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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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125/128

125 言い逃れなどさせない


「で──この連中、どうするのだ?」


 総勢、39名。こんな人数を捕らえておける建物などないし、ユグドラの街まで運ぼうにも馬車が足りない。

 村の危機を乗り越えるのを優先してその後のことを考えていなかったハンスたちは、アルビレオの問いに顔を見合わせる。


「あー…ユグドラ支部に改めて連絡して、引き取りに来てもらう…とか?」

「引き取りに来てもらうって、それまでどこに置いとけばいいんだ? 2日くらい掛かるよな?」

《畑に埋めとけば良いんじゃね?》


 モクレンがサラッとえげつないことを言う。ハンスは顔をしかめた。


「埋めるって…お前な。長ネギじゃねえんだぞ?」

《でも置いとくトコねーんだろ? 逃げられても困るよな? 首から上だけ出しとけばとりあえず死なないし、ほどほどに弱るだろーしさあ》

「確かに…」

「2日くらいなら、まあ…」


 テッドやジョンが流され始めた。考えるのが面倒になったのが丸分かりの態度に、バオホが焦りを含んだ声を上げる。


「そ、そんな非人道的な仕打ちが許されると思っているのですか!?」

「お前が言うな、お前が」


 ハンスは即座に突っ込んだ。2つの村を滅ぼそうとした首謀者に『非人道的』などと言われたくはない。

 リンが冷え冷えとした目でバオホを見遣り、真顔で呟く。


「…やっぱり埋めときません? ハンスさん」

「そうだなあ…」

「なー!?」


 バオホが叫び、ぐねぐねと悶え始めた。


「このっ! くうっ! 解放しなさい! ユグドラ騎士団に訴えれば、貴方たちなどあっという間にお縄になるのですよ!?」

「あー、やっぱ騎士団は『そっち側』か」


 ハンスはバオホの前にしゃがみ、とても残念な生き物を見る目で必死な顔を覗き込む。


「じゃ、やっぱ冒険者ギルドコースだな。自己申告ご苦労さん」

「なんっ…!?」


 上エーギル村と下エーギル村には、犯罪者を裁く司法機関が無い。

 軽犯罪なら村長権限で罰金や追放などを言い渡せるが、流石に今回の件は手に余る。

 よって、普通ならユグドラの街及びその近隣の治安を担う、ユグドラ騎士団を頼ることになるのだが──ハンスの予想通り、カロッツァ商会は騎士団を抱き込んでいた。バオホたちを騎士団に突き出したところで意味がないどころか、言い掛かりをつけられてハンスたちの方が拘束されかねない。


 そこでもう一つの手段、冒険者ギルドの登場である。


 冒険者ギルドには『人命は全てに優先する』という原則がある。さらに、世界を股にかける巨大組織という側面から、国境を越えた犯罪や世界的に禁止されている薬物などの取り締まりに積極的に関与している。地方の司法機関ではなく、国に直接働きかけることもできる。

 村2つを滅ぼそうとしたという重大性、国際禁止薬物の所持及び使用。何より、その証拠として上級冒険者のハンスとリン、アルビレオとゲルダの証言が使えるというアドバンテージ。これを使わない手はない。


