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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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34 ヤドリギモドキ


(…まさか…)


 ゴキブリを見付けた時のように、ハンスの背中がゾワッとした。

 軽く周囲を見渡すが、誰も気付いた様子はない。


 ああくそ、と頭を掻いた後、ハンスは揉めている連中に向かって足を踏み出した。


「取り込み中スマンが、ちょっと中断してくれるか」

「あ゛? ──は、ハンス!?」


 振り向いた冒険者たちが目を剥いた。ギャラリーも大きくざわつく中、ハンスは雑に手を振る。


「あー、そういうのはいい。つーかそれどころじゃねぇぞお前ら。一体どこでそんなモンつけて来た?」

「……あん?」

「マントの右肩の後ろ側を見てみろ」

「…?」


 言われた一人がマントを外して広げる。


 黒いマントは、土埃や草の切れ端が付着して薄汚れ、所々擦り切れている。

 だがよく見ると、ハンスの指摘した位置に、赤と紫のまだら模様の米粒のようなものが付着していた。マントの持ち主がヒッと息を呑む。



「ヤドリギモドキの種…!?」


「!」


「げえっ!?」



 その名が出た瞬間、ギャラリーがザッと後退った。


 ヤドリギモドキ──間抜けな名前だが、れっきとした魔物の一種である。

 成体はパッと見、細かく枝分かれしてこんもりと丸く茂った小さな木のようで、名前の通りヤドリギにそっくりだ。

 ただし、主に落葉樹の枝に寄生するヤドリギと違い、ヤドリギモドキは魔物や動物、そして人間に寄生する。


 種子のような状態で生き物の体表に付着すると、『食肢(しょくし)』と呼ばれる根のような器官を生き物の身体に食い込ませて定着、『発芽』する。

 その対象が人間だった場合、素肌に触れていたら2、3時間ほど、服の上からでも丸一日あれば定着完了だ。食肢から麻酔成分が放出されるため痛みは感じず、大抵は『発芽』してから寄生されたことに気付く。


 なお定着してしまった場合は、外科的処置──つまり手術で除去するしかない。

 体内に少しでも食肢が残っていたらそこから再生して殖えるため、取りこぼしがないよう、かなり広範囲を『除去』することになる。

 例えば手の甲に生えていたら、発芽直後でも肘あるいは肩までバッサリ切り落とすのが普通だ。


 今回種が付着していたのは、『右肩の背中側』。発芽していたら除去しようがない部位である。皆が青くなるのも当然だった。


 なお除去せずにそのまま放置した場合、ヤドリギモドキはどんどん食肢を伸ばし、宿主の血肉や魔力を吸って急速に成長する。

 宿主の体力や魔力の強さにもよるが、概ね1ヶ月程度で宿主の『中身』を吸い尽くし、死に至らしめる。

 その後、食肢を根元から切断して転がって移動し、自らのトゲを使って木の上に登り、普通のヤドリギに擬態して、種を作りながら待機。

 木の下を獲物が通り掛かったら、表面に粘着物質を纏わせた種を投下する──それがヤドリギモドキの生態である。


 本体は燃やせば倒せるし、動きも素早くない──と言うか、人前ではほぼ動かない。

 だが、魔素から直接発生するだけでなく単為生殖も可能で、一度寄生されたら事実上なすすべがないという点で、非常に厄介な魔物と位置付けられている。


 このユグドラの街周辺では比較的ポピュラーな魔物なので、ハンスも新人たちには必ず教え、『ヤドリギっぽいものが付いている木の下には近付かないように』と注意を促していた。


