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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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17 一方その頃、ユグドラ支部にて


「──ギルド長!」


 バタバタと足音を立てて駆け込んで来た部下を、冒険者ギルドユグドラ支部長のジークヴァルドは苦笑と共に出迎えた。


「どうしたウィリアム。また心労で倒れるぞ」

「倒れるとしたらこれからなので大丈夫です」


 全く大丈夫ではない台詞を真顔で言い放ち、部下のウィリアムがジークヴァルドの執務机に手をついて身を乗り出す。


「どういうことですかギルド長。()()ハンスさんをエーギル支部に移籍させるなんて…!」

「おいヤバい目で迫って来るな」


 ウィリアムの瞳孔が完全に開いている。

 ジークヴァルドが指摘すると、ウィリアムはスススと直立の姿勢になった。


 見るからに気苦労の多そうな、サンドベージュの髪に赤褐色の瞳の瘦身の男。黒縁の眼鏡でも、目の下の濃いクマは隠し切れていない。

 ジークヴァルドは『もう少し肩の力を抜いて、気楽に行け』と常々言っているのだが、ウィリアムには毎回『それが出来るならとっくにやってます』とにべもなく返される。ユグドラ支部ではお馴染みのやり取りだ。


 なお一つ突っ込みを入れるとしたら──肩の力を抜けない『依頼処理室長』にウィリアムを抜擢したのは、誰あろうジークヴァルドである。


「失礼しました。──で、一体どういうことですか。ハンスさんがこの支部の中核を担う方だということは、ギルド長も重々承知のはずでしょう?」


 表情を整えてコホンと咳払いしたウィリアムが、じろりとジークヴァルドを睨んだ。ジークヴァルドは肩を竦めて応じる。


「そりゃあもちろん、分かってるさ。そもそも『冒険者歴20年』って時点で希少だしなあ」


 冒険者とは本来、長く続けられる仕事ではない。


 街の中だけで完結する『おつかい』じみた依頼を小遣い稼ぎくらいの感覚でこなすならともかく、冒険者稼業だけで食って行くにはそれなりのリスクを負う必要がある。

 つまり、魔物あるいはならず者との交戦のリスクである。


 初心者のうちに魔物との戦いで心が折れて冒険者を辞めるならまだマシだ。

 魔物に喰われて命を落とす者、怪我が原因で引退を余儀なくされる者、危険地帯に足を踏み入れ、そのまま帰って来なかった者──自分の意志とは関係なく『冒険者でいられなくなる』者は多い。


 ジークヴァルドもその一人だ。

 25年ほど前、ジークヴァルドは魔物の大量発生に遭遇、交戦の結果、片足を魔物に喰われて冒険者を続けられなくなった。

 その時点での冒険者歴は15年。30歳の節目を迎え、まだまだこれからと思っていた矢先の出来事だった。


 今はもう壮年になったジークヴァルドは、前髪が後退して広くなった額を開き直って強調する刈り上げヘアに、眼光鋭い金目、褐色の肌にがっしりした体つき。

 事務作業中心のギルド職員とは思えない威圧感のある雰囲気は、冒険者時代の名残りである。


 そんな彼だからこそ、力を入れていることがある。

 ズバリ、新人冒険者の教育だ。


 何が危険なのか、緊急時に優先すべきことは何か、必要なものは何か──ジークヴァルドが現役だった頃は独学で身につけるしかなかった知識や知恵を新人たちに叩き込み、少しでも生存率を上げる。

 ジークヴァルドをはじめとする冒険者経験のある職員たちが提唱した『新人教育』制度は、ギルド本部で正式採用され、10年ほど前から運用が始まった。


 ところが、現実はそう甘くなかった。肝心の『教育する側』の人材が確保できなかったのである。


 冒険者経験のある職員はそれなりに居るが、それはあくまで『過去、冒険者だった』というだけの話。最新の情報を持っているとは限らない。

 しかも職員としてスカウトされるのはそれなり以上に活躍していた者で、特定分野に特化した──と言えば聞こえは良いが、有り体に言えば偏った知識を持つ者ばかりだった。

 つまり、初心者向けの指導が出来ないのだ。


 結果、ギルドの規定を教える座学はともかく、実技の教育は『ギルドからの依頼』として現役の上級冒険者に頼もうという話になったのだが──『現役の』冒険者である。初心者にノウハウを教えるという、地味で依頼料も安い仕事を喜んで受注する者など、居るはずがなかった。特にここ、ユグドラ支部では。


 当時、ジークヴァルドはユグドラ支部のギルド長になったばかり、ウィリアムはまだ役職持ちではなく受付カウンターの担当で、いつまで経っても受注されない依頼を前に頭を抱えていた。


 そこに現れたのが、ハンスである。


 10年かけてようやく上級冒険者になったハンスは、魔物討伐などの実績こそパッとしなかったものの、自分の立場を鼻にかけず、職員たちとも気さくに話をする珍しいタイプの冒険者だった。

