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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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27 買取交渉


「みんな喰われたんだろうって話だ。結構増えたからな、クマ──じゃない、ワイルドベアが」

「そんなにか?」

「ああ」


 テッド曰く、ここ数年、ワイルドベアは下エーギル村周辺で年間10頭ほど目撃され、退治されている。

 下エーギル村の住民が把握しているだけでその数だ。森の中にはもっと潜んでいるだろう。


「…いや『結構増えた』で済む数じゃねぇぞ、それ…」


 ハンスは心底ゾッとして呻いた。

 もしユグドラの街で同程度の頻度でワイルドベアが目撃されたら、上級冒険者が全員召集されて殲滅作戦が実行される。ワイルドベアはそれほど危険なのだ。


 が。


「そうか? みんな退治してるし、いい小遣い稼ぎって感じだぞ」

「こづかいかせぎ」


 土地柄なのだろうが、扱いの落差がひどい。


(…一応、このあたりのヤバい魔物筆頭なんだが…)


 ハンスが遠い目になっていると、入口の扉が開いた。

 テッドがすぐにそちらを向き、営業用の笑顔になる。


「アーネスト様、おかえりなさいませ」


 すごい切り替えだ。


 ハンスがちょっと引いていると、枯れ草色の髪をオールバックに撫で付けた、いかにも商人風の男性が堂々とした足取りでカウンターに歩み寄り、テッドに向けて鷹揚に頷いた。


「今戻った。夕食は30分後だ」

「承りました」


 商人──アーネストに鍵を渡しながら、テッドが恭しく頭を下げる。そしてすぐ、ハンスを視線で示した。


「アーネスト様、お疲れのところ申し訳ありませんが、こちらのハンスが買取りをお願いしたいものがあると申しておりまして」

「ふむ…?」


 アーネストの視線を受けて、ハンスはぐっと腹に力を入れる。

 明らかに、値踏みされている。ここで後退ったら侮られるのは必至──そう直感出来る程度には、ハンスも場数を踏んでいた。


「──うむ、分かった。では夕食の前に話を聞こう。主人、部屋を借りるぞ」




 カウンター横の通路を奥へ進み、ちょっとした小部屋に入ると、アーネストは丸テーブルの奥の席に腰掛けてすぐハンスを促した。


「腹が減っていてな。手短に頼む」


 名乗りもしない、こちらが名乗る暇も与えない、主導権を握っているのに席を勧めもしない──ハンスは内心、溜息をついた。


(居るよなあ…こういう商人)


 この歳になると遭遇率はかなり減るが、ハンスも冒険者として駆け出しの頃はこの手の商人によくカモにされそうになった。

 買い手は自分くらいしか居ないと思わせて安く買い叩こうとする者、よく分からないケチをつける者、嫌味や威圧で自分に都合の良いように事を運ぼうとする者──やり口は様々だ。


 共通しているのは、『取引相手のことを見下している』ということ。


 せめて態度には出すなと突っ込みたいところだが、残念ながら、そういう人間は商人に限らず、どんな職種にも居る。


 今回ハンスは革鎧を脱ぎ、それなりに清潔な服装でここに来ていた。

 ハンスとしては武装したまま来たかったのだが、スージーに『商人さんに会うのにそんな小汚い格好じゃダメだろ』とダメ出しを喰らったのだ。


 『それなりに清潔』と言っても、ちゃんと洗ってあるだけの、下エーギル村の住民にありがちな簡素な綿の上下にブーツである。

 どこからどう見ても『ただのちょっとくたびれた田舎者』にしか見えないハンスを、無駄にプライドの高い商人が侮るのは当然と言えた。


 これは買取り価格も期待できそうにないなと半ば確信しながら、ハンスは布の包みをテーブルに広げた。


「ワイルドベアの毛皮と角と爪牙、1頭分です」


 わざと丁寧な口調で告げると、アーネストの目が一瞬光った。獲物を見付けた時の反応だ。


「…ワイルドベアか…ついこの間も買い取ったが」


 ポールがぎっくり腰になった時の個体だろう。

 下エーギル村では、この宿に滞在する商人に、害獣として駆除された生き物の素材や豊作だった農産物を買い取ってもらうのが定番となっている。


 ただし──


「そうだな…これくらいか」


 それが適正価格かどうかは、また別の話である。


 アーネストがワイルドベアの毛皮の横に並べたのは、銀貨3枚。

 ハンスは静かに目を細めて口を開いた。


「…全部まとめての価格、ってことで良いですかね?」

「そうだ」


 アーネストは当然という顔で頷いた。


「本来なら銀貨2枚というところだが、全て綺麗に洗ってあること、破損が少ないことを考慮して、銀貨3枚だ。妥当なところだろう」


 ハンスに同意を求めるニュアンスすらなく、アーネストはつらつらと並べ立てる。


 ハンスは深く溜息をつき──銀貨を退けて、ワイルドベアの素材を布で包み直した。



「その値段なら、お断りします」


「………は?」



 アーネストはぽかんと口を開け、数瞬後、はっと腰を浮かせた。


「待て、何を言っている、他に売却先など」

「冒険者ギルドエーギル支部があるでしょう」

「ギルドは、冒険者以外からは買取りを受け付けていない!」


 その言葉に、ハンスはピンときた。


(ウチの身内にあることないこと吹き込んでたのは、こいつか)


 スージーが勘違いしていた時点で、妙だとは思っていた。

 ギルドは万人に向けて開かれている組織なのに、何故()()()()()()()限定されているという話が出て来るのか。

 それは勿論──そういう()()()を吹いている馬鹿が居るからである。


「──なああんた、オレらのことナメてるだろ」

「っ」


 素の口調でハンスが問うと、アーネストの目が泳いだ。

 が、それも一瞬だ。すぐに冷静になり、なんのことだ、と心外そうな顔をする。


「街まで売りに行くのが大変だと言うから、ここで買取りに応じているだけだ」

「へえ、親切心からってやつか」

「そうだ」


 ハンスがタメ口をきくのが気に入らないらしく、アーネストは顰め面で頷く。

 ハンスはわざとらしく片眉を上げた。



「じゃあ()()()1()()()()()()()で買い取ろうとしてんのは、運送費とか手間賃を差っ引いた結果だってことか?」


「!!」



 瞬間、アーネストの顔に明らかな動揺が浮かんだ。当然ながら、自覚はあったようだ。


 魔物の素材の買取り価格は常に一定ではなく、ある程度は変動する。だが、それでもこの価格はおかしい。ハンスにはそう判断できるだけの知識があった。


 冒険者ギルドでのワイルドベアの素材の標準的な買取り価格は、毛皮が頭部を除いた全身分で金貨1枚と銀貨5枚。角は銀貨5枚で、爪牙は欠けのない完品であることが条件だが、一つあたり銀貨1枚。

 今回ハンスが持って来た分をギルドで売るなら、全部で金貨3枚は優に超える。


 それが、『状態が良いから』という、あたかも色を付けてやったとでも言うようなコメント付きで、銀貨3枚。


 なおこの国の通貨は、上から金貨、銀貨、銅貨、小貨の4種類。それぞれ10枚で上位の硬貨1枚と同等の価値となる。

 今回の場合、どこぞの国の通貨単位でざっくり言えば『通常3万円超で買い取るものを、3千円で買い取ろうとしている』という構図になる。


 何をどうひねったらこの価格になるのか。ハンスはずいっと身を乗り出してアーネストを睨み付けた。



「是非とも、内訳を教えて欲しいもんだな」








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