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48 世界樹とエリク草


 一応『枝』だということで納得し、ハンスは改めて広場を見渡す。


 さざ波のように連動してざわめいているのを見ると、確かに同一個体というか、何らかの繋がりはあるように思える。


「…にしても、なんでこんなところに世界樹の枝が」


 ハンスが呟くと、



「ここで()()()()()()からだ」



 理解できない単語が飛んで来た。


「…………は?」


 ポールは、当たり前の顔で枝切りバサミを持っている。ということは、つまり──


「今日の作業は、世界樹の枝の剪定だ」

「待てー!?」

「なんだ」

「いや、意味が分からねぇよ! なんだ世界樹栽培してるって! ウチって昔からそんなんだったのか!?」

「…いや」


 ポールは一旦ハサミを仕舞い、再度ハンスに向き直った。


「ここで世話を始めたのは5年ほど前だ。王立研究院から頼まれた」

「へ」

「生きた枝が手に入ったから、何とか()やせないかと」


 その説明でハンスは思い出した。


 ユグドラの街にある王立研究院の支所は、昔から南の世界樹について研究している。

 世界樹の枝も葉も実も貴重な錬金術薬の材料になるから、栽培できるものならしたいと考える者は多いだろう。


 …それでポールに声が掛かる理由が、ハンスには分からなかったが。


「…なんでオヤジに頼むんだ…?」

「ウチはエリク草を栽培しているからな」

「は? エリク草って…──エリク草!?」


 ハンスはまたも叫んだ。


 エリク草とは、世界樹の素材と同じく錬金術薬の材料になるハーブの一種である。

 効果の高い回復薬の作成には欠かせないのだが、生育出来る環境が限られているため、一般的には自然に生えたものを採取して使う。

 生えるのは、主に人里離れた森の奥や山岳地帯の中腹。エリク草の採取は、冒険者にとっては『採取系依頼』の中でも高ランクに位置付けられる仕事だ。


 が。


「その辺に生えてるだろう」


 ポールが身振りで示す先、世界樹の枝が生えるエリア一帯に、タンポポのような切れ込みのある葉を持つ草が結構な密度で生えていた。

 まるっきり雑草、あるいは果樹園の下草のような風情だが、よく見ると葉脈は透き通った水色で、普通の植物とは全く違う。


「……うっわ…」


 ハンスは顔を引き攣らせて呻く。

 こんな群生は、野生のエリク草の生息地でもそうそうお目に掛かれない。感嘆を通り越してドン引き案件である。


「……そういや10年以上前に、王立研究院がエリク草の栽培に成功したとかなんとか…」

「おそらく、これのことだ」


 ポール曰く、エリク草も15年ほど前、王立研究院がここに持ち込んだという。


 最初は森を切り拓いたこの場所を畑のように耕して、研究員が自ら試行錯誤していたが、その年の冬のあまりの厳しさに耐え切れず、エリク草の種だけ残してあえなく撤退。畑仕事の助言をして手伝っていたポールが作業を引き継ぐことになった。

 有り体に言えば、実作業の丸投げである。


「…よく引き受けたな」

「作物に罪はないからな」


 ポールの性格上、人の手が入った場所や種を放っておけなかったのだ。


(流石筋金入りの農家…)


 とはいえ、最初から全てが順調だったわけではない。


 手元にあるのは『種』だったため、ポールは発芽条件を見極めるところから始めた。

 2、3粒ずつ水に浸けたり砂に埋めたり畑に直まきしたりと、条件を変えてまいてみたが、10日経っても20日経ってもうんともすんとも言わない。


 結局、安定して発芽させられるまで3年掛かった。


「…3年…。ちなみに、どうやったら発芽したんだ?」

「秋に種をまいて光を浴びないよう少し厚めに土を被せ、常に湿った状態で1年待つ。冬の寒さと夏の暑さを両方経験しないと発芽しない。途中で水切れを起こすと発芽しないまま枯れる」

