38 野菜の売り込み
モクレンがヒエッと悲鳴を上げてハンスの陰に隠れ、ハンスたちは顔を引き攣らせる。
額に青筋を立てたナターシャは、周囲の反応に構わず金色の目をぎらつかせた。
「やっぱりさっさと潰しておくべきだったね…!」
それは体制的にか、それとも物理的にか。ハンスの頭の中にそんな疑問がよぎる。
とてもではないが聞ける雰囲気ではないし、聞いたら聞いたことを心の底から後悔しそうだが。
「お、落ち着いてくださいナターシャさん」
シエナが逃げ腰になりながらも声を上げる。
「あの、アーネストさんはやはり色々問題がある方なんですか?」
「問題がある、どころの話じゃないさ」
ナターシャは鼻息荒く応じた。
「ヤツはこの街のそこそこ大きい商会──ブラウン商会の商会長の息子でね。本人には大した実績もないのに、商会の売り上げを自分の実力だと勘違いしてデカい顔してる大馬鹿野郎さ。昔、別の商会とトラブルを起こして、この街での商取引からは弾き出されたんだが…まさかハンスの村でそんなことをしてるとはね…」
魔物も裸足で逃げ出しそうな唸り声だ。
ハンスはそっと距離を取りつつ、頭を回転させる。
商取引から弾き出されたというなら、アーネストは一体どうやって下エーギル村で仕入れた商品を売りさばいているのか。
(…つーかそもそもアイツ、上エーギル村の魔石を買い付けに来てて、下エーギル村での買取りはおまけみたいなもんなんだよな?)
少なくとも下エーギル村の住民たちはそう認識しているし、実際アーネストは下エーギル村の宿に滞在していただけで、日中は大体上エーギル村に行っていたらしい。
しかし、ユグドラの街で商売できない人間が、魔石を買い付けて意味はあるのか。
ハンスが説明を交えつつその疑問を口にすると、ナターシャは殺気を引っ込め、代わりに苦々しい顔になった。
「上エーギル村の魔石は、王立研究院と直接契約を結んだ商人だけが取り扱えるんだよ。ヤツの実家の商会はそれに一枚噛んでるはずだから、アーネストはその枠を使ってるんだろうね」
《親の七光りってやつか》
ナターシャの殺気じみた雰囲気にビビっていたはずのモクレンが、何事もなかったかのように茶々を入れる。
となると、
「…下エーギル村で買い付けた魔物素材や食材も、実家の商会の名前で転売してる可能性があるな」
ハンスがぼそりと呟くと、ナターシャが片眉を跳ね上げた。
「待ちなハンス。まさか、買い叩かれてたのはワイルドベアの素材だけじゃない、とか言うんじゃないだろうね」
「あー、そのまさかだ」
頭を掻いて、ハンスは自分の圧縮バッグからメモを取り出した。マークが見付けた昔の帳簿の写しと、住民たちから聞き取ったアーネストに売却した物のリストだ。
簡単に内容を説明しつつテーブルに並べると、最近アーネストに売った野菜の値段が書かれた1枚をナターシャが手に取り、即座に呟いた。
「…安すぎるね。買取価格って考えても、相場の2、3割の価格じゃないか」
「あ、ちなみに『野菜』ってコレな」
ハンスがさらに圧縮バッグを漁り、ごろり、子どもの頭くらいのサイズのカブと大人の太ももくらいのさつまいもがテーブルに転がる。
ナターシャたちが一斉に沈黙した。
「………え」
「…何だこりゃ」
「──ハンス。一応訊くが、これは最大サイズかい?」
「いや、下エーギル村の基準だと、普通サイズだ」
野菜のサイズ感は紙面上では分からないだろうと、現物を持って来たのが役に立った。
なおこれは村の住民たちからの預かり品で、味見用を兼ねている。
ナターシャたちの反応を見て、ハンスは確信した──やはり、下エーギル村の野菜は普通じゃない。
「…普通…ですか? これが?」
カブを両手で持ったシエナが、恐る恐るといった様子で呟く。カブに向ける目は、完全に化け物を見る時のそれだ。
このあたりで食べられている『カブ』は大きくても女性の握りこぶしくらいのサイズなので、無理もないが。
「…実はカブじゃないとか…」