 ハンスはにやりと笑う。


「ご禁制の魔物寄せを使ったのが仇になったな」

「…っ」


 バオホは歯噛みして目を泳がせ──何かに気付いたように引き攣った笑みを浮かべた。


「…な、何のことでしょう? そのような薬、私は知りませんよ」

「は?」

「えっ」


 村人たちだけでなく、ならず者たちまでぽかんと口を開ける。

 自分で薬を撒き散らしといて何言ってんだこのジジイ──皆の心境はこれに尽きた。


「私が撒いたのはただの気付け薬です。ご禁制の薬など、持っているはずがないでしょう」

「はあ!? 何言ってんだ!?」


 ジョンが叫ぶ。が──


「…そういうことか」


 ハンスは苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。


 バオホは一度も、『魔物寄せ』という言葉を口にしていない。小瓶を割った瞬間でさえ、そういう効果を想起させる単語は口にしなかった。

 撒かれた薬の効果は既に尽き、もう魔物が寄って来る様子もない。となると、撒いた本人が認めない限り、使用された薬が魔物寄せだと証明するのが非常に難しくなるのだ。


《は? なんだよそれ。しらばっくれたモン勝ちってことか? なんだったら俺らケットシーが証言してやったっていいんだぜ?》


 モクレンが尻尾をビタンと地面に叩き付ける。ツバキたちもメリーさんたちも険しい顔をしているが、ケットシーの証言が証拠として認められるかは微妙なところだ。


「…何人かは、禁止薬物の不法所持でしょっ引けそうだけどなあ…」


 ハンスが呟いてちらりと見遣ると、何人かがビクッと肩を揺らす。


 グリンデルとヴァルト、そしてならず者のうちの何人かは、青紫色の液体が入った瓶や黒褐色の液体が入った瓶を所持している。『持つだけで違法』のそれらは、いまだ彼らのポケットやバッグの中だ。

 だがバオホに関しては、目撃証言と大量の魔物の死体という状況証拠だけで、物証がない。


 ここはやはりちょっと精神的に追い詰めて自供させるしか──とハンスがナチュラルに物騒なことを考えていると、村の入口に小型の馬車が現れた。


「なんじゃなんじゃ」


 馬車から降りてきたのは、冒険者ギルドエーギル支部の長、エセルバートと、ユグドラ支部の長、ジークヴァルド。

 苦々しい顔をしているジークヴァルドとは対照的に、エセルバートは飄々とした態度で周囲を見渡し、ほっほーう、と片眉を上げる。


「ちょっと見ない間に随分と賑やかになったのう。なんじゃ、収穫祭か?」

「まあ似たようなモンだ」


 ハンスは肩を竦めて応じ、にやりと笑う。


「上エーギル村と下エーギル村に対する襲撃未遂とご禁制の『魔物寄せ』および『水和性毒物』の不法所持。主犯格はカロッツァ商会ユグドラ支店のバオホ・シュバルツ。実行犯はバオホ含めて39名。指示したと思われる連中は別口だが──処理を頼むわ」


 ならず者たちを視線で示すと、エセルバートが楽しそうに頷いた。


「うむうむ、大収穫じゃな。何はともあれ無事で何よりじゃわい。…()()()()()()は無駄になったのう」

「へ?」


 エセルバートが振り向く先、小型馬車の後ろには、大型の馬車が4台並んでいた。

 そのうち1台の扉が開き、見るからに物々しい格好の者たちが降りてくる。全員、ハンスの見知った顔──ユグドラ支部の上級冒険者たちだ。


「なんだ、もう片付けちまってたのか」

「俺らの見せ場も残しといてくれたらよかったのによ」

「まあまあ。みなさんが無事だったことの方が大事じゃないですか」

「お前ら、なんで…!?」


 ハンスは驚愕に目を見開く。カロッツァ商会の策略でユグドラの街から遠ざけられていたはずの面々が、何故ここに居るのか。

 ジークヴァルドが腕組みして溜息をついた。


「──王都の支部から、ご禁制の薬物流通に関する緊急通達があってな。カロッツァ商会の名があったんで、王都に来てたウチの連中をかき集めて急いで戻って来たんだよ。…カロッツァ商会の支店を押さえようと思ったらトップは不在だわ、よーく知った名前の村が襲われようとしているなんてタレコミが入ってるわ……なんでって訊きたいのはこっちなんだがな、ハンス」

