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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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12 ツバキ


 その後ハンスとポールとスージーは、半日掛けて畑のマンドラゴラを殲滅した。


 ハンスとポールが手分けしてマンドラゴラの息の根を止め、スージーが回収して台車に積んで行った結果、マンドラゴラは台車に山積みになった。


 特に顔などはないのだが、積み重なったニンジンのような本体部分のシワが、いくつか恨みがましい人間の顔に見える。

 なるべくそれを見ないように前を向き、ハンスはスージーと共に台車を引いて少し離れた放牧場へやって来た。


 簡素な木の柵がぐるりと周囲を囲う、豚と牛用の下エーギル村共同放牧場。

 広さは先程までハンスたちが作業していた畑の倍以上あり、生える草も様々だ。場所によっては地面が露出し、豚が転がって泥浴びをしている。


 牛も豚も好きに散らばっていて、その周囲を犬と、一回り小さい生き物が見回っていた。

 犬はともかく、あれは何だ?とハンスが目を細めたところで、スージーが声を上げる。


「──ガイは居るかい?」


 放牧場の方には人影はない。だが、柵のすぐ向こうの茂みがガサガサと動き、小さな生き物が軽やかに柵に飛び乗った。


《ガイなら鶏の様子を見に行っているわよ、スージー》


 その姿に、ハンスは目を見張った。


「け、ケットシー?」


 途端、ジロリと柵の上の生き物──灰色と白のハチワレ柄のケットシーに睨まれる。


《不躾ね。まずは名乗ったらどうなの?》


 鮮やかなブルーの瞳が印象的な美ケットシーだ。ただし鼻に深いシワを寄せる顔は極めて不機嫌そうで、妙な迫力がある。

 ハンスは思わず姿勢を正した。


「ポールとスージーの息子の、ハンスだ」

《ああ、貴方が()()家出息子ね。話は色々と聞いてるわ》


 ケットシーは薄っすらと目を細めて笑う。一体どんな話を聞いたのか、ハンスは聞くに聞けない。


《私はケットシーのツバキ。この村のケットシーたちの元締めをやってるわ》

「も、元締め? …ボスみたいなもんか?」

《『ボス』でも良いけど、その呼び方はあまり好きじゃないの》


 細められた目の奥で瞳孔がきゅっと開く。ハンスの背中がひやりとした。


「す、スマン」


 つくづく、余計なことを口走る男である。


 まあいいわ、と溜息をついたツバキに、ハンスは恐る恐る訊いてみる。


「しかし…なんでケットシーが放牧を手伝ってんだ? こう、ケットシーは自由に生きてる印象が強いんだが…」


 少なくともハンスが子どもの頃放牧を手助けしていたのは犬だけで、ケットシーはたまに森からやって来てネズミを狩るくらいだった。

 ユグドラの街でも、個々のケットシーが好きに人間と交流を持っているのはよく目にしていたが、こうして組織立って仕事を請け負っているのは初めて見る。


 そもそもケットシーは、群れで生活する生き物ではない。それが人間社会における共通認識だ。


《そうね。私たちが異色なのは間違いないわ》


 ツバキはあっさりと頷いた。片耳を倒し、


《10年くらい前に、森の状況が変わったのよ。暮らしにくくなったから、こうしてみんなで人里におりて来たの。住まいを提供してもらう代わり、仕事を手伝うって約束でね》


 ギブアンドテイク、働かざる者食うべからず。

 ケットシーなら相手を選べば一生可愛がられるだけで暮らせそうなものだが、ツバキたちはそれを良しとせず、適度に人間と関わりを持ちながら対等の立場でいることを選んだ。


 ハンスはなるほどと唸り──首を傾げる。


「…森で暮らしにくくなった?」

《凶暴な魔物が増えたのよ。フォレストウルフとか、ベア系統とかね。幸い、村の中まで入り込んで来るのは稀だけど──貴方も気を付けなさいな、ハンス。貴方の家の畑は、森のすぐ隣にあるんだから》

