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49 農家ってこんなんだっけ?


 世界樹──厳密には『世界樹の枝』だが、管理する上では見た目通りそれぞれ独立した株であると認識して問題ないので、単に『世界樹』と呼称しても構わないだろう──の枝の剪定は、収穫を兼ねた作業である。


 伸びすぎた枝を短く切り戻し、複数の枝が集まって込み入った部分は枝を間引いて風通しを良くする。

 切った枝は背負い箱に回収し、持ち帰って後ほど王立研究院の助手に引き渡す。


 説明を聞いた限りでは簡単に思えたその作業は、案の定と言うべきか、ハンスにとって困難を極めた。


 まず、『伸びすぎた枝』の区別がつかない。『込み入った部分』の判断基準が分からない。

 どのくらい短くすればいいのか、どのくらい枝数を減らせばいいのか、そのあたりの指針も、あるようで、ない。


 何故ならポールも大方感覚で作業していて、その感覚を言語化出来ていなかったからだ。


 よって、


「オヤジ、この枝は?」

「…そういう枝は切らなくていい。他の枝の邪魔にならない」

「真っ直ぐ上に伸びてて、他の枝の成長を邪魔しないやつは切らなくていいんだな。じゃあこっちの端のやつの、外に向かって伸びてる枝は?」

「根元から切る」

「…この広場からはみ出ない方が良いからか?」

「それもあるが、そのまま伸ばすと通路がなくなる」

「あー…人間が通れる隙間が要るのか」


 ハンスは具体的にそれぞれの枝の対処をポールに尋ね、判断基準を明確にするところから始めた。


 大変面倒で地味な作業だが、そこをはっきりさせておかないと後々困る。『枝を切りすぎると立ち枯れる』などと言われたらなおさらだ。


「あっちのごちゃっとしてるところは、枝を間引けばいいのか?」

「そうだ」

「どれくらい減らせばいい?」

「…半分くらいか。上と横から見て、枝が重ならないようにする」

「枝が重ならないように…じゃああの上下に重なってる2本だったら、どっちを切る?」

「上になっている方を切る」

「…上のやつの方が太くて元気っぽいぞ?」

「元気すぎる。残しておくと、来年、他の枝に干渉するくらいまで伸びる」


 明らかに勢いのある方を『切れ』と言われ、ハンスはがしがしと頭を掻いた。


「分かったような、分からないような…」

「どうしても分からなければ、世界樹に訊け」

「へ」


 オヤジがいきなりメルヘンなことを言い出した──ハンスは一瞬そう思い、すぐに気付く。


(いやメルヘンもなにも、事実だな)


