126 害虫駆除は徹底的に。
上エーギル村及び下エーギル村襲撃事件の実行犯たちは、大型馬車に無理矢理詰め込まれ、冒険者ギルドユグドラ支部に護送されていった。
調書を取るため、ハンスとアルビレオとトレドとオルト、そしてモクレン、マーク、ネイト、アーロンもユグドラの街へ出向いた。ナターシャもユグドラの街に戻るため、移動手段はラキス商会の馬車だ。
行きはカモフラージュに使ったボロボロの箱馬車、帰りはナターシャ自慢のいつもの装甲馬車だった。
帰路、乗り心地の違いに衝撃を受けた村長2人が、乗合馬車の買い替えまたは改装を本気で検討するという一幕もあったのだが──それはまた別の話である。
襲撃事件当日の夕方にはユグドラの街に到着し、実行犯たちの取り調べは非常にスムーズに行われた。
グリンデルとヴァルトはガイたちによって心をポッキリ折られていたため。バオホは頼りになるはずの関係各所が徹底的に潰されていると教えられたため。他のならず者たちは、逃げ場がないと知らされたことと、バオホのあまりの言動に嫌気がさしたことが大きかったらしい。
様々な角度から、有用な情報がボロボロ出て来た。
結果──
「貴様、放せ! 無礼な!!」
「……」
襲撃事件の翌日。
書類と本と妙に高級そうなティーカップの数々と謎の置物が無造作に散らばる部屋でヒューレックを取り押さえ、ハンスは溜息をつく。
王立研究院ユグドラ研究所、世界樹研究部門魔法植物室の室長室、つまりヒューレックの部屋。今ここに居るのは、ハンスとヒューレックだけだ。
昼食後という一番気の緩む時間帯に、冒険者ギルドは王立研究院ユグドラ研究所に踏み込んだ。
その目的は、上エーギル村及び下エーギル村襲撃事件に関与した人間の捕縛。実行犯たちの取り調べ、及びネイトの証言により、襲撃事件に王立研究院の研究者が関わっていることがはっきりしたためだ。
この部屋に居る冒険者はハンスだけだが、他に冒険者ギルドユグドラ支部長のジークヴァルドが選定した上級冒険者たち、ほか数名が参加している。
「警備員は一体何をしているのだ!」
両手を背中側に固定された状態で、ヒューレックがじたばたともがく。その腕を本来曲がらない方向にひねりたくなる衝動をこらえつつ、ハンスは淡々と応じた。
「ここの警備員なら今頃別動隊を案内してるはずだぞ。ギルドは正規の手続きを踏んだ上でここに来てるからな」
犯罪者の捕縛を妨害した場合、自分が捕縛される。研究所の警備員は賢かった。
本来、こういうことは冒険者ではなく司法機関の実動部隊の仕事だ。この街で言えば、騎士団がそれにあたる。
が、カロッツァ商会から賄賂を受け取り、ご禁制の薬物の流通に目を瞑っていたこと、さらにはカロッツァ商会が融通した様々な禁制品を所持・使用していた罪により、騎士団関係者の半数以上が冒険者ギルドによって捕縛され、騎士団は機能不全に陥っていた。
捕らえられた者の中に騎士団長及び副長がいるのだから笑えない話である。
結果、冒険者ギルドユグドラ支部の冒険者たちは通常依頼に加えて騎士団の代理として治安維持に駆り出され、調書を取るためにユグドラの街にやって来たハンスとリンにも助っ人参戦の要請が来た。ハンスはヒューレックの顔を知っているため、そのまま今回の仕事を任された、というわけだ。
なおリンは、別動隊と共に魔素研究部門の方へ向かっている。
「そんな馬鹿な話があるか!」
警備員は来ないという事実を聞いて、ヒューレックが叫ぶ。
ハンスは冷ややかな態度で応じた。
「馬鹿なことをしてたのはあんたの方だろ。カロッツァ商会に世界樹の枝とエリク草を横流しする見返りに、闇ルートで流れてきたプレミア物の食器の優先購入権を貰ってたんだって? 随分と高尚な趣味だなあ、室長さんよ」
「な…!?」
ヒューレックは、ポールとハンスが栽培した世界樹の枝とエリク草を、カロッツァ商会に売りさばいていた。その見返りは、ヒューレック個人の収集物である高級食器の購入権の融通。王立研究院の予算で行っていた研究の成果を売り払って、それで得た金を個人の趣味に注ぎ込んでいたわけだ。
どんな物に金をかけようが、それは個人の自由だが、金の入手方法と購入した物の出所が問題だった。
カロッツァ商会は、本来正規ルート以外では入手できない伝統工芸品や盗品など、明らかに『クロ』と判定される品を密かに扱っていた。ヒューレックはそれに手を出していたのだ。
