123 プルートホーン
「──次!」
やけに体格の大きいフォレストウルフを斬り捨てて、ハンスは周囲に視線を巡らせる。
魔物はどんどん湧いてくるが、皆、お互いにフォローし合って上手く立ち回っている。
ハンスが少しだけ安堵した時、飛び退ってハンスの横に着地したモクレンが、キッと村の入り口の脇を睨み付けて叫んだ。
《デカいのが来るぞ!!》
瞬間──
轟──!!
ビリビリと大気が震えた。
茂みを踏み潰し、若木を片手の一振りで引き裂いた巨体が、人間たちを睥睨して咆哮を上げる。
真っ黒い巨躯に鮮血のような紅い目。額に生える短角は、わずかに赤みを残した黒──ハンスたちが瞬殺した個体とは比べものにならない威圧感を放つワイルドベアの出現に、落とし穴の中のならず者たちが色を失った。
「な……!」
「黒角!?」
あらゆる魔物、特に同族と闘いを繰り返し、倒し、喰らい尽くし、種族としての頂点に達したワイルドベアの特殊個体。
体長こそ『多少大きい』程度だが、その気配はまるで別物だ。
「よりによって…!」
流石にハンスの表情も硬い。普通なら上級冒険者の中でも指折りの実力者が束になって犠牲を覚悟でかかる相手が、目の前に居る。
──ベエェェェ──!!
プルートホーンの咆哮に応じるように、メリーさんが長く野太く鳴いた。
ガツン!と前脚で強く地面をえぐり、突進の前段階のように頭を低くする。メリーさんの全身から魔力が立ち昇り、それが頭に──くるりと巻いた両の角に集まった。
そして、角が溶けるように形を変える。巻きが解け、真っ直ぐ前方斜め上に伸びる。
その様は、まるで乗馬用の槍のようだ。先端は鋭く尖り、金属のような艶のある灰色の角が、朝日を冷たく反射する。
紅い目が、炎のように光り輝いた。
そして。
二度、三度と前の蹄で地面を削ったメリーさんは、グッとさらに頭を下げ、一気にプルートホーンに向けて突進した。
プルートホーンは後脚で立ち上がり、大きく腕を振り上げて威嚇の咆哮を上げる。
──ゴアアアア!
──ドン!
地面が揺れた。
メリーさんは振り下ろされた黒い腕をかいくぐり、頭を振り上げざま、鋭い角をプルートホーンの胸に突き刺した。
グゲ、と奇妙な呻き声が上がるが──
プルートホーンは胸を貫かれたまま、殺気立った眼をメリーさんに向ける。振り上げられた腕の先、鋭い鉤爪がさらに一段、伸びた。
《まずい!》
モクレンが叫び、ブワッと魔力を放つ。メリーさんの頭のすぐ上に、半透明の防御壁が展開された。
──オオオオオ!
咆哮と共に丸太のような腕が振り下ろされ、障壁をあっさり破壊してメリーさんの頭を一撃する。角と鉤爪が激しく衝突し、擦れ、金属のような甲高い音が響いた。
ぐら、と一瞬揺れたメリーさんは、唸り声を上げてさらに前脚を踏み出し、角を深々とプルートホーンの胸にめり込ませる。
鉤爪で切り裂かれたメリーさんの側頭部から地面へ、ダラダラと血が滴った。
プルートホーンが、反対側の腕を振り上げ──
「させるかよ!!」
一瞬の躊躇もなく踏み込んだハンスは、メリーさんに致命傷を与えるであろうその腕に全力で剣を振るった。
プルートホーンの前肢だ。その骨の硬さと皮と筋肉の頑丈さは、ドラゴンにも匹敵すると言われている。
その事実も、その時のハンスには関係なかった。
村を守り、上エーギル村を救うために奔走し、ハンスを捜索しようとするリンに協力し、今また、最大の脅威から皆を守るために命懸けで先陣を切る仲間を、見殺しにするわけにはいかない。
剣が折れるかも知れない。腕もイカれるかも知れない。
それを承知で、ハンスは全力で剣を振るった。
結果──
──ギィン!!
ハンスの剣は、激しい音を立てて折れ飛び。
プルートホーンの腕は、肘から先が鮮やかな弧を描いて吹っ飛んでいった。
──グルアアアア!!
一瞬遅れて、プルートホーンが苦悶の声を上げる。
そこにポールが踏み込んだ。
「──フン!!」
掬い上げるように放たれた草刈り鎌の一撃は、プルートホーンの右目を貫き、頭蓋の中、脳髄にまで達した。
──ゴ、ァ……
場が急に静かになる。
一度痙攣したプルートホーンが、残った方の腕をだらりと下げた。
メリーさんが角を引き抜くと、栓が抜けたように胸から大量の血を噴き出しながら、黒い巨体が仰向けに倒れる。
ズン…と、足元に重い振動が伝わった。
「……へ………」
ならず者の一人が、意味のない呻き声を漏らす。
ハンスは折れた剣の柄を放り投げ、腰に吊り下げていた草刈り鎌を手に取った。その横に、プルートホーンの眼窩から草刈り鎌を引き抜いたポールが並ぶ。
「まだ来るぞ! 気を付けろ!」
ハンスが叫ぶと、ポールが無言で頷き、方々から気合いの入った声が上がる。
大物を倒したからといって、魔物寄せの効果が切れるまで危険なのは変わりないのだ。
そうして──
ようやく魔物の猛攻が収まったのは、それから数分後。
数字にするとごく短いように思えるが、対処に当たった者にとっては永遠にも感じる時間だった。
周囲を見渡して安全を確認した後、ハンスは息をついて草刈り鎌をホルダーに収める。
「…もう大丈夫だな」
その言葉に、リンも構えを解き、ポールたち村の面々も肩の力を抜く。場の空気がホッと緩んだ。
周辺に散らばるのは、大小様々、種類豊富な魔物の死体。中でも目立つのは大型のワイルドベアの死体だ。
始末したのは全部で4頭。幸いなことに、プルートホーン以降、追加のワイルドベアが出て来ることはなかった。
そんな魔物の死体を見回っていたメリーさんが、ベエェェェ…と長く尾を引く鳴き声を上げる。すぐにあちこちからハイランドシープたちの鳴き声が上がり、ケットシーを背中や頭に乗せたハイランドシープが集まって来た。
先程のポールの笛の音で、こちらに合流するのではなく遊撃に移っていたペアたちだ。
「…片付けが大変そうだな…」
「…ですね」
ハンスが溜息をつきながら呟くと、隣でリンがいささかうんざりしたように頷く。
ともあれまずは、魔物の死体より人間優先だ。落とし穴に落ちたままのトリモチ組、ようやく反応が収まったのか悲鳴を上げなくなったオレンジ色の粘液組、そして地面に転がしたままのバオホ。
ハンスが順に見遣っていると、間抜けな声が響いた。
「な、な、ななな…」
ここまでは休日のみ更新してきましたが、終わりまであと少しなので、これ以降は毎日昼12時に1話ずつ更新していきます。
最終話は11月29日(土)の12時に更新予定。
みなさま、よろしければお付き合いくださいませ。