 試しに、目の前にある明らかに伸びすぎた枝を握ってみる。


 ただの木にしか見えないのに、ぎゅっと力を籠めたら枝がびくっと震えた。細長い魚の胴体を手掴みした時のようで、ちょっと気持ち悪い。


「あー、この枝、半分くらいで切っていいか?」


 ハンスが問い掛けると、近くの別の枝が縦にばさりと1回揺れた。頷いたようだ。


「じゃあこのへん──うおっ!?」


 適当な位置にハサミを入れようとした途端、握った枝の先端が激しく左右に振られた。確認せずとも分かる──『そうじゃない』の意だろう。


「おいこら暴れるな! もっと先端に近い──いや、根元に近い方だな!?」


 枝の反応を見ながらハサミの位置をずらして行くと、枝の分岐から3分の1程度の位置で枝がビチビチ動くのをやめた。


「…ここか?」


 ハンスが訊いても、さっきまでの暴れっぷりが嘘だったようにスン…と静まり返っている。そのギャップが逆に怖い。


「じゃあ切るぞ」


 一応ちゃんと宣言してから、ハンスはハサミでちょきんと枝を切った。

 思ったより手応えは軽く、切られた枝はずしりと重い。


 成人男性の身長の半分のほどの長さの枝を、ハンスは背負い箱に放り込む。

 途端、


「ぶわっ!?」


 後頭部を思い切り叩かれた。


 顔だけ動かして見遣ると、背負い箱に入れられた枝がしなやかかつ激しくビチビチしている。


「切ったのにまだ生きてるのか!?」

「世界樹だからな」

「元気すぎるだろ!」


 明らかに後頭部を狙っている活きのいい枝を無理矢理掴み上げ、ハンスはそれをポールの背負い箱に放り込んだ。

 瞬間、またスン…と静かになる。いや、『スン』と言うよりは『シュン…』の方が近いだろうか。


「…なんでオヤジの近くだと大人しくなるんだよ」


 ハンスは思わず半眼になった。とても納得がいかない。


 ポールが珍しく肩を竦めた。


「懐かれたな、ハンス」

「どこがだよ。遊ばれてるとしか思えねぇよ」



 実際、ハンスのその言葉通り──


 本格的に作業を始めると、世界樹は様々な反応を示し始めた。


 切る位置をきっちり指定したくせに、いざ切られるとなったら何故かブルブル震え始めたり、


「だー! 怖がんな! こっちが怖いわ!」


 ビチビチ動いて掴まれないギリギリの間合いで逃げ回ったり、


「虫食い跡アピールしながら逃げんなー!」


 大人しくしていると思ったら、ハンスが通り過ぎた瞬間に後頭部を叩いて来たり。


「オイ今オレの頭叩いて来たのどいつだ。正直に申告しろ。切ってやる」


 切ろうとした枝をそっと引っ込めて他の枝で隠したり。


「隠すな! その枝残したら後で自分が困るだろ! もう他の枝と絡んでんだぞ!!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、ハンスは何とか作業を進めて行く。


 黙々とハサミを動かすポールとの落差がひどい。

 世界樹がハンスをあからさまにからかっているのだが、ハンスのオーバーリアクションがそれを助長していることに、本人は気付いていない。残念ながら。


 ハンスを困らせるものはもう一つあった。地面に広がるエリク草の群生である。

 越冬形態──タンポポなどで言うところの『ロゼッタ型』、地面にぴったりと張り付いて葉を展開する形になっているため、どう気を遣っても踏んでしまうのだ。


 ポールは『多少踏んでも問題ない。むしろ少し踏まれた方が強く育つ』と言うが、貴重な回復薬の原料である。

 ハンスからすると、野生のものを踏もうものなら冒険者仲間から白い目で見られるのは必至、用もないのに生息地に入ることすら憚られる。

 そんなものを世界樹の枝の剪定のために踏めと言われる時点で大混乱だというのに、ここで育つ世界樹たちは巧妙に『エリク草を踏まざるを得ない位置』にハンスを誘導するのだ。


 最初は神経を遣って爪先立ちで作業していたハンスだが、その爪先で1株がっつり地面にめり込ませてしまい、方針を変えた。靴裏全体で優しく踏んだ方がむしろダメージは低いだろうと気付いたのだ。

 なお歩き方を変えた途端、世界樹はハンスの通行ルートを制限するのをやめた。色々と徹底している。




 そんなこんなで──一通りの作業を終える頃には、ハンスは例によって疲労困憊になっていた。


 ざわざわと笑うように葉を揺らす世界樹たちの前、剪定した枝がみっしりと詰まった箱を背負い、ハンスはがっくりとその場に膝をつく。


「くっ…なんなんだよウチの仕事は…」

「ごく普通の農家だが」


 ポールは淡々と答えた。

 確かに、育てているのは野菜に草に樹木っぽい何か。農業以外のなにものでもない。

 が。


「…絶対違う…絶対普通じゃねぇ…」


 ズモモモモ、と何やら黒いものを背負い、ハンスが呻く。


「農家っつったら、街の連中が『良いな、誰にも命令されずに田舎で悠々自適なスローライフ!』とか言うやつだぞ!? これのどこが『スローライフ』なんだよ!?」

「…」


 ポールが心の底から気の毒そうな目でハンスを見遣り、珍しく饒舌に答えた。


「……ハンス。普通の農家は、作物の成長度合いと季節の移り変わりと天候に左右される仕事だ。毎日自分でやるべきことを決めるのは確かだが、『悠々自適』でも『スローライフ』でもない」


 種をまけば作物はどんどん成長するし、季節の移り変わりも天候も、人間がどうこう出来る範疇にはない。

 むしろそれに振り回されて七転八倒しながらそれでもなお畑と向き合い続けるのが、農家である。


 もっと言えば、そうやって苦労して育てた作物が適正価格で取引されるかは時の運で、人件費や労働の負荷量や拘束時間の長さや作業中のリスクその他諸々を加味して冷静に『事業として』考えると、色々と割に合わないことの方が多い職業である。


 世界樹の世話は…まあかなり特殊な部類には入るが、それを抜きにしても農家が『スローライフ』であるはずがなかった。


 どうしようもない正論に、ハンスはうぐっと言葉に詰まり──天に向かって吼えた。



「誰だ『農業=スローライフ』とか抜かしたド阿呆は──!!」








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