しかも、
「あとあんた、世界樹の枝葉がご禁制の薬物の材料になるって知った上で売っ払ってただろ」
「ばっ…馬鹿なことを言うな! そんなことあるはずがないだろう!」
ハンスが指摘すると、ヒューレックはあからさまに動揺した。必死で否定するのを、ハンスは冷ややかに見下ろす。
「まああんたが知らなかったとしても、材料を提供してた時点でアウトなんだけどよ」
「…っ!」
実際、禁止薬物は関わっただけで捕縛対象になる。本当に知らなかったのなら情状酌量の余地もあるが、ヒューレックはまず間違いなく知った上で材料を横流ししていたのだろうとハンスは踏んでいた。そのあたりは今後、事情聴取すれば明らかになるだろう。
ちなみにヒューレックの捕縛に関しては、ギルドが動く決定打になったのはハンスではない。
「ハンスさん、ありました」
扉が開き、入って来たのはこの部署の助手──ユークレースだ。
その手に、分厚いノートらしきものを抱えている。
「世界樹の枝とエリク草の買取り記録と食器の購入記録、日付と金額もきっちり書いてあります」
「そりゃ良いな。おつかれさん」
「なっ…そ、それは…!」
ヒューレックが愕然と目を見開いた。
ユークレースが手にしているのは、ヒューレックの日記帳。
後ろ黒い行為を武勇伝であるかのように逐一克明に記してあるため、証拠としては十分だ。なぜそんな物が職場にあるのかという突っ込みを入れたいところだが。
「貴様、なぜ私の私物を!」
顔を真っ赤にして怒り狂うヒューレックに、ユークレースは苦々しい表情で首を横に振る。
「私も、こんなことをしたくはありませんでしたよ」
「あー、悪いな。ユークレースに依頼したのは冒険者ギルドだ」
ハンスはしれっと言い放った。
──冒険者ギルドユグドラ支部に、思い詰めた様子のユークレースが訪れたのは、昨夜遅く。
ヒューレックが漏らした「下エーギル村もこれで終わりだ」という言葉、「今後はお前が世界樹の枝とエリク草の世話をしろ」という命令に不安を覚え、下エーギル村の様子を確認して欲しいと依頼するつもりでユグドラ支部へやって来た。
そこで丁度、調書の作成に協力していたハンスたちに遭遇。お互いに情報交換した結果、ユークレースはヒューレックや魔素研究部門の幹部たちの所業をギルドに訴えることを決めた。
ヒューレックの部下という立場上、彼はヒューレックたちの後ろ黒い言動を目にすることがたびたびあった。そしてそれを、いつか何かの役に立つかも知れないと、自分の手帳に書き記していたのである。
今までそれを表に出さなかったのは、研究室そのものが存続の危機にさらされるかも知れないという危惧と、自分一人が訴えたところで上層部に揉み消されるだけだという諦めがあったから。
「自分がもっと早く動いていたら、上エーギル村と下エーギル村の人たちを危険な目に遭わせることもなかった」と後悔を吐露するユークレースを、ハンスは責めなかった。動くべき時を見極めるのは、誰にとっても難しいのだ。
それに、ユークレースが記録し続けていた情報は、ギルドが動くのに十分すぎる量と精度だった。今まで待ったからこそ、と言えるだろう。
ヒューレックの日記帳は、ユークレースの証言を裏付けるための証拠だ。馬鹿正直に書いてあるかどうかは賭けだった。物証が手に入り、ハンスは内心ホッとする。
目を見開くヒューレックに、ユークレースが厳しい声で告げた。
「研究成果を私欲のために売り払ったこと、上エーギル村と下エーギル村のみなさんを排除しようとしたこと…研究者の風上にも置けません。大人しく裁きを受けてください」
「…っ、わ、私に罪があるというのなら、助手の貴様も同罪だぞ! 全てを知っていて、私の指示に従っていたのだから──」
「ええ、当然です」
「!?」
恫喝をあっさりと肯定され、ヒューレックが絶句する。
「その程度の覚悟もなく、冒険者ギルドに助けを求めるとお思いですか?」
ユークレースの声は淡々と、決意を固めた者特有の重さを帯びて部屋に響いた。
「私が知り得る限りのことを、全て、ギルドに話しました。──今後は国の裁きを待つことになるでしょう。貴方も、私も」
最初からそのつもりでギルドに情報を渡した。自分も捕縛対象になると、分かった上で。
ユークレースの宣告に、ヒューレックは目を見開き──その身体から力が抜けた。




