいおい、ドアを壊してくれるなよ」


 ドアノブを握ったまま固まっていたら、内側からドアが開いた。


 砂色の髪に緑色の目。ひょろ長いように見えて筋肉質の体格に飄々とした雰囲気──ハンスはすぐに思い至った。


「トム! お前出会い頭に何言ってんだ!」

「なんだよ、久しぶりの再会に文句つけるなって」


 ハンスの心からの叫びを、男──トムは肩を竦めて受け流す。


 エリーと同じく、学舎でハンスと机を並べた幼馴染のトム。

 昔から頭の回転が速く口が達者で、ジョンとハンスを唆して悪戯の実行犯に仕立て上げ、怒られる2人を見て背後で笑い転げていた。

 なお大人たちには誰が仕組んだかはバレバレで、その後3人揃ってお説教を食らうまでが一連の流れである。


 そんな悪童その3も、子どもの頃に比べたらずいぶんと落ち着いた。

 それもそのはず。


「お父さん、お客さんなら中に入ってもらいなよ」


 トムの背後から、10代半ばほどの少女が顔を出した。


「おお、そうだな。ハンス──……どうした?」


 トムが平然と頷いてハンスに視線を戻し、胡乱な顔になる。


 幼馴染が急に父親の顔になった衝撃に固まっていたハンスは、内心の動揺を押し殺して首を横に振った。


「…いや、何でもない」

「そうか?」


 その後招かれるまま店内に入って、ハンスは感嘆の溜息をつく。


「すごいな…」


 店内にずらりと並ぶ背の低い棚には、保存の効く食品や調味料、ちょっとした食器類に調理器具、文房具などがぎっしり陳列されている。

 右側の壁際にはハンガーラックが置かれ、掛かっているのはこれからの季節に必須のコートや防寒具。床には毛皮のブーツも何足か。

 ハンスには、そのコートやブーツの形状に見覚えがあった。下エーギル村か上エーギル村で作られた物だろう。

 この辺りは寒冷地で、半年近く雪に埋もれるので、家の中で出来る手仕事も盛んなのだ。


「良い店だろ?」


 トムがにやりと笑って胸を張る。


「鉱山で採れる魔石には負けるが、ウチの村の毛皮で作った防寒着は評判が良くてな。商人からの引き合いも多いんだ」

「牧畜もまだ続いてたのか」

「……まあ、昔に比べたら減ったけどなあ」


 飄々とした笑みに苦いものが混じった。


 上エーギル村で牧畜を行っていた村人たちは、鉱山開発が始まると次々鉱夫へ転身した。

 鉱夫なら魔石を掘れば掘るだけお金になるし、飼っている羊やヤギの健康に気を遣わなくていいし、急に変わる山の天気も気にしなくていい。

 無論、落盤事故など気を付けなければならないこともあるが、牧畜より実入りが良いと聞けば転向するのも当然と言えよう。


 結果、今では村外れの2軒の家だけが昔ながらの牧畜を続けている──そう聞いて、ハンスは気付いた。


「あれ、その家って確かお前んとこの」

「ああ。ウチの実家と叔父貴の家だ。つっても、実家はもう兄貴が継いでんだけどな。オヤジはちゃっかり鉱山で働いてるぜ」

「…オヤジさん、相変わらず元気だなあ…」


 トムと同じ砂色の髪の、ひょろ長い男性がハンスの脳裏に浮かぶ。


 ハンスの父ポールと違ってお喋りでフットワークの軽い、自分の足でヤギや羊を追い掛け回す牧羊犬も真っ青の男性だ。

 老けたけどな、というトムの一言で脳裏に浮かぶイメージが一気に白髪になり、ハンスは頭を振ってその想像を振り払う。いくらなんでもそれはない。


「…しかし、それでお前は雑貨屋か。思い切ったな」

「まあ昔っから商売には興味があったからな。何も知らん田舎者が直接街の商人と取引したんじゃ、ぼったくられる可能性もあるだろ? 窓口があった方が良いと思ったんだよ」

「そういうもんか」


 ハンスは納得して頷いた。


 実際、農家や畜産家が商人に格安での取引を持ち掛けられることは、ままある。田舎の人間は街の相場を知らないことが多いため、そこにつけ込まれるのだ。

 なお契約を結んでしまったら、それがどんなに不平等な内容でも『無知だったお前が悪い』と言われるのがこの国の文化である。基本、泣き寝入りするしかない。 