 ウィリアムが溜息をついているのを目ざとく見付け、その愚痴を聞いたハンスは、『教師役なんてガラじゃないが、出来る範囲で、で良ければ力になるぜ』と、誰もやろうとしなかった依頼を請け負ったのだ。


 それからハンスは、新人教育実技担当の中心人物になった。

 …と言っても、本人にその自覚はなかったが。


 最初の頃は何を教えたらいいのか分からず右往左往し、ウィリアムをはじめとする職員たちや親しいベテラン冒険者たちに意見を求め、頭を抱え、トラブルが起きるたびに悲鳴を上げ──それでもハンスが仕事を投げ出すことはなかった。


 その姿を見て笑っていた他の冒険者が一人二人と新人教育の依頼を受注するようになり、やがてハンスが教育した新人がベテランになると、その一部も教師役に回るようになった。


 そうしてようやく、ユグドラ支部の新人教育体制が確立されたのだ。

 ユグドラ支部の古株の職員たちはみな、そのことを知っている。


「ハンスさんの協力なくして、今のユグドラ支部はありません。それなのに他の支部へ移籍させるなど…!」

「落ち着け。別に俺がハンスを追い出したわけじゃない。ヤツの家庭の事情だ」

「…家庭の事情?」


 ウィリアムが首を傾げた。


 彼は出張から帰って来てすぐハンスの移籍の話を小耳に挟み、即座にギルド長室へやって来た。詳しい事情を知らないのだ。

 ジークヴァルドは苦笑いしながら、事の次第をウィリアムに説明する。


 一通り話を聞いたウィリアムは、多少冷静さを取り戻したものの、なおも納得のいかない顔をしていた。


「…状況は理解しました。ですが、どうしてもハンスさんが帰らなければならなかったのですか?」

「そりゃ親の一大事だからな」

「代わりに医者を手配するとか、家事手伝いを雇うとか…」

「…あのな。ハンスの実家は本人曰く『超のつくド田舎』だ。街と同じ感覚で人が雇えるはずないだろ? それに介護のためっつーより、家業を継いで欲しいって話らしいしな」


 まあ実際には父親はただのぎっくり腰で、『数日でいいから手伝いに来て欲しい』って話だったのが、大袈裟に伝わって来ただけらしいが──ジークヴァルドは内心そっと目を逸らす。


 ハンスが『田舎に帰る』と宣言した場に居合わせたベテラン職員たちのショックは相当なもので、ウィリアムのようにジークヴァルドのところへ『ハンスを引き留めて欲しい』と直談判に来た者も複数居た。

 ハンスに直接言う者が居なかったのは、親が怪我をしたという事案で止めるのも憚られたというのもあるが、『帰る』と宣言したハンスがどことなく浮かれていたと言うか、妙にすっきりした顔になっていたからである。


 日頃から『そろそろ体力がなあ…』とハンスが苦笑いしていたのを知っていた職員たちには、とてもじゃないが『まだまだウチで働いてくれ』とは言えなかったのだ。


「ま、いい加減ハンス一人に頼るのも限界だって話は前からあっただろ? 体制を見直すいい機会だと思えよ」


 ハンスが活躍していたのは、新人教育だけではない。


 街のドブさらいや、マイナーかつそれほど値段も高くない薬草の採取、街の外壁の点検といった、地味で報酬も安く実績としてカウントもされにくい、つまりいつまで経っても受注されない不人気な依頼を、ハンスは新人教育の合間にまとめて片付けていた。


 さらに、新人教育で知り合った若い冒険者の相談に乗り、相性の良さそうな相手に引き合わせてパーティ結成に一役買ったり、喧嘩の仲裁に入ったり、下位の者が上位の者に理不尽な扱いを受けぬよう盾になったり──ユグドラ支部の冒険者たちの秩序が一定の水準で保たれていたのは、ハンスの調整能力あってこそだ。


 もっとも、その点も本人に自覚はない。

 『オレも新人の頃は苦労したからな』と、当たり前の顔で他者に手を差し伸べる。冒険者歴が長いからといって、なかなか出来ることではない。


 だからこそ、ついたあだ名が『掃除屋』──他の者から見放された依頼を拾い上げ、不和の原因を取り除き、心地よい空間を作る者。

 ハンスを小馬鹿にする一部の上級冒険者は『ドブさらい』などと陰口を叩いていたが、ギルド職員たちは間違いなく敬意を込めてそう呼んでいた。


「…そうですね。ですが──」


 ウィリアムは一つ頷いた後、眉を寄せて呟いた。


「…色々と不満に思う者は多いのでは? 例えば──」


 瞬間。



「ハンスが居なくなったってどういうことよ!?」



 受付ホールから悲鳴とも怒号ともつかない女声が響き、ウィリアムとジークヴァルドは顔を見合わせた。



「…例えば、彼女とか」


「………そう、だな…」








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