 それが何故、仮にもベテラン冒険者の肩に付いているのか──油断、と言うよりほかない。


「まだ食肢が出てねぇ段階で良かったな」

「!」


 今にもマントを放り出しそうになっていた男が、ハンスの言葉にハッと顔を上げる。

 ハンスは腕組みして3人を見回した。


「全員、今すぐ全身の状態と荷物の中身を確認した方が良い。どこを通って来たのかは知らねぇが、1個付いてたってことは、他にもまだあるんじゃないか?」

『…!!』


 3人の顔から血の気が引いた。

 すぐに受付カウンターのギルド職員が叫ぶ。


「お三方、救護室へ! ボディチェックと所持品検査を行います!」


 ヤドリギモドキの寄生疑惑があった場合、冒険者ギルドでは救護室の対応になる。

 さあ早くと急かすギルド職員を前に、冒険者3人は何故か二の足を踏んだ。


「い、いや、自分たちでやる」

「ダメです、見逃しがあったらいけません! プロに任せてください! さあ!」


 その勢いに気圧されるように、3人は奥へと進んで行った。


 それと入れ違いに、受付カウンターに待機していた職員のうち数人がギルド内の床や壁、カウンター周辺を確認し始め、もう何人かが外へと飛び出して行く。

 可能性は限りなく低いが、移動中に『種』をそこら辺に落としているかも知れないのだ。


《…すげー速さだな》


 その様子をぽかんと見ていたモクレンが、ぼそりと呟く。ハンスは肩を竦めて応じた。


「本人が寄生されても一大事だが、種が何かの拍子に街の中で落ちて、一般人に被害が及んだら目も当てられないからな。こういう時はかなり厳格なんだ」


 解説した後、


「ところで早く降りろよ」

《嫌なこった。こんなに冒険者がいっぱい居る所でに降りてみろよ。俺の魅惑の尻尾が踏まれるじゃんか》


 渋面で呟いたら、渋面が返って来た。


「…」

「ええと…ハンスさん!」


 ハンスがモクレンと微妙な睨み合いを続けていると、カウンターから声が掛けられる。


「ご指摘ありがとうございました。──ところで、いつ帰って来られたんですか?」


 ギルド職員のシエナの問いに、ハンスは苦笑しながらカウンターに近付く。


「いや、帰って来たってわけじゃねぇよ。この街までの護衛の仕事があっただけだ」


「……なんだ…」

「期待させやがって…」


 周囲から落胆の声が漏れる。が、ハンスが振り向いても、誰も目を合わせようとしない。


「…?」


 ハンスは眉を寄せつつ、再度シエナに向き直った。


「エーギル支部で受注した、乗合馬車の護衛依頼だ。完了手続きを頼む」

「はい、承ります!」


 シエナが笑顔で書類を受け取ったところで、奥からバタバタと男性職員が出て来て、あの3人と揉めていた赤い髪の女性に駆け寄った。


「ナターシャ様、大変申し訳ありません!」


 頭を下げて差し出したのは、数粒の、爪の先程の小さな石。

 ただし、深紅に紺碧に空色と様々な色合いで、一つ一つ丁寧にカッティングが施された、見るからに上物と分かる宝石だった。

 野次馬たちが息を呑む。


「奴らの持ち物の中に紛れておりました。ナターシャ様の取り扱う商品でお間違えございませんか?」


 赤い髪の女性──ナターシャは職員から宝石を受け取り、一つずつ光に透かして確認する。


「…ああ、このカットは間違いない」


 ナターシャが断言すると、固唾を呑んで見守っていた冒険者たちがざわついた。


「マジかよ。あいつらとうとう盗みやがったか」

「いつかやるんじゃないかと思ってた」

「あーあ。奴らも終わりだな」


「…大っ変申し訳ありません!!」


 依頼人にはとても聞かせられない言葉が周囲から漏れ、それを遮るように職員が謝罪する。


「依頼料は全額返金の上、当該冒険者にはギルドの規定に基づき、相応の処罰をいたします。街の警邏隊に被害届をお出しになる場合には、当支部も全面的に協力させていただきます」

「ああ、良い良い。物は返って来たし、そんな大事にするつもりはないよ。──ま、連中の方はきっちりシメといて欲しいがね」


 ナターシャがにやりと笑って応じると、職員はさらに平身低頭する。


「ありがとうございます…! 彼奴らに関しては、どうかお任せください」


 ぎらり、職員の目が危険な光を孕む。少々背中が冷えて、ハンスはこっそり後退った。


 あまり認識されていないが、ギルド職員には『敵に回してはいけないタイプの人間』が多いのだ。









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