 その意味で、取引の窓口になろうというトムの判断は正解と言えよう。


「エリーにも『商売で失敗しても私が養ってあげるわ』って背中を押されたんでな」

「…」


 突然出て来た名前に、ハンスはピタッと動きを止めた。うん?とトムが首を傾げる。


「あれお前、知らなかったか? エリーと結婚してもう16年経つんだが」

「………いや、知ってる」


 ハンスはそっと目を逸らしながら答える。


 知っているもなにも、昨夜、ハンスは散々スージーから聞かされていた。


 ジョンは14年前にユグドラの街で知り合った女性と結婚して12歳と10歳の子持ち。トムとエリーは16年前に結婚して15歳と12歳の子持ち。

 同年代の幼馴染の中で、独身なのはハンスだけ。


 告白する前に失恋して初恋を究極に拗らせたハンスにはもはや結婚願望などないのだが、こうして友人たちが所帯を持っているのを目の当たりにすると妙に居たたまれなくなる。

 現実とは非情である。


 はーん、とトムが意地の悪い笑みを浮かべた。


「さてはお前、恋人の一人も居ないな? まあでなきゃ、20年も経ってから田舎に戻って来たりしねぇよな」

「んぐっ」


 図星を突かれたハンスが変な声を出した。


 冒険者になって20年。女性冒険者と肩を並べて戦ったり祝杯を挙げたりすることはあっても、残念ながら良い仲になったことはない。

 友人と呼べる女性はそれなりに居るから、決して女性に嫌われているわけではない。──と、ハンスは思っている。


「良い相手、紹介してやろーか?」

「余計なお世話だ」

「お父さん、なにお客さんいじめてるの」


 ドアを開けて奥から出て来た少女が、トムに冷たい視線を注ぐ。

 ポットとティーカップを載せたトレイを両手で捧げ持っているのを見て、ハンスは少女に近付き、少女が足で開けていたドアをサッと片手で支えた。


「あ、ありがとうございます」


 少女が恥ずかしそうに礼を述べる。


 エリーと同じ若草色の髪に、トムと同じ緑の瞳。顔立ちはエリーに似ているだろうか。

 ハンスは懐かしさを感じながら、気にするなと応じる。


 少女はカウンターにトレイを置くと、元の位置に戻ったハンスに向けて丁寧に頭を下げた。


「改めまして、トムとエリーの娘の、キャルです。よろしくお願いします」


 ハンスが家出した歳より一つ上なだけなのに、ずいぶんしっかりしている。

 うっかり自虐的な思考に陥りそうになったがそこはなけなしの大人のプライドで自制し、ハンスはその場に片膝をついてキャルと目線を合わせた。


「ご丁寧にどうもな。オレはお前の両親の幼馴染の、ハンスだ。これからはこっちの冒険者ギルドにもちょいちょい顔を出すから、よろしくな」

「はいっ!」


 にかっと笑い掛けると、キャルは花が咲くように笑う。

 頬を赤くして奥に戻って行くのを、ハンスは微笑ましく見送った。


「素直で良い子だな──…おい、どうした?」

「………」


 トムは親の仇でも見るような目でハンスを見詰めていた。

 『そうだよ…こいつはそういうヤツだった……』とおどろおどろしい声で呟き、深く溜息をつく。


 そして、


「お前、本っ当に変わってねぇな!」

「は?」

「娘はやらんぞ!!」

「どういう流れだよ!?」


 突然の宣言に、ハンスは力一杯突っ込んだ。




 ──オリーブグリーンの髪に茶色の瞳で、顔立ちはそれなりに整っているものの一見ぶっきらぼうに見える、この男。


 実のところ昔から、口調は乱暴ながらも無意識かつ自然に相手に手を貸し、当たり前に目線を合わせて話をする上、笑った顔が大変格好良いと、同年代から年下の女性陣にかなりの人気を博していたのだが──ジェニファーしか目に入っていなかった上に致命的なレベルで鈍感なハンス本人は、その事実に全く気付いちゃいなかったのである。








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