「…」


 素人のハンスでも分かる。

 普通の農作物と比べると、とんでもなく難解な条件だ。


 とはいえ──世界には『山火事に遭わないと発芽しない植物』や『一度特定の種類の鳥に食べられて、果皮を消化された上で排出されないと発芽しない植物』なども存在するので、それらよりはまだ(やさ)しい部類かも知れない。

 少なくとも、人間が1年間、気を配っていれば何とかなる。


 なおポールがその条件に気付いたのは、1年前に種をまいた場所のうち丁度湿地のようになっているエリアでのみ、エリク草が発芽したからだ。

 普通だったらどこに種をまいたかなど忘れそうなものだが、ポールはきっちりノートに作業内容を記録しているため、いつ、何粒、どのように種をまいたかを具体的に遡れたのである。

 厳つい見た目に似合わず、几帳面な男なのだ。


 ちなみにその後、エリク草発芽の報を受けた研究員が残った種を持ち帰り自分の温室で発芽を試みたが、全く上手くいかなかった。

 『恐らく寒さと暑さを両方経験しないと発芽しない』というポールの推測を軽視し、結果的にその推測が正しかったと証明してしまったわけである。


 以来、研究員本人が村に来ることはなくなり、その助手が定期的に村を訪れ、ポールから栽培の成果を受け取っている。

 世界樹の枝を栽培しろと言い出したのもその研究員だが、実際に世界樹の枝そのものを持って来たのは助手である。


 研究成果は全て研究員のものになっているが。


(…王立研究院製の回復薬がやたら増えたのは、オヤジのせいだったのか…)


 従来は冒険者頼みだったエリク草が安定して入手出来るようになったことで、ユグドラの街で店頭に並べられる回復薬の数は格段に増え、それなりに買いやすくなった。

 値段が一定以上に下がらないのは王立研究院の陰謀だなどと言われていたが、なんのことはない、栽培できる量に限度があったというだけの話である。


 ポール曰く、現状、ここ以外で栽培に成功したことはないらしい。


「家の近くの畑じゃダメだったのか?」

「1ヶ月も持たずに枯れた。恐らく、普通の作物とは全く違う生育条件がある。世界樹の枝も同じだ」


 ポールはいつもより饒舌だった。

 王立研究院に任された仕事については、身内以外には教えてはならないという制約がある。スージーは事情を知っているが、世界樹の枝をここに植えて以降、ここには来られなくなった。世界樹の枝が選り好みしているらしく、スージーは通してくれないのだ。

 そのため──実はポールは、ここでハンスと共に作業できるのが嬉しいのだ。


「──では、作業を始める」

「おう」


 ポールが改めてハサミを手に取った。

 ハンスも腰に吊ったケースからハサミを取り出し──



 バサッ!


「うおっ!?」



 顔を上げたら目の前を枝が掠め、思わず仰け反る。


 ハンスの顔面を掃き損ねた枝は、暫くその場でバサバサビチビチと上下左右に悶えた後唐突に動きを止め、シュルシュルと縮んで行った。


「…いや、伸縮すんのかよ!?」

「世界樹の枝だからな」

「『当たり前だ』みたいな顔すんなオヤジ!」


 ちょっとさわさわ揺れるくらいならともかく、世界樹がこんなに活発に動くなど、ハンスは聞いたことがない。冒険者ギルドで読んだ資料にもそんな記述はなかった。

 植物系魔物(トレント)じゃあるまいし、と、ハンスは木のような『なにか』を睨み付ける。


「…こいつら絶対変な性質獲得してるだろ。ウチの村で育てた野菜みたいに」


 野菜は大型化して味が変わる。

 ならば世界樹の枝がビチビチ動くようになってもおかしくはない──気がする。


 ハンスが疑惑の目で見渡すと、それこそ波が引くように、世界樹の枝は一斉に静かになった。うんともすんとも言わなければ、本当にただの木のように見える。


 が。



「…やっぱこっちの言うこと理解してあからさまに態度変えてんじゃねーか!!」



 むしろその反応で確信してしまったハンスは、力一杯叫んだ。









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