「お、おう」


 淡々と指摘され、ハンスの背中がひやりとする。


 フォレストウルフはウルフ系統の上位種で、その名の通り森林地帯に生息する魔物だ。

 緑色と茶色のまだら模様──迷彩柄の毛皮が特徴で、森や茂みの中では至近距離に居ても気付かないことがある。

 3頭から6頭の群れで行動するため、たとえ上級冒険者でも、一人で出くわしたら苦戦は必至。


 ベア系統の魔物はそれよりさらに厄介だ。

 基本、単独行動する魔物だが、最大体長は2メートルを超え、剣も魔法も効きにくい特殊な毛皮を持っている。

 攻撃性も高く、冒険者ギルドでは優先討伐対象に指定されているが、基本種のワイルドベアでさえ上級冒険者複数人掛かりでなければ安全に討伐することは難しい。


 だが何より恐ろしいのは──身体的特徴が普通の『クマ』と酷似していて、パッと見には魔物かどうか分からない、ということである。


 一応、魔物の『ベア』には『額に宝石のような角が生えている』という特徴はある。

 が、その角はあまりにも短く、毛皮に埋もれて見えなくなっていることの方が多いのだ。


 やたら凶暴なクマが出たと思ったら魔物のワイルドベアだった、なんて、クマとベアが混在する地域ではよくある話である。


(…ちゃんと武装しといた方が良いかもな…)


 農作業だからと思って、ハンスは使い慣れた長剣を家に置いて来ていた。防具も身に着けていない。


 ツバキの指摘通り凶暴な森の魔物が増えているなら、いざという時は戦い慣れている自分が対処すべきだろう──ハンスはそう思ったのだが、



《──ま、貴方の家にはワイルドベアを()()()()()()()()ポールが居るんだし、それほど心配はないでしょうけど》



 ツバキが爆弾を落とした。


「…………は?」


 一瞬何を言われたのか分からず、ハンスは間抜けな顔でツバキを凝視する。

 ツバキは不審そうにそれを見返し、あっと呟いた。


《スージー、もしかして貴女、ポールのぎっくり腰の原因教えてないの?》


 途端、スージーがサッと目を逸らす。


「あー…、ポールに『秘密にしといてくれ』って言われたもんでね」

《どうせバレるのに…》


 ツバキが呆れた顔で溜息をついた。そこでようやくハンスが復旧する。


「ちょっ…ちょっと待ってくれ。ワイルドベアを素手で殴り殺せる? どういうことだ?」

《どうもこうも、言葉通りの意味よ。ついこの間、畑に出たワイルドベアをポールが始末したの。素手で》


 ちょっとした害虫を駆除したくらいのノリでツバキが言う。


《丁度種まきをしていて手元に農具がなかったから、素手で行ったそうよ》

「いや農具がなかったからって」


 ハンスには全く理解できなかった。


 農具がないなら素手で殴れば良いじゃない──全くもって意味不明だ。

 農具は武器扱いなのか。確かに切れ味は良いが。

 それがないと次の選択肢として『逃げる』ではなく『素手で行く』が出て来るのは何故だ。

 そして何より──何故、素手で、ワイルドベアが倒せる?


「意味が分からん…!」


 とうとうハンスは頭を抱えてその場にうずくまった。

 その頭に、ツバキが溜息と共に告げる。


《そんなに難しく考えなくていいのよ。凶暴な魔物が出るようになってから、この村の人たちも色々と鍛えられたの。──まあ昔から()()()()()()()素養はあったらしいけど…》


 ぼそり、後半の呟きはハンスの耳には届かない。


 ひとしきり謎の呻き声を上げたハンスは、数秒後、ゆっくりと顔を上げた。


「…ちなみにだが、オヤジはそのワイルドベアと戦った時にぎっくり腰になった…んだよ、な?」


 それならまだ理解できる。むしろせめてそうであってくれ。

 ハンスの顔にはそんな思いが透けて見えたが、


《いいえ違うわ。無傷でワイルドベアの息の根を止めた後、死体を村に持ち帰ろうとして持ち上げたところで、腰がイッたんですって》


 ねえスージー?と涼しい顔のツバキに同意を求められ、スージーも気まずそうに頷いた。


「あー…思ったより重かったらしくてね」



 なお、ワイルドベアの成体の標準体長はおおよそ2メートル、体重は400キロから500キロである。



「…………そりゃ重いだろうよ…」



 ハンスはそれしか言えなかった。










作者体調不良のため、今週の更新は今日のこの1話と、明日のもう1話のみとなりまーす。(※予約投稿)

みなさまもインフルやらコロナやらにはお気を付けください…。



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