112 季節は巡る
!注意!
前話に引き続き、毛虫注意報発令中です。
苦手な方は前半部分をスルーしてください。
☆後半は場面が変わります。
ハンス自身も声を殺し、警告を飛ばす。
真に迫った声色に、ヒューレックがムグっと口を噤み、そろそろと後退した。ユークレースも緊張の面持ちで距離を取る。
「よっし…オヤジ、焼くか?」
「いや、今日は風がある。埋めるぞ」
「分かった」
ハンスは腰のポーチ型圧縮バッグから、透明な厚手の袋を取り出す。
スライムの外皮──『皮』と表現していいのかは微妙だが、とにかくスライムのボディから作られる、弾力と透明感、そして耐酸性に優れた袋だ。少々高価だが、下手な革袋より厚みがあり、土に埋めれば自然分解されるので、こういう時に重宝する。
袋の口を目一杯開けて、毛虫の群れを枝葉ごと中に入れる。そして殊更ゆっくり袋の中の空気を抜き──
「あ、暴れ出したぞ…!?」
「逃がさないんで大丈夫です。けど、近付かないでくださいよ」
異常に気付いた毛虫が袋の中でうぞうぞと動き出す。
葉から落ち、袋の底で身をよじる毛虫の周囲に微細な黒っぽい毛が散らばった。一見ほこりのように見えるこれが、この毛虫の武器である。
人間の皮膚に刺さると猛烈な痛痒さを伴う水疱を発生させ、その痒さは眠れなくなるほど。
しかも毛自体は非常に細く短く、視認するのが困難だ。毛を抜かなければ治療ができないのに、どこに毛が刺さっているのか、一見して分からないのである。
しかもこの毛虫、身の危険を感じると全身を震わせ、風に乗せて毒毛を撒き散らす。
その毛を浴びても、その毛が付着したものに触れてもほぼアウト。うっかりそこに圧力をかけたり擦ったりしたら、毒毛が皮膚に刺さって拷問タイムの始まりである。
「…よし、オヤジ、頼む」
「ああ」
いつもなら世界樹が自主的に枝を落としてくれるのだが、ヒューレックたちの前では動きがない。
ポールが枝をハサミで切り落とすと、ハンスは切り口の部分まできっちり中に入れ、袋の口をくるくると折った。
袋の中で毛虫がうぞうぞと動いているのを無視して、ポールが掘った穴にそっと袋を置き、これまたそっと土を被せていく。
「……これでよし」
「お、終わったか…」
ヒューレックが安堵の溜息をつく。が。
「いえ。こいつらは1集団いたら他にもいるはずなんで」
「なんだと…!?」
その日は結局、合計5か所のコロニーを始末することになり。
それが終わる頃には、立ち会っただけのはずのヒューレックは、魂が抜けたようになっていた。
その後、ヒューレックは半ば逃げるように村へ戻り、青い顔のまま馬車に乗り込んだ。
馬車は木製の大型のものではなく、小型の箱馬車だ。要所に彫刻が施され、さらに金属で装飾されている。
ハンスでも分かる。見るからに高級品だった。
「……乗合馬車じゃなくて専用の馬車だったのか…」
「…乗り心地を優先したもので…」
ハンスが呆れ混じりに呟くと、隣に立つユークレースが苦笑いする。
「あー、なるほどな」
ハンスも秋にユグドラの街に行ってリンと共に帰って来る際、ナターシャたちラキス商会所有の馬車に乗って、乗合馬車との違いに驚愕した。
その『差』を知ってしまったら、選択の余地がある時には乗り心地の良い方を選ぶに決まっている。
「助手! 何をしている!」
馬車の中から、ヒューレックが居丈高に叫ぶ。
はい只今、と応じて、ユークレースはハンスとポールに向けて頭を下げた。
「お二人とも、現地視察させていただき、ありがとうございました。それから…契約書の件、色々と申し訳ありませんでした」
「気にしないでくださいよ。こっちもこっちで色々と引っ掻き回したんだ、おあいこ、ってことにしときましょう」
ハンスが笑って応じ、ポールも僅かに目元を緩めて頷く。
ユークレースはホッとしたように再度頭を下げてから、馬車に乗り込んだ。
御者が軽くムチを入れ、馬がゆっくりと歩き出す。
嵐のようにやって来た研究者は、そうして意気消沈して帰って行った。
エーギル山の夏は短い。
初夏の日差しとともに夏の花々が一斉に開花を始め、森の緑は一気に濃さを増す。
日差しが強くなると影も濃くなり、放牧された家畜たちは時折木陰に涼を求めるようになる。
それでもまだ、平地の夏よりは爽やかだ。風が吹けば涼しく、朝晩は上着が必要なほど。
それを満喫しているのは、良く言えば温暖、悪く言えば暑い地域出身のリンである。
「ここの何が良いって、この時期でも涼しいってことですよね」
今日も今日とて、魔物退治。
鉱山へ向かう道すがら、リンが上機嫌で言う。
「ユグドラの街もそこそこ涼しかったですけど、ここはホントに快適です」
「そうかあ?」
ハンスは思わず懐疑的な声で応じた。
「冬はキツすぎるだろ」
「それは言っちゃダメです。今は夏、夏なんですよ」
リンが瞬時に真顔になった。
お、おう、スマン…とハンスが謝っていると、
「よっ、お二人さん! 今日も魔物退治か?」
「おう、おはようさん」
前方で朗らかに手を振っていたのは、上エーギル村の鉱夫、デニスだ。
一時は枯れ枝のように痩せ細っていたが、今ではすっかり昔のようなふくよかな体型──ではなく、明らかに筋骨隆々になっている。下エーギル村の食材を摂ることで、身体の調子が戻ったのだ。
なお、胴体部分、特に下っ腹に脂肪がついているのはご愛嬌。壮年ゆえの宿命である。
腰に魔法道具のランプを吊り下げ肩にツルハシを担いだデニスは、ハンスの挨拶に明るく応じた後、にやりと笑った。
「デートにしちゃあ色気がないな。もうちょっと身なりに気を遣えよ」
「でっ…!」
「魔物退治に色気を求めるなっつーの。これが冒険者の正装なんだよ」
真っ赤になって絶句するリンとは対照的に、ハンスは半眼で淡々と反論する。
リンがスン…と平坦な顔になり、デニスがとても可哀想なものを見る眼差しになった。
「あー…うん。まあ頑張れや」
デニスの視線の先は、ハンスではなくリン。ハンスが首を傾げながらも『おう』と頷く横で、リンが遠い目をして薄っすらと口の端を上げる。
「そう…………ですね。ガンバリマス……」
その肩を、デニスが無言でそっと叩く。ハンスには理解できないやり取りである。
「なんだ? 何か問題があるのか?」
「なんでもねぇよ。──ああそういや、坑道の魔物な。二尾ネズミだったらさっき始末したぞ、一群れ」
デニスはあからさまに話題を変えた。
ハンスは軽く目を見開く。今日のターゲットは二尾ネズミだったのだ。
「マジか。第1坑道の奥のやつか?」
「おう。ざっと20匹ってとこだな」
デニスが革袋をハンスに渡す。中身は、二尾ネズミ特有の二股の尾、合計22本。
ハンスは感心半分呆れ半分の顔になった。
「すげぇな、部位回収まで完璧じゃねぇか。…ちなみに胴体の方は?」
「もう運び出して廃棄場に埋めてる」




