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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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16/110

16 依頼、追加で。


「…あんた、言葉の意味分かってる?」

「あ? オレが掃除系の仕事ばっかやってたってことだろ? 否定はしねぇよ」


 微妙に呆れ顔のエリーに、ハンスは半ばやさぐれて応じた。エリーはますます呆れ顔になる。


「…分かってないじゃないの…」

「なにをだ?」


 ハンスが眉を顰めると、今度は深い深い溜息が返って来る。


「あんたってそういうトコあるわよねえ…──まあいいわ。ハイ、受注処理完了よ。山道の点検と下エーギル村への物資運搬、あと下エーギル村村長宛ての書類運搬」

「オイ待て、なんか増えてねぇか!?」

「私チョイスの依頼よ。感謝しなさい」

「いやなんでだよ!?」


 ハンスは力一杯突っ込んだ。

 途端、エリーがドスの利いた笑顔で書類を掲げながら身を乗り出す。斜め下からハンスを睨め上げ、


「あんた、20年ぶりに帰って来たってのにまーだジェニファーに挨拶してないらしいじゃないの」

「んぐっ」


 いきなり名前を出されて、ハンスは思い切り言葉に詰まる。まさしく図星だった。


「…の、農作業で忙しかったんだよ」


 嘘ではないと自分に言い聞かせながら言い訳してみる。


 帰還翌日にこの冒険者ギルドエーギル支部に顔を出し、村人たちに挨拶しつつ上エーギル村と下エーギル村の状況を確認し、その次の日は一日畑を耕し、さらにその次の日はマンドラゴラを駆除してケットシーのツバキに挨拶し、鶏に襲われた。

 実際忙しかったし、考える暇もなかったのは確かだ。


 が、エリーは容赦がなかった。


「こうしてわざわざ隣村の冒険者ギルドに顔出す暇はあるのに、同じ村の村長の家に行く暇はないっての?」

「ぐっ」

「ジェニファー、『マークは会ったって言ってたのに、私はまだハンスに会えてないの』って寂しそうにしてたわよ」

「ぐう」


 言葉のトゲがハンスの心にザクザク突き刺さる。どう考えても自業自得だが、これは痛い。

 ハンスは必死に頭を働かせて、何とか言葉を絞り出した。


「ジェ、ジェニファーと会ったって…いつだ?」

「昨日よ。つい昨日、ここに来てくれたの」


 エリーが溜息混じりに応じる。その台詞に、ハンスは首を傾げた。


「…下エーギル村と上エーギル村は、ほぼ絶交状態じゃなかったのか?」


 マークと再会した時の妙に歯切れの悪い態度がどうしても気になり、ハンスは家で両親から色々と話を聞いた。

 当初、ポールもスージーもかなり言い渋っていたが、ハンスの『オレも帰って来たからには村の一員だ。それなのに何も事情を知らないなんておかしいだろ?』という説得に、最終的にはスージーが折れた。


 上エーギル村に魔石鉱山が出来たことで上エーギル村の村長の意識が変わり、下エーギル村の先代村長と上エーギル村の村長が仲違いした。下エーギル村の村長がマークに代替わりしてもなお、それが尾を引いている。

 学舎すら別々に運営するようになったと聞いて、ハンスは本当に驚いた。


「あー…まあ否定はしないけど」


 エリーが急に勢いを失った。


 実際、今日上エーギル村へやって来る時も、すれ違ったり追い越したりする人々はみな村外の商人やその護衛らしい者ばかりで、村人の姿はなかった。

 昔は、下エーギル村の野菜や薪を上エーギル村へ届けたり、上エーギル村の羊毛やヤギミルクを下エーギル村に届けたりと、人と物が活発に行き来していた。今は、村人たちがお互いの村を訪れる頻度が格段に減っている。隣村同士で軋轢があるのは明らかだ。


 だが、ジェニファーはここに来たという。


「…一応今でも、月に一度、会合があるの。昔は下エーギル村でやってたけど、マークが村長になってからはもっぱらこっちでやってるわ」

「ああ…村長と補佐が集まるアレか」


 ハンスが子どもの頃は、月に一度、下エーギル村の村長の家にそれぞれの村の役職持ちが集まって会議をしていた。

 と言ってもそんな御大層なものではなく、小一時間ほど近況を話したら後は食事会という名の酒宴になる──昔、マークが苦笑しながらハンスにそう教えてくれた。


 だがエリーの表情からするに、今の会合はそんな気楽なものではないらしい。


「…会合って言っても、お互いそれぞれの村を罵り合って終わる感じだけどね」

「は? いや、なんでそうなる?」

「そう思うわよね」


 エリーはどこか荒んだ笑みを浮かべた。


「そもそも、下エーギル村の先代村長が、上エーギル村のことを『魔石鉱山が出来たからって調子に乗るな、お前らは慎ましくヤギと羊でも飼ってりゃいい』って言ったのが事の発端だって話よ。それでウチの村長が『上エーギル村はこれから発展する。落ち目の下エーギル村とは違う』って応戦しちゃったらしくて。私も詳しくは知らないけど、それ以来ずーっと、会合は口喧嘩の場になってるみたいね」

「うっわ、それりゃダメだろお互いに」


 ハンスは思わず顔を歪めた。

 だが──



(…ん? なんかおかしくないか?)


「──まあそんなわけで、新米村長のマークは割を食ってるってワケ」



 一瞬、ハンスの思考に引っ掛かるものがあった。

 喉の奥に魚の小骨が食い込んでいるような、耳の中に水が少しだけ入っているような違和感。


 ハンスがそれに気を取られている間に、エリーは言葉を続けた。


「だからハンス、書類届けるついでに愚痴の一つでも聞いたげなさいよ。あんたそういうの得意でしょ?」

「得意じゃねぇよ! 誰だンな評判流したやつ!」


 思考が吹っ飛んだ。

 ただでさえ顔を合わせ難い相手だというのに何故面倒なプロセスを増やそうとしているのだ、この幼馴染は──ハンスは必死に否定しようとするが、エリーはニヤニヤと笑うばかり。


「誰って、ユグドラ支部からの情報に決まってるでしょ?」

「は」

「えーっと…あった」


 エリーはカウンターの中を漁り、書類の束を取り出した。


「上級冒険者、ハンス。使用武器は長剣。スライムからウルフ、ゴブリン、オーク、オーガその他魔物との交戦経験多数。ただし近年は新人冒険者の教育を担当し、魔物討伐実績は少なめ」


 つらつらと読み上げ、


「──なお、冒険者同士のトラブルにおいて仲裁役となるケースが多数目撃されている。困った時には相談してみることを推奨する」

「推奨すな!」

「えー、だってあっちのギルド長からの申し送りよ? これ」


 ぴらり、エリーが掲げた書類には、確かにユグドラ支部の支部長──通称『ギルド長』のサインがあった。


 ハンスはヒュッと息を呑み、頭を抱えた。



「……なにしてくれてんだあのハゲオヤジー!!」









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