「いや、『カブ』だ。多分街で食べられてるのより味も濃いし、名前が一緒なだけで実は別物って可能性も否定できないけどな」
「…絶対別物ですよ、これ…」
ドン引きするシエナの横で、さつまいもを掴んだジークヴァルドが眉間に深いしわを刻む。
「──いや、多分大元のモノは一緒だろ。ナターシャ、どう見る?」
「…ああ。確かに『カブ』は『カブ』だし、『さつまいも』は『さつまいも』だね」
ナターシャが溜息と共に頷いた。
その目の前、空中に文字が浮かんでいる。限られた人間しか使えない、対象の本質を見抜く『鑑定魔法』という特殊な魔法だ。
「育て方が違うとまるで別物になるって話は聞いたことがあるが…ここまで違うと、適正取引価格は普通の2、3倍…いや、味によっちゃ5倍でも安いくらいだね」
「そんなにか?」
ハンスが軽く目を見張ると、ナターシャは真顔で頷く。
「素材にこだわる料理人は多いからね。味次第だが販路さえ確保しちまえば、いくらでも引き合いはあるだろ」
「…なら例えば、アンタに定期買取りを頼んだら、請けてもらえるか? 出来れば、村に買いに来て欲しいんだが」
丁度良く思わせぶりな話が出て来た。ハンスがそれに乗る形で提案すると、ナターシャは少々驚いた顔をして、
「そりゃあ…──いや、味次第だね。デカい野菜は大味だって言うし」
流石に即決には至らなかった。まあそうだよなとハンスは頷き、
「じゃあこれ、持って帰って試食してくれないか? 買い付けるかどうかはその後で決めてくれ」
カブとさつまいもをシエナとジークヴァルドから取り上げてナターシャの前に置き、ついでに圧縮バッグから別の野菜を取り出す。
女性の二の腕くらいあるニンジン、子どもの頭くらいある玉ねぎにジャガイモ。それぞれ一つずつだが、存在感は抜群だ。
「……ええ…」
「こりゃまた、すげぇな…」
野菜がテーブルを占拠している。シエナとジークヴァルドはドン引きし、ナターシャが頭痛を堪える表情になった。
「……ハンス。ひょっとして、他の野菜も軒並みこんな感じなのかい?」
「オレが知る限りでは、そうだ」
ユグドラの街で暮らし始めた頃、ハンスは店先に並ぶ野菜がみんな小さく見えて戸惑った。下エーギル村の野菜の方がおかしいと気付いたのは、かなり経ってからだ。
そう説明すると、ナターシャは深々と溜息をつく。
「…分かった。とりあえず、これは試食用として買い取るよ」
「いや、試食用だからタダで良い」
「は?」
ナターシャがぽかんと口を開けた。ハンスは肩を竦める。
「その代わり、ちゃんと査定してちゃんとした値段を付けてくれ。もう買い叩かれるのは御免だからな」
ナターシャがそんな馬鹿な真似をすることはない。ハンスもそれは承知している。
これはただの言い訳だ。実際は、『試食用ならこれを持って行け』と下エーギル村の面々が寄って集って野菜をハンスに押し付け、誰も彼もが『金は要らん』と言っていたので、ハンスが金を貰うわけにはいかないというだけである。
ハンスは良くも悪くも律儀なのだ。
「…あんた、商売人には向かないね」
「商人になる予定はないから大丈夫だ」
呆れ顔のナターシャには真顔で応じる。
商売人の資質はなくても、真っ当な商人と取引きが出来ればそれでいい。
ナターシャが苦笑して頷いた。
「…分かったよ、任せな。あんた、明日はまだ街に居るかい?」
「ああ。早ければ明後日の早朝に出る乗合馬車で帰るつもりだが、予定は未定だな」
今回は『出張買取りに応じてくれる商人を探す』という重大ミッションがある。ナターシャが引き受けてくれれば良いが、駄目なら他を当たらなければいけないので、スケジュールは未確定だ。
「なら、明日の午後イチ、うちの商会に寄っとくれ。その頃には結果が出てるだろうからね」
「分かった。頼む」
ナターシャとハンスは、ガッチリと握手を交わす。
ちなみに野菜を試食した結果、試食した面子の間でちょっとした騒ぎが起こるのだが──この時2人は、全く予想していなかった。




