30 対策立案
『ぬ?』
『は?』
ハンスの発言に、全員ぽかんと口を開ける。
真っ先に我に返ったのはマークだった。
「ば、倍額でも良い?」
「ああ」
「いやだが、街での売値は市で売ってる他の店の野菜を見て決めたんだぞ? 同じくらいの値段になるように」
ポールと同年代で同じく農家をやっているサムが、困惑しながら言う。
ああなるほど、とハンスは頭痛をこらえて頷いた。
「原因はそれだ」
「えっ」
「他の店の野菜って、大きさ、違わなかったか?」
「大きさ…?」
「…そういや、ウチの村のより結構小さかったような…」
「実際小さいんだよ。つーか、ウチの村の野菜が馬鹿デカい。何でかは分からんが。──で、野菜の単価、『1個いくら』で決めたんじゃないか? 『重さあたりいくら』とか、『大きさ別でいくら』じゃなくて」
「……あっ」
誰かが声を漏らした。
野菜の場合、『1個いくら』で値段を決めるのが普通ではあるのだが、サイズを考慮しないとこうした悲劇が起きる。
「…街で売った野菜、大きいやつから売れて行かなかったか?」
「…うむ」
「なんだったら、他の店より早く売り切れになってたりしたんじゃないか?」
「…そうだった気がするな…」
壮年の男たちの目が泳ぐ。ハンスは腕組みして溜息をついた。
「そりゃあ、他の店より明らかにデカい野菜が同じ値段で売ってたら、みんなどんどん買うだろうよ。けど大きい分、持って行ける数にも限度があるよな? …大変なわりに実入りが少ないとか、思わなかったか?」
『……』
男たちが気まずそうに沈黙したところで、ハンスはハッと我に返った。
ついつい新人冒険者に教えるときのノリで話してしまったが、相手はハンスよりかなり年上、親世代である。
「スマン、余計だった」
大体、10年前の値付けのおかしさに今更気付いたところでどうにもならない。
ハンスが頭を下げると、マークが首を横に振った。
「いいや、貴重な意見だ。村に籠りがちだとどうしても情報が入って来ないし、出入りの商人の話を真に受けてしまうからね」
そもそも農業や畜産業に従事していると、遠出するのが難しい。
上エーギル村のように日帰り圏内ならともかく、ユグドラの街まで行くとなるとどう考えても泊まり掛けになるので、二の足を踏む者は多い。
結果、村の外の情報に関しては『外から村に来た人間の証言頼り』になる。
しかも、下エーギル村の住民は根が真面目で実直なのだ。よく言えば素直、悪く言えば騙されやすい。
アーネストのような人種にとっては格好のカモだっただろう。
「ま、過ぎたことは仕方ない。問題は、これからどうするかだな」
ガイが肩を竦めて言うと、マークが頷く。
「ええ。アーネスト氏はもう我々と取引しないでしょうが、ワイルドベアやフォレストウルフはこれからも出て来ると思いますし…少なくとも魔物の素材に関しては、新しい販路が欲しいですね」
「一番手っ取り早いのは冒険者ギルドのエーギル支部──…やっぱ上エーギル村には行きにくいか?」
ハンスが言った途端に皆の表情が曇った。ポールが首を横に振る。
「お前は平気だろうが、他の者には難しい」
「そうか…」
「ハンスに預けてギルドに持ち込んでもらうってのはどうだ?」
テッドが軽く挙手して言った。
実際ハンスも、そういうことを言ってアーネストを牽制し、追い払った。
しかし現実的かというと、そうでもない。主にハンス側の事情だが。
「出来なくはないが…自分で倒したんならともかく、他の人が倒したモンを持ち込み続けると、『冒険者としての資質に問題あり』って判定される可能性がある」
自然に剥がれ落ちるドラゴンのウロコや抜けた怪鳥の羽根などなら『ラッキー』で済むが、ワイルドベアやフォレストウルフの素材と言えば、毛皮や爪牙である。偶然拾えるような物ではない。
エーギル支部のエリーは事情を理解してくれると思うが、ギルド本部がどう思うかは分からない。
ハンスは説明して、ぼそりと付け足した。
「…あと、ちょっとカッコ悪いよな。子どものおつかいみたいで」
「あー……」
オヤジたちが一斉に理解の表情を浮かべた。
プライドなど捨て置けと言いたいところだが、気持ちが理解出来てしまうあたり、どうしようもない。
ハンスはガシガシと頭を掻き、だから、と続けた。
「もし良ければ、だが…オレの知り合いの商人に頼んでみても良いか? ユグドラの街でそこそこの規模の商会をやってるやつだから、魔物の素材はほぼ確実に、もしかしたら野菜も畜産物も買ってくれるかも知れない」
「おお…」
「なんと」
「ただし商人は商人だから、向こうも利益をきっちり確保しに来る。多分、買取りに来る手間賃とか差っ引かれるだろ。それは承知しといてくれ」
明るい顔をするマークたちに、ハンスは真顔で釘を刺す。
アーネストよりマシ──と言うかまともなのは間違いないが、商取引はお互いに利益が出なければ長続きしない。
ハンスの言葉に、マークが表情を改めた。
「ああ、勿論だ」
真面目な顔で頷き、ポールたちを見渡す。
「──俺としてはハンスの提案に乗るのも良いかと思うのですが、みなさんはどうですか?」
こうして周囲に意見を求めるあたりが、マークのマークたる所以である。
先代村長も頼りになる人物として尊敬を集めていたが若干ワンマン気味で、村の方針を一人で決め、それを周囲に通達するという流れが定番だった。所謂トップダウン型の運営である。
相談事にはきちんと向き合ってくれるタイプだったため、そういうやり方でも全く問題はなかったのだが、住民からは尊敬されると同時に、畏怖の対象でもあった。
マークは性格上、そういうやり方を好まなかった。
勿論、最終決定権は村長にあり、責任を負うのも村長だが、マークはその前提の上で住民に積極的に意見を求め、時に相談し、困ったことはないかと聞いて回る。先代とは真逆の方針と言っていい。
マークが村長になった当初は、あまりに先代と異なるやり方に住民たちも戸惑った。
だが、各家庭への水源装置の導入推進やそれに伴う下水処理装置の整備などを通して、少しずつ住民たちもマークを村長として信頼するようになった。
結果、今ではこういった会合は、村長の通達を聞く集まりではなく、皆の問題を共有し話し合う場になっている。
「良いんじゃないか? 正直、他に有力な手段はなさそうだしなあ」
「上エーギル村に出入りしている他の商人に頼むのはダメか?」
「連中は魔石を買い付けに来てるだけだからなあ…。声を掛けるのも難しいぞ」
「…アーネストと同じことをやられる可能性もあるんじゃないか?」
「うむ…」
テッドやガイ、それに他のオヤジたちが、テーブルを囲ってポンポンと意見を交わす。
一通り話を聞いたマークが、では、と流れを区切った。
「ハンスの知り合いの商人に頼んでみる、ということで良いでしょうか? もし断られたら、その時は別の手段を考えましょう」
「ああ」
「それで構わない」
皆が次々頷くのを受け、マークがハンスに顔を向ける。
「──そういうわけで、ハンス。知り合いの商人への打診をお願いできるかい? ああ、必要だったら冒険者ギルドに依頼を出すけど」
その言葉に、ハンスは苦笑した。
「買取りの話はオレの問題でもあるんだぜ、マーク。依頼なんてしなくていいさ。──早速明日から、ユグドラの街へ行って来る。オヤジ、構わないよな?」
「ああ、行ってこい」
こうしてハンスは、再びユグドラの街へ行くことになった。




