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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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15 掃除屋


 思わぬ邪魔が入ったが、ハンスは気を取り直して依頼掲示板を確認する。


 ギルドの基本的な造りは大体どこも一緒だ。

 入ってすぐは広いホールで、そこの壁に大きな掲示板があり、依頼書が貼り出されている。

 冒険者はそこから自分にこなせそうな依頼を選び、依頼書を剥がして受付カウンターへ持って行って受注する。どの依頼が適切か分からなければ、受付カウンターで直接職員に相談しても良い。


 ホールにはいくつかのテーブルと椅子が並べられ、パーティメンバーを募ったり作戦会議したりするのに使われる。

 ユグドラ支部ではさらに受付の隣に支部直営の食堂が併設されていたが、ここエーギル支部の1階はテーブルセットが2つあるホールに掲示板に受付カウンター、トイレと、シンプルなものだ。建物自体も小さい。


 受付カウンターの奥には職員用の事務室や倉庫もあるが、ハンスが使うわけではないので割愛する。


 なおこの建物は2階建てで、2階には会議室と資料室、そして宿を確保できなかった冒険者用の仮眠室と簡易キッチン、シャワー室がある。

 もっとも、上エーギル村は鉱山の恩恵を受けて急速に発展したため、宿屋や下宿先もそれなりにあり、仮眠室が使われることは滅多にない。


「さて…」


 小さい支部ではあるが、依頼の件数は結構多かった。

 目立つのは魔物の討伐依頼だ。はてこのあたりにそんなに魔物は居なかったはずだが、とハンスは首を傾げ、すぐに思い直す。


(10年位前から、森の魔物が凶暴化してるんだったか。つっても上エーギル村周辺は森自体がねぇけど)


 下エーギル村あたりまでは山腹の森林地帯で、生息する生き物も多種多様だ。ベア系やケットシーをはじめとする魔物も生息している。

 一方上エーギル村があるのは、森林限界──木々が繁茂できる標高よりも、さらに上。生えているのは草丈の短い高山植物ばかりで、生き物も過酷な環境に適応した数種類に限られる。


 ではこれは下エーギル村からの依頼かと思いきや、そうではなかった。内容を一通り確認して、ははあ、とハンスは内心呻く。


 魔物討伐の依頼は9割方、上エーギル村の魔石鉱山内部とその周辺の依頼だった。


 魔物の発生には大きく分けて2種類ある。

 魔物が普通の生物のように交配して増えるケースと、魔素から直接発生するケースだ。


 魔素は世界の構成要素の一つで、はるか上空から大地の下まで、ゆっくりと世界全体を巡っている。

 濃度が低ければさほど問題はないが、濃度が高いと、それが凝って魔物が生み出されるのだ。


 魔石鉱山は魔素濃度が高いことが多く、必然的に魔物も多く発生する。

 先程イキった2人が受注した討伐依頼に記載のあった『アクアバット』や『デスイーター』が典型例だ。この2種は魔素から自然発生するだけでなく生物的な繁殖も行うため、鉱山開発の大きな障害になる。倒しても倒してもキリがないが、倒しておかなければこちらが詰む。


 冒険者にとっては、常に一定量の仕事がある、とも言えるが。


 実際、魔物討伐依頼は比較的新しい日付のものばかりだ。よく依頼があり、よく処理されている証拠である。


「なあエリー、ここの所属冒険者って何人くらい居るんだ?」

「常駐してるのはさっきの連中を含めて5人ね。商人の護衛でこっちに来て、暇つぶしにここの依頼を請ける冒険者も合わせると、大体10人前後ってところかしら」

「そんなにか」


 予想以上に人数が多く、ハンスは少々驚いた。常駐しているのはせいぜい3人程度かと思っていたのだ。


 なお冒険者は各支部に所属するが、護衛依頼などで他の街に出向いてそこにしばらく滞在する場合、特例的に出先の支部でも依頼を請けられる。

 護衛依頼は基本的に行き帰りの道中の安全を守るもので、街に滞在中は手持ち無沙汰になってしまうからだ。


 ギルドとしても、護衛依頼を請けられるくらい優れた冒険者を遊ばせておくのは勿体ないという判断で、他支部での仕事を認めている。


 もっとも、その場合に請け負えるのはほほ確実に日帰りで済むと見込まれる依頼だけだ。多くの場合、近場での魔物討伐がそれに該当する。上エーギル村の坑道での魔物討伐はうってつけだろう。


(…魔物討伐の手は足りてる。それなら…)


 ハンスは掲示板全体を吟味して、依頼書を2枚ピックアップし、カウンターへ持って行った。


「あら、一度に2件も?」

「見た目ほど負担はねぇよ」


 軽く驚きながら受け取ったエリーは、書類に目を通して納得の表情を浮かべた。


「山道の点検と下エーギル村への物資運搬ね。確かにこれならついででこなせるわね」


 言いながら、でも、とジト目でハンスを見遣る。


「本来、依頼は一度に1件なのよ、ハンス」

「知ってるさ」


 ハンスは肩を竦めて応じた。


「けど、どっちも依頼が来てから10日以上経ってるだろ? どうせこっちの連中は魔物討伐に掛かりっきりだろうし、こういう地味な依頼はオレが片付けるさ」


 通常、依頼には受注締切日が設定されている。その日までに受注されなかったら、依頼内容もしくは報酬に難アリという判定になる。

 報酬を上げるか内容を変えるか、それとも依頼自体を取り下げるか、依頼人が判断を迫られるのだ。


 しかし実際には、ただ単に冒険者が面倒臭がってやろうとしない、つまり人気がない依頼というものも存在する。

 山道の点検はその典型例だ。集中力と観察力を要するが作業自体は地味で、時間が掛かるわりに危険度は低いため報酬もそれほど高くはない。何より、冒険者としての評価に繋がりにくい。


 上昇志向のある中堅冒険者はもとより、ベテラン勢も敬遠する仕事だ。


「あんたも変わってるわねえ…話には聞いてたけど」

「オイ待て、話には聞いてたってなんだ」


 感心しているんだか呆れているんだか微妙な顔で書類を処理するエリーに、ハンスは思わず突っ込む。


「なにって、貴方ユグドラ支部で『掃除屋』って評判だったらしいじゃない」

()()()()


 ハンスの顔から表情が抜け落ちた。


(なんだそりゃ)


 そんな名前、聞いてない。


 一応、曲がりなりにも、ハンスは冒険者歴20年の上級冒険者である。同じくらいのベテラン冒険者なら、例えば『風刃』とか『巨岩砕き』とか、格好良い二つ名を持つ者はゴロゴロ居る。


 それが、言うに事欠いて『掃除屋』。


 脳裏に、頭に三角巾を巻いてツナギ姿でモップがけしている自分の姿が妙にリアルに思い浮かび、ハンスは頭を振ってその想像を振り払った。


 確かに、排水路の定期清掃とかイベント後のゴミ拾いとか、そっち系の依頼を多く受けていたのは認めるが、それは他の連中がやりたがらなかったからであって、決して好き好んで請け負っていたわけではない──内心で誰にともなく反論する。


 ちなみに、ハンスが請け負うと他の類似の依頼がいつの間にか片付いていたり、複数名募集のはずの依頼の枠があっという間に埋まったりして、『オレが請け負わなくてもよかったんじゃ…』と少々後悔するまでがワンセットである。


 それでも、一度受けた仕事自体はきちんと完遂するのがハンスのハンスたる所以だが。








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