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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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23/110

23 さつまいも畑で捕まえて


 ハンスが下エーギル村に帰還してから、10日が経った。


 秋は急速に深まり、既に朝晩は吐く息が白くなるほど寒くなっている。

 じきに霜が降り、その後すぐに雪に閉ざされる冬がやって来る。それに備えて、下エーギル村の人々はせっせと作業を進めていた。


 建物の修繕に村の中の道の確認と補修、冬用の防寒着の仕立てや修繕、野菜の収穫、食料の加工に保存──やることはいくらでもある。


 そんな中、ハンスは今日も今日とて畑に向かっていた。

 本日の仕事は、保存のきく野菜の代表格、さつまいもの収穫である。


 西大陸からやって来たさつまいもは、加熱すると甘くて美味しい、村の子どもたちにも人気の野菜だ。

 育つのに少々時間は掛かるが、収量も多く、食べるのは地面に埋まっている部分なのでアブラムシやバッタの食害をそれほど気にしなくていい。


 ただし──植えた分全てが無事に収穫できるかというと、そうでもない。


「さあハンス、まずは葉とツルを全部刈り取るよ」

「おう」


 スージーの指示で、ハンスはすぐに草刈り鎌を構えた。


 だだっ広い畑にみっしりと生えたツル状の植物を前にしても、もはや動揺はない。

 そういうもんだと納得する。するしかない。


 農作業の『一単位』の規模が大きすぎて、変な悟りを(ひら)きかけているハンスである。


 ザクザクと、異様に切れ味の良い鎌でさつまいものツルを刈って行く。


 畑の反対側では、ポールが同じようにツルを刈り取っていた。

 ただし例によって速度が段違いの上、時々刈られたツルの塊が宙を舞い畑のわきの枯れ草の山に正確に積まれて行くという、訳の分からないエフェクト付きだが。


 ハンスが刈ったツルはスージーが回収して、同じ枯れ草の山に積んで行く。地味だが確実なコンビネーションである。


 地際に残ったツルの断面からはみるみるうちに水が滲み出し、靴やズボンを濡らす。ハンスは出来るだけ地面ギリギリで刈ろうとしているのだが、これが結構難しい。

 端的に言えば、腰にくる。


 半分ほど刈り終えたところで、ガサリと小さな音がした。


「…うん?」


 ハンスが顔を上げると、1メートルほど先、繁茂するツタの中に──一対の赤い目。


「………あっ!」

 ヂィッ!


 目が合った瞬間、小さな影がものすごい勢いでツタの中に潜り込んだ。


「ハンス、どうしたんだい?」

「二尾ネズミだ!」


 身を翻した瞬間、尾が2本あるのが確かに見えた。

 ハンスが言うと、駆け寄って来たスージーが険しい顔になる。


「──ポール! ヤツらが居るよ!」

「!」


 少し離れた所で作業していたポールも、残るツタの山を見て瞬時に視線を鋭くする。


 二尾ネズミ。

 この辺りではお馴染みの──いや、お馴染みになりたくはないが──害獣の一種である。


 体格は普通のラット──ドブネズミとほぼ同等。その名の通りムチのような尾を2本持ち、それを手のように器用に使って、ロープや細い枝も軽々伝ってあらゆる所に侵入する。

 鮮やかな赤い目は魔物の証だ。

 小型ながら土属性魔法を使い、モグラ並みに土を掘り返して根菜類を喰い荒らす。しかも、美味しく育ったものばかりを。


 つまるところ、さつまいも栽培における仇敵である。

 民家の食糧庫を食い荒らすこともあるので、ハンスも子どもの頃から知っている。


「ハンス、作業中断だ」

「え? 良いのか?」

「ああ」


 ポールは短く告げて上体を起こし、懐から小さな筒状の物体を取り出した。


 形状は、狩人が猟犬に指示を出す時に使う犬笛に近い。

 だが、ポールは農家だ。犬を飼っているわけではない。


「──」


 ポールがその笛を吹いた。



 ヒィィィ──!



 悲鳴のような甲高い音がこだまする。その音が消えて暫し。


《害獣駆除部隊、到着ー!》


 道の向こうから、数匹のケットシーが現れた。

 元締めのツバキではなく、クリーム色の大柄なケットシーが、ポールの前で得意気に胸を張る。


《今年もこの季節が来たな!》

「よろしく頼む」

《任せとけ!》


 ポールの言葉にケットシーはピンと尻尾を立て、仲間たちを見渡した。皆、期待に満ち溢れた目で大柄なケットシーを見詰めている。


 そして、



《──紳士淑女の諸君。祭りじゃー!!》


《《応!!》》



 とても紳士淑女とは思えない雄叫びが上がった。


 その念話に驚いたのか、ツタの中から数匹の二尾ネズミが飛び出して──一瞬でケットシーたちの餌食になる。


《逃がすかあ!》

《いただきー!》

「うわ…」


 殴って気絶させる者、魔法で凍らせる者、燃やす者…やり方は様々だが、みな一撃必殺である。

 冒険者をはるかに上回る手際の良さに、ハンスはドン引きした。


 そして、ツバキに初めて会った時のスージーの言葉を思い出す。


「…おふくろ、もしかして『貴重な担い手』ってのは…」

「ああ、害獣駆除の貴重な担い手、って意味さ」


 スージーは平然と言った。


《よっし、じゃあ本格的にやるぞ! ポール、頼む!》

「分かった」


 まだ前哨戦だったらしい。クリーム色のケットシーが瞳孔全開で念話を響かせ、ポールが冷静に頷いた。


 ポールが先程までと同じようにツタを切り払うとそこからパニックになった二尾ネズミが飛び出して来て、瞬時にケットシーが始末する。

 ハンスがその光景を呆然と眺めていると、近くのケットシーが不満そうにハンスを見上げた。


《お前もやってくれよ》

「あ、ああ、スマン」


 ハンスがツタを刈ると、予想に反して何も出て来ない。ケットシーが呆れた顔になる。


《なんだよ、ポールの息子のくせに殺気が足りないぞ》

「いや殺気て」

《その鎌で二尾ネズミごと刈ってやる! くらいのつもりでだな》

「なんだそりゃ」


 そんなやり取りをしている間に、別のケットシーにねだられたスージーも鎌を構え、二尾ネズミの潜むさつまいものツタを刈り始めた。


「はいよ!」

《よっしゃ!》

《いえーい!》


 スージーのところからはバンバン二尾ネズミが飛び出し、ケットシーたちが歓声を上げている。


「……」


 ハンスが謎の敗北感を味わっていると、ケットシーがパシンと尻尾でハンスの脛を叩いた。



《ほら! 練習あるのみだって!》


「お、おう…」









ちょっと色々ごたついているため、この週末分の更新は2話です。

明日も同じ時間に更新されますので、よろしくお願いします。

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