「そこでオレを睨まないでくださいよ!?」


 ただの八つ当たりなのは明らかである。

 大体、襲撃を計画したのはバオホたちであり、ハンスのせいではない。

 ハンスが突っ込み交じりに抗議すると、ジークヴァルドはフンと鼻を鳴らした。


「──で、魔物寄せと水和性毒物の不法所持だって?」

「ええ。そこの元不良冒険者どもほか数名と、バオホ・シュバルツ御当人──ま、バオホはついさっきここで魔物寄せを撒き散らしやがったんで、今は持ってませんが」

「…なるほど、ワイルドベアやらなにやらの死体がゴロゴロしてんのはそのせいか」


 ジークヴァルドの理解は早かった。

 ふむ、と呻いて、村人たちに紛れて佇んでいるナターシャに目を留める。


「──ああ、頼りになるヤツが居るな。ナターシャ、魔物寄せを撒いた辺りを『鑑定』してみてくれるか? それほど時間が経ってないなら、痕跡を辿れるはずだ」


 ハンスとリンはあっと声を上げた。

 ナターシャは『鑑定魔法』という珍しい魔法の使い手だ。物の真贋や正体などを見抜くことができる。


「お任せあれ」


 ナターシャはニヤリと笑い、一歩踏み出した。


「ハンス、バオホが薬を撒いたのはどのあたりだい?」

「こっちだ。このガラスの破片が薬が入ってた小瓶で、この染みが薬をぶち撒けたところだな──よろしく頼む」

「ああ」


 ハンスの示した地面に、ナターシャが手をかざす。ウォン、と独特の音がして、ナターシャの前に半透明のパネルが現れた。

 そこには、『魔物寄せ(効力切れ)』と表示されている。


「──当たりだね」


 ナターシャが口の端を吊り上げた。

 さらにガラス片も鑑定すると、表示された文字は『魔物寄せの空き容器(破片)』。


「なるほど」


 エセルバートとジークヴァルドがそれを確認し、周囲を見渡す。


「一応訊くが、この小瓶を割って中の液体をぶち撒けたのは、バオホ・シュバルツで間違いないな?」

「ああ」

「『舐めるなあっ!』って叫んで思いっ切り地面に叩き付けてました」

「俺も見た」

「すごい顔してたよな」


 ハンスとリンが証言し、さらに村人たちも言葉を添える。バオホは顔を真っ赤にしてわなわな震え、唸り声を絞り出した。


「この私を陥れようというのですか…!?」


 何言ってんだコイツ。ハンスたちの心が一つになる。

 白い目で見られる中、バオホはギッとハンスを睨み付けた。


「田舎者どもが共謀してカロッツァ商会の名誉を棄損するなど、許されることではありませんよ! 本店がこのことを知れば」

「あー、悪いが」


 無駄に居丈高な脅迫を、ジークヴァルドが大変冷ややかな声で遮った。


「その本店どころか他の支店も、全部、とっくの昔に押さえられてるぞ」

「──は?」

「ご禁制の薬物流通に関する通達の中に、カロッツァ商会の名があったって言っただろ。冒険者ギルドの総力を挙げて全部潰すに決まってるだろうが」

「そのためにわざわざ国内の全支部の長が招集されたわけだからのう」


 エセルバートが飄々と笑う。

 ハンスたちの知らないところで、全国規模の大捕物が展開されていたのだ。


 この作戦は、国王も承認済み。カロッツァ商会だけでなく、薬を製造していた薬師や錬金術師、素材と提供していた店、運び屋、商会に抱き込まれていた行政関係者、全てが対象だ。


「今ここで魔物寄せを使用したかどうかを調べてんのは、『罪状に上乗せが発生するか』を確認してるだけだ。お前ら全員、処罰されるのは変わらないんだよ」

「カロッツァ商会ユグドラ支店も、昨夜制圧したからの。騎士団の方も対応済みじゃ。頼れる場所などないぞい」


 バオホたちは早朝に上エーギル村と下エーギル村を襲撃するため、昨日午後にユグドラの街を出発し、山中で一晩過ごした。

 冒険者ギルドがカロッツァ商会ユグドラ支店を訪ねたのは昨日の夕方。ほぼ入れ違いだったのだ。


 逃げ場などありはしない。

 現実を突き付けられたバオホは愕然と目を見開き──がっくりと肩を落とした。








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